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5 正体

 翌日。

 ジリジリとした夏の日差しの下、蝉しぐれを聞きながら、西島と葉月は、白パーカーの男、間宮廉の自宅へと向かっていた。

 幡ヶ谷駅から住宅街の中を通り、袋小路にある古いアパート。その1階に間宮の部屋がある。

 先程不動産屋に確認したところ、間宮は家賃を年払いしており、問題も起こさぬ『とても良い住人』であると言う。

 しかし、交流があるのかと聞くと、特段話すこともなく、間宮自身も近所付き合いはないと聞くが、東京では極当たり前だと言う答えが返って来た。

「ま、そんなもんだな。俺も別に近所付き合いなんかしねぇし」

「若い人の一人暮らしだとそうですよね。ウチは下町なんでそれなりにですけど」

「そうだったな」

 言いながら、西島は昨夜葉月を自宅まで送り届けた際の事を思い出した。

 まさか、『寅さん』で有名な柴又帝釈天のお膝元にある団子屋の娘だったとは。

 老舗らしいその店構えに、西島は随分と驚いたが──。

 何より驚いたのは、それ以前の公園での出来事だ。

 しかし、当の本人はケロリとした様子で今日も出勤してきた。


 全く……。女ってのは謎だな。


 あの時、西島はデバガメの気配を感じお開きとしたが、それが無かったらどうなっていたか。

 正直なところ、西島は自分を抑える自信がなかった。それどころか、いまだに体が触れる度に心臓が跳ねあがり、暑さのせいばかりとも言えぬ汗を拭っている。

「あそこですね?」

 葉月が突き当りのボロアパートを指差す。

「あ、うん」

 西島は頷くと時計を確認した。時刻は11時半。出掛けていなければいいが。

 2人は西島の部屋の前に立つと、インターフォンを押したが反応がない。

 続けて何度かドアをノックし声を掛けた。

「返事有りませんね。出掛けてるのかしら」

「いや、いる」

 西島は、玄関脇に設置されている電力量計を指差した。

 この暑さでエアコンを使ってるのだろう。メーターの動きが早い。

 西島はドンドンとノックを繰り返した。

「間宮さーん! ケーサツでーす!」

 わざと少し大きな声を出す。するとガチャリと錠を外す音がした。

 ドアの隙間から覗く顔。初めて間近で見る、間宮──。

「なんなんですか。近所迷惑なんで、大きな声出さないで貰えませんか」

 間宮は心底迷惑そうだ。

「すみませんね。この所起きている事件についてちょっとお話を伺いたくて」

「事件?」

「ええ。間宮さんもご存じでしょ? ハングマン連続殺人事件ですよ。あ、失礼しました。警視庁の西島です」

 西島は愛想よく言いながら、身分証を提示した。横から葉月も顔を出し、同様に身分証を提示する。

 間宮はそれに目もくれず、自分には関係ないと言うと、部屋へ引っ込もうとした。

 ゴンと重い音がする。西島がすかさず爪先を入れ、ドアを止めたせいだ。

 西島はドアの隙間から間宮を睨んだ。

「ご協力下さい。西島さん?」


 抵抗しても無駄だと思ったか、外で騒がれても困ると思ったか。間宮は玄関先に2人を入れたが、あからさまな迷惑顔だ。

 しかし、西島は平然と身分証を要求する。

 間宮は盛大にため息をつきながらも、部屋の奥でバッグをかき回し、財布からマイナンバーカードを持って戻って来た。

「そういや、今日は白パーカーじゃないんですね」

 西島は、葉月にカードを渡すと、間宮の黒いTシャツ姿をまじまじと見ながら言った。

 ずっとマークしてたぞと、遠回しに間宮を揺さぶるためだ。

「……家にいる時まであんな厚着はしませんよ」

「ほう。しかし、外に出る時はフードとマスクで、しっかり顔も隠されると」

 西島と間宮は暫し無言で睨み合った。外の蝉の声が更に喧しく響く。

「何を仰りたいのか分かりませんが──」

 沈黙を破ったのは間宮だった。

「私は日光アレルギーなので、外で肌を露出出来ないんです」

「日光アレルギー?」

 西島が繰り返すと、間宮は左腕を突き出して見せた。

「ちょっと油断をすると爛れたように痕が残って消えない。だから、外へ出る時はああやって自衛しているんです」

 間宮の腕には爛れたような痕があり、また炎症で赤く、発疹があった。

「なるほど」

 西島は間宮にかかりつけの病院を聞いた。本当に間宮が言うように日光アレルギーなのかを確かめるつもりだ。

 断るかと思ったが、間宮は素直に病院名を言い、診察券も出してきた。

 西島は直ぐに確認を入れるよう、葉月に命じる。間宮に小細工をさせる隙を与えないためだ。

 葉月は頷くと、マイナンバーカードと引き換えに診察券を手にして外へ出た。

「さて、間宮さん。幾つか形式的な質問をさせて頂きます。正直にお答えください」

「どうぞ。でも、この時間は無駄になりますよ」

「捜査に置いて無駄な事はないんですよ」

 犯人じゃなかったとしても。

 それでも自分たちは犯人じゃないと証明し、被疑者の中から排除せねばならないのだから。


 *   *   *


 捜査本部に戻って来た西島は、コーヒー飲みながら、今日の事を思い返していた。

 間宮に確認を取ったところ、3人の被害者の死亡推定時刻において、間宮のアリバイはなかった。

 その時間帯、間宮は自宅にいたと証言しており、それを証明する人間は誰もいないとのことだ。

 とはいえ、現時点では、間宮が現場にいたと証明するだけの証拠もない。

 また日光アレルギーについても、葉月が病院に確認を取ったところ、間宮は子供のころから日光アレルギーで通院しており、つい先日も薬の処方を受けるために受診していたことが明らかになった。

「結局何も進展なかったな。廃工場や古倉庫の写真は趣味だって言うし」

「部屋にも沢山写真とカメラがありましたしね。提出して貰った画像にも、特段おかしな所は有りませんでしたし」

 それだけ言うと、葉月は再びパソコンに向き直る。先ほどから熱心に何やら調べているようだ。

 西島はパソコンが苦手で、まず触ることがない。

 おかげで、報告書だなんだと、現在全ての書類に関してパソコンでの作成が必須なのだが、これについては人を頼らざるを得なかった。

「あれ? 西島さん、これ見てください」

 パソコンを覗き込んでいた葉月が西島を呼んだ。

 心なしか興奮している葉月の後ろからパソコンの画面を見た西島は、目を見開いた。

 そこに映っていたのは、15年前の新聞記事だった。


 ──女子高生拉致し惨殺。犯人逃走中か。


 そんな見出しの下には、間宮によく似た少女の写真が掲載されていた。


 間宮凛さん(16)は、部活動の帰り道、友人と別れて以降消息を絶っており、その2日後、現場となった元食品センターの廃倉庫にて遺体で発見された。

 凛さんには、暴行の痕があり、また全身に40か所以上の刺し傷がある事、現場に廃倉庫を使用している点からも、一連の女性連続殺人事件による被害者と目され、警視庁は──。


「間宮廉は、15年前の殺人事件の被害者家族だったんですね」

 覚えている。

 西島はこの時まだ制服警官であったが、この当時、女性を狙った凄惨な連続殺人事件が続いており、かなりニュースとなっていたため、よく覚えていた。

 確か、この女子高生を最後に犯行は止まったが、この犯人は未だ捕まっていない。

 そのことを葉月に言うと、葉月は両腕を抱くようにして身震いをした。

「まさか、この時の犯人がまた人殺しを始めたとか」

「こんなサイコ野郎が、15年も殺人衝動を抑えられると思うか?」

「大事故に遭って入院してたのかもしれませんよ?」

 その発想はなかった。

「どうします? これも報告……」

「そうだな……」

 西島は森永に逐一報告することを命じられていた。

 酷く億劫な気分に襲われつつも、葉月に記事のプリントアウトを頼む。

「んじゃ、サッと行って話してくる」

 西島が立ち上がると、慌てて葉月も立ち上がる。

 しかし、西島は葉月を制した。

「俺ひとりで話してくる。お前は今日はもう上がれよ」

「なんでですか? 相棒でしょう?」

「だからだよ」

 西島は背中を向けたまま言った。

「相棒のお前に、見られたくない姿ってのもあるんだ。分かってくれ」

 正直な気持ちだった。森永や渡邉たちの飼い犬のような姿を見られたくなかった。

「西島さん……」

「理解出来ないかもしれんが──」

「分かりました! でも約束してください」

 そう言うと、葉月は西島の前に回り込んで来た。真っすぐに西島の憂鬱極まりない顔を見上げる。

「ムカついたり、辛くなったら連絡してくださいよ? ひとりで抱えこんじゃダメです」

「サンキュ」

 それだけ言うと、西島は葉月の頭をひとつポンと軽く叩き、帳場を出た。

 いつまでもそこに居たら、自分を抑える事が出来ないと思った。


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