「行ってきます」
そう言って玄関を出ると、眩しい朝陽が目に飛び込んでくる。よく晴れた空には雲一つなく、快晴だ。丈太は目を細めてからぐっと伸びをして、目一杯、春の空気を吸い込んだ。
ハイカロリーとの戦いから半年、丈太にとっては久々の登校である。
アトミックカロリーシャインは、ファイアカロリーの身体をも焼き尽くす自爆技のはずだったが、プラズマを放つ瞬間、アイスカロリーがマイナス260℃という極低温の冷気でファイアカロリーの身体を包んだ為に、彼は死なずに済んだ。直前に、ファイアカロリーが頼んでいたのはそれだったのだ。
だが、完全に無傷だった訳ではない。命だけは失わずに済んだとはいえ、全身に決して軽くない火傷を負った上に、彼の体内にある生体ナノマシンはほとんど焼き切れてしまったのである。栄博士の研究室も、拉致された際に燃え落ちてしまった為、現状で生体ナノマシンを補充するのは難しい。
つまり、丈太はもうファイアカロリーに変身する事が出来なくなってしまったのだった。
「おはようございます、ジョータ。火傷の方はすっかり良くなったようですね」
「あ、三依さん、おはよう。まぁね、怪我の治りが速いのは生体ナノマシンじゃなくて、俺の特技みたいなものだから」
栄家の前に立っていた三依に挨拶をし、丈太がそう言って笑っていると、続けて明香里が玄関から出てきた。どこか顔が赤いように見えるのは朝日のせいだろうか?
「炎堂……おはよ。ず、ずいぶん痩せたじゃん」
「ああ、明香里さん、おはよう。まぁ、半年近く寝てたからね」
明香里の言う通り、丈太はかなりスリムになった。とはいえ、それでも身長に対しての標準体重からすると10kg以上オーバーしているのだが、以前に比べれば痩せた方だろう。戦いの後、丈太の生体ナノマシンが焼き切れてしまったのを知った栄博士が、体脂肪を溜まりやすくした体質を通常に戻してくれたので、よほど自堕落な生活をしない限りは、元の肥満体に戻る事はないはずだ。運動神経の歪なバランスは改善されたままなので、これからは運動も自由に出来るのが救いである。
ちなみに、明香里は帰って来た栄博士から事情を聞かされ、丈太がファイアカロリーである事も全て知った。明香里が顔を赤らめているのは、以前、丈太の全裸を見せつけられてしまった事を思い出したからのようである。三人は連れ立って駅へと向かった。
最後の瞬間、ハイカロリーこと栄養素教授は、アトミックカロリーシャインを冷気で受け止めて一命をとりとめた。しかし、代償として右腕を失ってしまい、MBNも完全に焼失してしまったらしい。駆けつけてきた
栄博士の方も、現在は再びヨネリカに渡り、残った重人への対策と新たな研究に取り組んでいる。今度はよりダイエットに特化した技術を作りたいと息巻いているようだ。いずれ、生体ナノマシン以上の技術を開発するに違いない。
「この辺も、だいぶ元通りになったんだね」
「復旧が早かったですからね、流石は世界トップクラスの企業ですね」
重人によって破壊された街並みも、わずか半年でほとんどが元通りになっている。ハイカロリーの母体である巨大
丈太は半年の間、火傷の治療でほとんど寝ていた為に気付かなかったが、破壊された街が以前と同じかそれ以上になっているのを見て安心したようだ。
「せ、先輩、おはようございます。お……お久し振り、です……!」
「牛圓さん、おはよう。久し振りだね、元気そうでよかったよ」
駅で待っていたのは後輩の少女、牛圓藍だ。丈太が今日から学校に復帰すると聞き、わざわざ一緒に登校したいと言ってくれたらしい。丈太は気付いていないが、彼女も頬を赤らめていた。明香里は、それが何とも面白くなさそうである。
その時、不意にどこからかゾッとする視線を感じて、丈太は辺りをキョロキョロと見回した。気付けば、いつの間にかすぐ目の前に上曾根こよりが立っていた。やけに熱っぽく艶やかで、上気した頬と視線が恐ろしい。
「ああ、炎堂君……!待ってたわ、さぁ、一緒に行きましょ?」
「か、上曾根……さん?いや、何かコワイんだけど、っていうか、なんでここに?さっきまでいなかったよね?」
「イヤだわ、私昨夜からずっとここに居たのよ。炎堂君と一緒に行きたくて」
「ゆ、昨夜から!?なんで!?約束もしてないのに……っていうか、行くって学校にだよね?なんか不穏な言い方に聞こえるんだけど!?」
「あら、学校じゃなくても構わないわよ?貴方の行きたい所なら
「ちょっと!?こより、ナニ考えてんのよ、この変態!朝っぱらから気持ち悪いこと言わないで!」
「……イヤね、栄さんってば。大声で何言ってるの?人前よ」
「アンタが変な事言い出したんでしょ!?」
どうやら、こよりは性格が激変してしまったようだ。丈太に対して、やや歪んだ好意を隠すことなくアピールしてくるようになった。果たしてこれが素なのか、超重人化の後遺症なのかは定かではない。大声で言い合いを始めてしまった二人を置いて、丈太達はそっとその場を離れることにした。
「ちょっと、炎堂君、待ちなさい」
「アンタ勝手にどこ行くつもり?」
「あ、すいません……」
あれだけ大喧嘩をしていたというのに、丈太の肩を二人ががっしりと掴んで離してくれなかった。その隙に藍と三依は遠巻きに離れ、様子を窺っている。命懸けで勝ち取った平和の先に、こんな恐ろしい事態が待ち受けているとは思ってもみなかった。丈太は抜けるような青空を見上げ、無の境地で嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
「平和って、楽じゃないなぁ……」
溜め息交じりにそう呟く彼の声は、春の風に乗ってどこかへ飛んでいく。丈太の日常はまだまだ当分、平穏とは言い難いもののようである。