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第79話 さらば、ファイアカロリー

 ファイアカロリーとアイスカロリーは、ハイカロリーと正面から向き合って対峙している。ハイカロリーは少しの苛立ちは見せているものの、まだ余裕は崩していないようだ。


「ふん。粒子ビームを防いだくらいでいい気になるなよ、小童共が。ファイアカロリーだろうがアイスカロリーだろうが、お前達の最大の武器である炎と氷は、この儂には全く効かぬのだからな!儂の優位は揺るがぬぞ。さぁ、どうする?」


 ハイカロリーの言う通り、二人の主力である炎と氷は、ハイカロリーには通用しない。特にアイスカロリーは、肉体を用いた戦闘よりも、氷を用いた間接戦闘を得意とするバトルスタイルである。氷による攻撃が効かないという事は、ほとんどの攻撃手段を封殺されているのに等しいだろう。

 以前、超重人キャンディを追っていたはずの彼女が捕まってしまったのも、それが理由だったのだ。


 その事実を突き付けられ、アイスカロリーは僅かに気圧けおされた。米軍でも格闘戦の訓練は行っていたのだが、それは最低限のものである。これまでのアイスカロリーは自らの能力を伸ばす事を優先してきた、それが仇になってしまったのだ。しかし、ファイアカロリーはそんな彼女を庇うように一歩前に出て、アイスカロリーにだけ聞こえるように呟いた。


「心配いらないよ、格闘は俺がやる。それより――」


「…なっ!?そ、そんな事をしたら、貴方が……!」


「いいから頼むよ。生半可な力じゃ、アイツには通用しないんだ。俺達の出せる全力でやらなきゃ。頼んだよ!」


「あっ、ま、待って……!」


「行くぞ、ハイカロリー!」


 アイスカロリーの制止を振り切り、ファイアカロリーが一気に距離を詰めた。そして、飛び込んだ勢いそのままに、強烈な右ハイキックを繰り出した。ハイカロリーはきっちりとそれをガードしようとしたが、蹴りが当たる寸前に変化し、左の太ももに命中する。


「ぬぅ!?」


「おおおおっ!」


 ファイアカロリーの攻撃はそこで止まらなかった。ハイカロリーが左足にダメージを受けてぐらついた所へ、右の拳によるストレートを浴びせたのだ。それは完璧な形でハイカロリーの顔面にヒットし、ハイカロリーは堪らず後ろへ跳び退った。


「くっ!?おのれっ……!」


「へへっ!炎が効かなくったって、俺には炎堂流の技が……先祖代々積み重ねてきた武術があるんだ!正面きっての立ち合いなら、簡単に負けるもんかっ」


 最初の攻防でファイアカロリーが後れを取ったのは、炎を封殺された事によるショックと、ハイカロリーの超スピードに押されたからである。初めから炎が効かず、とてつもない速さを持つ相手だと解っていれば、ファイアカロリーはあそこまで一方的にやられはしなかっただろう。逆に言えば、それだけハイカロリーの基本性能が高く、流れを掴まれればファイアカロリーが一方的にやられてしまうほどの力を持っているということでもあるのだが。

 僅かに間合いの空いた二人だったが、すぐさまハイカロリーは反撃に打って出た。残像が残るほどの速さで間合いを詰め、ファイアカロリーの顔面を拳で撃ち抜く。


「舐めるなよ!小僧っ!」


「ぐっ!?」


 まるでマシンガンのように放たれる連続攻撃は、もはや目にも留まらぬ速さであった。生身である栄博士はもちろん、重人として身体能力を強化されているウィートフライや、アイスカロリーの眼でさえも、ハイカロリーの連続攻撃は見切ることが出来ずにいる。


「な、なんてスピード……あんな速さに、追い付けるはずが…!?」


「いや、ま、まさか……!?」


 それは、誰もが目を疑う光景だった。完璧にではないものの、徐々にファイアカロリーの防御がハイカロリーのスピードに追い付いてきて、ガードの成功する回数が増えてきたのである。


 (な、なんだコイツは!?儂の動きに、ついてこれる、だと……!?)


 ファイアカロリーにあって、ハイカロリーに無いもの……それはファイアカロリー自身が持つ、脅威の動体視力と反射神経である。かつて飽食が重人一のスピードを誇ると称したクリ重人・阿栗の高速形態、それは今のハイカロリーの動きに比肩する速さであった。だが、あの時、その動きがファイアカロリーにはしっかりと見えていたのだ。


 (思い出せ……父さんが授けてくれた、あの一撃を。あれは、確か……!)


 ハイカロリーの動きに呼吸を合わせ、ファイアカロリーは身体の熱を敢えて引かせた。そして、熱エネルギーではなく、全身のを練り上げて一発の掌底を打ち込む。


「ここだ!炎堂流奥義、炎転牙えんてんかっ!」


 「ぐほぁっ!?」


 決戦前、豪一郎から受けたその一撃は、炎堂流で唯一名付けられた技である。炎や熱を操るファイアカロリーの技ではなく、炎堂丈太個人が受け継ぎ放つ奥義だ。地球の重力を味方に付けるかの如く、両足で大地をしっかりと掴み、全身のあらゆる力を余すことなく集中して打ち込むのだ。豪一郎は最大限手加減をして放ったはずだが、それでも丈太が悶絶するほどの威力があった。それを、ファイアカロリーの力で叩き込んだのである。

 その一撃で、勝負は確実に着くかに思えたのだが。


「なぁぁめぇるぅなぁぁぁぁっ!!」


「ぁ、ぅっ!?」


 ハイカロリーは、その一撃に耐えきって、逆に渾身の力で前蹴りを打ち込んできた。どうやらハイカロリーが纏っていたMBN製のマントは鎧の役目も果たしていたようで、それで炎転牙の威力を削ぐ事が出来たらしい。反対に、防御も間に合わず、まともにその一撃を受けたファイアカロリーは、大きく吹き飛ばされてアイスカロリーの目前で踏み止まった。


「はぁっ!はぁっ!この不愉快な小僧めが!神である我を恐れぬ所業、もはや我慢ならぬ!かくなる上は、最大出力の粒子ビームで完全に消滅させてくれよう!ちんけな氷如きで、これは防げんぞ!」


 ハイカロリーはそう叫ぶと、左手で右手の手首を掴み全身の熱エネルギーを一点に集中し始めた。そこから発せられる熱量は、先程の比ではない。確かに、もはや普通の氷ではどうしようもない程の威力だろう。


 それを前にして、ファイアカロリーもまた、全身の熱量を高め始めた。


「アイスカロリー、準備はいいかい?」


「え、ええ……でも、本気ですか?」


「やっぱりアイツを倒すにはこれしかないみたいだ。……悪いけど、頼むよ」


 そう言うと、ファイアカロリーは両手を開いて胸の前で合わせた。そして、封印されていたワードを口にする。


・カロリー・シャイン……!」


「むぅ?!」


 それは以前、ファイアカロリーがSAKAEウォッチに登録されていたワード一覧の中で、文字化けしていて読む事が出来なかった単語である。アトミックは原子力を意味する言葉であり、炎を操るファイアカロリーの中で最も強力なパワーを解放する為のワードだ。


「何故そのワードを!?あれは万が一にも使えんように封印しておいたはず……い、いかん!いかんぞ、ファイアカロリー!その技を使えば、お主はっ!」


 栄博士は動揺し、大声で止めるように訴えた。しかし、既に技は発動を始め、ファイアカロリーの手と手の間には、極小の太陽の如く輝く火球が発生している。

 アトミックカロリーシャインーーそれは、栄博士が禁じ手として設定したファイアカロリーの隠し技だ。FATエネルギーを極限まで消費することで、極小のプラズマ火球を作りだし、核融合による極熱で相手をのではなくさせる。ただし、理論上、一億二千万℃を超える極高温を発生させる為、ファイアカロリー自身の耐熱限界を大きく上回ってしまう。つまり、この技を使えばファイアカロリーの命はない、究極の自爆技でもある。


「は、ハッタリだ!?そんなもの、撃てるはずが……!?」


「ハイカロリー……俺は刺し違えてでも、ここでお前を倒す!」


 手のひらよりも小さなプラズマ火球だが、それが内包するエネルギーは途轍もないものだ。いかにハイカロリーが炎に耐性があると言えど、ファイアカロリーと同様に耐熱限界は存在する。そんなものを受ければ一溜りもないだろう。ハイカロリーは恐怖のあまり、粒子ビームを撃つ事も忘れて狼狽している。


「さぁ、これで終わりだ!喰らえっ!アトミックカロリーシャイィィィィィンッ!」


「よ、止せっ!?ひ、ひぃぃぃっ!」


 プラズマがファイアカロリーの手から離れ、音をも飲み込んで飛んだ。ハイカロリーはその炎に包まれ、強烈な閃光の中に消えた。そしてファイアカロリーの身体もまた、炎に包まれて燃えていく。凄まじい熱風が空気を巻き込んで舞い上がり、一本の炎の柱が天を貫くように空へと昇っていった。

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