「来たか、貴様ら。……む?養源!?何故貴様が生きている。……そうか、欧田華麗め、裏切りおったか。やはり始末しておいて正解だったということだな」
ハイカロリーは、この場に現れた面々を見ただけで状況を察したらしい。察したというよりも、半ばこうなる事を予測し、狙っていたという方が正しいだろう。
「あの姿……あれが、超重人ハイカロリー、か……」
飽食は、栄養素が変身したその姿に思う所があるようだ。カラーリングこそ違うものの、ハイカロリーの姿はほぼファイアカロリーとアイスカロリーと同様のデザインである。これまで必死に戦ってきたライバルと、重人の行き着く先が同じものであるというのは面白くないに違いない。そんな飽食の隣で、小麦が何かに気付き、声を上げた。
「飽食様、あれを!」
「ファイアカロリー!遅かったか……!」
太陽光が反射して見えにくかったが、ハイカロリーの隣にある大きな氷の塊の中にはファイアカロリーが閉じ込められているようだった。小麦の言葉で気付いた坂博士が悔しさを滲ませる。しかし、三依だけは冷静さを失っていない。
「いえ、博士。彼は、ファイアカロリーはまだ生きています。私の中の生体ナノマシンが反応していますから、恐らく仮死状態……という所でしょう。今ならまだ、救い出せるはずです」
「なんと!?では、一刻も早く」
助け出さねばと言いかけて栄博士はその先を言い淀んだ。呉越同舟という形でここまで一緒に来たが、隣にいる飽食と小麦は二人の味方ではない。ファイアカロリーを助ける為に協力してくれるとは思えないし、そう言い出すのも憚られる所だ。しかし、皆まで言わずとも飽食達は初めからそのつもりだったのか、ふっと小さく笑ってみせた。
「ファイアカロリーを助けたいのだろう?好きにするがいい。我々は我々で奴を……ハイカロリーを討つだけの事。手伝いはしないが邪魔もせんよ。早くしなければ、先にハイカロリーを倒してしまうかもしれんぞ?」
「お主ら……!?す、すまぬ。恩に着るぞ!三依君、これを使え、変身じゃ!」
博士が手渡したのは、以前、丈太に使った緊急用超高カロリー輸液の改良版である。長期間、敵に捕まっていた三依は変身するだけの体脂肪が残っていなかったが、これを使えば一度の戦闘分くらいは完全に補給できる。三依はそれを受け取ると腕に注射し、変身を始めた。
左手を腰に添え、右手で〇の中に△の、
「absolutely frozen!」
絶対の冷却、それがアイスカロリーが変身する為のワードだ。輝く蒼白い光が三依の全身を包み、アイスカロリーへと姿を変えた。
「我らも行くぞ、小麦!」
「了解!」
同時に、飽食と小麦も重人化する。飽食はニトロクリーマー、小麦はウィートフライという名の重人だ。ウィートフライは人間に近い形態だが、体色は狐色で顔は仮面のように口や鼻が無く、頭の両脇に大きな麦を装着している。また、身体のあちこちには切った食パン型のアーマーが装着されているようだ。
ハイカロリーはこちらへゆっくりと移動してきて、変身した二人は左右に分かれ、ハイカロリーを挟み込むようにして迎え撃った。その間に、アイスカロリーは凍らされたファイアカロリーの元へ向かう。
「向かってくるのは貴様らだけか?……ふん、アイスカロリーはファイアカロリーを助けるつもりか。無駄なことを」
「そうだな、確かに無駄かも知れん。何しろ貴様は、我ら二人の前に敗れるのだからな!ウィートフライ、やれっ!」
「ははっ!喰らえ、ハイカロリー!むぅぅぅ…!ブレッドクラムスバリアー!」
ウィートフライが叫ぶと、両手から大量の白い粉が噴き出した。よく見ると、それは非常に粗く削られたパン粉である。膨大な量のパン粉はあっという間にハイカロリーを包み込み、ハイカロリーの周囲は足の踏み場もないほどにパン粉で埋め尽くされた。
「なんだこれは?こんなもので何が出来ると……むっ!?」
自らの周囲を雪のように埋め尽くしたパン粉を気にも留めず、ハイカロリーが一歩を踏み出す。すると、地面に落ちていたパン粉が舞い上がり、ハイカロリーの足や頬を切り裂いていった。
「これは……!?」
「ふふん!ウィートフライのブレッドクラムスバリアーは、非常に研ぎ澄まされたパン粉による結界だ。鋼鉄さえも容易に切り裂けるほどに鋭利なパン粉に包まれた貴様はもう、その場から動く事は出来ん。そしてっ!」
すかさず、ハイカロリーの身体にニトロクリーマーのクリーム製鞭が巻き付く。この鞭は、以前、超重人キャンディに用いたあの鞭である。硬さや形を変幻自在に変えられるだけでなく、ニトロクリーマーが普段から大量に摂取して溜め込んだニトロによって、大爆発を引き起こせる代物だ。
「ハイカロリーよ、貴様の弱点は栄博士から聞いている。貴様は炎や氷を操る力を持っているが、ファイアカロリー達と同じく物理的な攻撃に対する耐性はない。つまり、私のニトロによる爆発や、ウィートフライのパン粉は無効に出来んという訳だ!……さぁもう逃げられんぞ。ここで、欧田華麗の仇も討たせてもらう!覚悟っ!」
ニトロクリーマーが鞭に仕込んだニトロを爆発させようとした、その時。眩い閃光がハイカロリーのその手から放たれて、ニトロクリーマーの身体を貫いていた。しかも、その光は遥か先まで届き、空き地の外にある建物をいくつも巻き込んで破壊し大爆発を起こしていく。
「っ!?」
「に、ニトロクリーマー様っ!?」
「クックック……!残念だったな、ニトロクリーマー。儂はこの場から一歩も動かずとも、貴様らを始末出来るのだよ」
ハイカロリーの右手から放たれた光は、超強力なビームであった。荷電粒子砲ともいうべきそれは、体内のMBNを粒子加速器に見立てた両腕の内部で加速させて放つ大技だ。ビーム自体も摂氏数万度という超高温である為、ウィートフライのパン粉は、今の一撃で完全に焼き尽くされてしまっていた。
風穴の空いた腹を抑え、ニトロクリーマーはその場で膝をつく。すぐさまウィートフライが駆け寄ったが、その深手は一目で対処のしようがないと解るほどだった。
「ぐ、バカ…な……!?」
「ニトロクリーマー様!しっかり、しっかりなさって下さい!フ、ファイアカロリーは……まだなのかっ!?」
「もう既に、解氷を始めています。氷さえ解ければ……っ!」
膝から崩れ落ちたニトロクリーマーを、ウィートフライが必死に支え、呼び掛けている。今追撃を受ければ、二人まとめて命はないだろう。アイスカロリーは全力で、ファイアカロリーを封じた氷を溶かしていた。その間にも、ビームによって破壊された建物から火の手が上がり、他の建物へと引火して連鎖的に爆発と火災が起きている。そんな各々を前にして、ハイカロリーはゆっくりとアイスカロリーにその手を向けた。今度は彼女とファイアカロリーに向けて、あのビームを放つつもりだ。
「今更ファイアカロリーが復活した所で儂の敵ではないが……このままお前達の希望を消し去ってやろう。養源、よく見ていろ!人類を統率する神に逆らった愚か者共がどうなるかをな!」
「止めろ、養素!止めてくれ!」
「くっ…もう少し、もう少しで……!」
ハイカロリーを止めようと栄博士が前に出ようとするが、生身の身体ではハイカロリー自身が放つ熱によって、近づくことさえ出来ないようだ。そして、ハイカロリーの身体が更なる高熱を放ち、重ねた両腕が眩い光を湛え始める。その手からビームが発射される寸前、溶けて砕けた氷の中からアイスカロリーの手をファイアカロリーの手が掴んだ。
「えっ?」
「死ねぃっ!」
その瞬間、強烈なビームがアイスカロリー達に向けて放たれた。それと同時に、微細に砕かれた氷片が数メートルの壁となって二人の前に積もる。ビームがそれらを溶かした後、いつの間にか立ち上がっていたファイアカロリーが氷を身に纏って、弱まったビームを受け止めていた。
「なっ!?わ、儂の粒子ビームを受け止めただと!?ど、どうやって……!」
「一か八かだったけど、上手くいった。ありがとう、アイスカロリー。お陰で助かったよ」
「よくこんな事を思いつきますね、貴方は……」
ファイアカロリーは、あの氷の中で仮死状態にあると思われていたが、実はしっかり意識があったようだ。そして、ニトロクリーマーがやられる瞬間もしっかりと見ていたのだ。
ファイアカロリーがアイスカロリーに指示したのは、砕かれた大量の氷を用意することだった。ハイカロリーの放つ粒子ビームは、粒子化した微細なMBNを、荷電によって加速させ、ビーム状にして撃ちだす技である。その正体はMBNだが、そのほとんどは高熱の光による破壊だ。ファイアカロリーは、そこに着目した。
水は本来無色透明であるが、かき氷の氷は白く見えるものだ。これは細かく砕かれた氷が幾重にも積み重なると、光を乱反射するからである。ならば、ほとんどが光である粒子ビームも、一枚の氷ではなく無数の氷片にぶつかれば、光が散って弱体化するのではないかとファイアカロリーは考えた。しかも、氷はビームに当たって蒸発し、熱をも奪い取れる。まさに、一石二鳥の防御策である。
「……あともう一つ、思いついたことがあるんだ。力を貸してくれないか?」
「いいでしょう、乗りかかった舟です。付き合いますよ」
「よぉし!行くぞっ!」
ファイアカロリーとアイスカロリーが並び立ち、ハイカロリーに向かい合う。勝利の女神は、どちらに微笑むのだろうか。