ファイアカロリーがハイカロリーと戦い始める少し前。甘味飽食は、単独でハイカロリー地下施設に侵入していた。
こよりから聞き出したそこは、以前、飽食が根城にしていたビルとは違って、かなり機械的なデザインに溢れた施設であった。まるで何かの実験施設か、化学工場のような基地である。何故、ここに飽食が来たのかと言えば、それは捕らえられている栄博士とアイスカロリーを探し出す為だ。
「……研究員すらほとんどいないとは。栄養素は何を企んでいる?」
飽食は独り言ち、顎を撫でた。実際の所、栄養素ことハイカロリーが語っていたように、彼の目的は自らを神として人類に君臨する事である。即ち、栄養素は超重人ハイカロリーになった時点でその目的を達成しているのだ。それ故に、新たな重人も必要ないし超重人を増やす事もしない。神として人の上に立つ者は一人だけでいいと、そう考えているからである。
そうとは知らない飽食は、栄養素の考えが読めずに困惑しているようだ。何なら、こよりでさえも栄養素にとっては使い捨ての駒だなどと、予想もしていないのだろう。少しの間足を止めて考えた後、飽食は再び歩き出した。どの道、今ここで考えても答えは出ないのだ。
誰もいない通路を警戒しつつ進むと、やがて、目的の部屋に到着した。大型の研究室といった雰囲気のそこには、人間よりも二回り以上大きな培養カプセルがいくつも並んでいる。飽食がこれまで何度も見てきた、重人の生産ポッドだ。中には胎児のように小さな再生重人が浮いているものもあり、自動的に再生重人を生み出しているらしい。
「ここまでオートメーション化が進んでいるのか……流石だな、栄養素」
飽食の知る培養カプセルや生産ポッドは、開発の為の研究員が絶えず常駐して、異常が無いかをチェックしているものだった。超重人キャンディの暴走以前にも一度、MBNの異常増殖による事故が起きた事があり、研究員のチェック体制が必須となっていたのである。
しかし、見る限りこの施設ではそれが一切ない。それだけ、栄養素がヨネリカで培ってきた技術の高さを物語っているのだろう。
更に進んでいくと、他のものより少しだけ大きな培養カプセルがあり、中にはたっぷりの液体と酸素供給用であろうマスクをつけられた少女が入れられていた。
「この少女がアイスカロリーか。バイタルサインは……問題無いようだな」
飽食は素早く機械を操作し、データを確認して三依の状態を調べた。三依の意識はないようだが、少なくとも健康状態に問題はない。恐らく何らかの薬物で眠らされているだけだろう。特に助ける義理もないが、解放してやればファイアカロリーに恩を売れるか?と思った時だった。
「やはりここに来ましたか、飽食様」
「欧田……!」
音もなく研究室の奥から現れたのは欧田華麗である。以前より少しやつれたように見え、顔色が悪いようだ。しかし、何やらただならぬ気配を纏っており、ただ顔を合わせに来たわけではなさそうだった。
「欧田、貴様は栄養素と一緒に行動していると思ったが、その口振りだと私を張っていたようだな。貴様らしい周到さだ」
「……ふ、あの方はもう私など必要としていませんからね。意のままに操れる再生重人の方が扱いやすいのでしょう。私は用済み、ということで……っ」
そう呟くと、ふらりと欧田の身体が揺れて、倒れそうになる。飽食がすぐに近寄って身体を支えようとすると、その首元に鋭い刃が突き付けられた。
「飽食様、甘いですね。今の我々は敵同士……こうして私があなたの寝首を掻くとは思わなかったのですか?」
突き付けられた刃が飽食の皮膚を切り、じわりと血が滲み出ている。しかし、飽食はそれを一切気にも留めずに、じっと欧田の眼を見ていた。
「やってみろ。私はお前以上に、欧田華麗という人間のことを知っている。自分の肉体を全身凶器として鍛え上げ、それに絶対の自信を持つお前が、そんなちっぽけな刃で人を騙し殺そうなどするはずがない。……一体、何があったのだ?」
飽食がそう言うと、欧田はフッと笑みを浮かべてその身体から一気に力が抜けた。その欧田の背中には相当深い傷があって、よく見ると大量の出血をしている。これでは重人に変身するどころか、命すら危うい状態だ。
「はは、流石は甘味飽食……やはり貴方こそ、我々重人の頂点に立つべき方だった。私は、付くべき相手を誤ったということか……プロフェッサー栄、いえ栄養素は超重人としての力を得て、神となるつもりです。その為には我々のような個体が邪魔だったのですよ。私は不意を打たれ、体内のMBNを大量に奪われました。もう長くはないでしょう」
「神、だと…?あの男が?!バカな、そんな事の為に……!」
それを聞いただけで、飽食には栄養素の思惑の全てを理解することが出来た。異常なほど人員の減らされた施設も、再生重人ばかりを生み出しているこの研究室も、欧田の言葉が正しいなら納得できる話だ。栄養素はつまるところ、誰も必要としていないのである。こよりから情報が洩れることも解り切っているはずなのに、飽食や小麦の下に手勢を送り込んでこなかったのもそれが理由だろう。
そうしている間にも、欧田の身体から熱が引いていくのが解る。浅い呼吸を繰り返し、彼の命の灯火はもう消える寸前だ。そして、欧田は囁くように呟いた。
「この、研究室…の奥に、栄博士が……捕らえられて、います。彼も用済みで、処分される所だったのですが…私が、一存で……生かしました。彼ならば……栄養素に…」
「欧田……解った。ゆっくり休め、後は私が奴を止めてやる」
「ありがとう……ござい、ます。……ああ、ファイア…カロリー……やつとこのてで、けっちゃ、くを……」
そのまま、欧田華麗は息を引き取った。その瞳からは涙がこぼれていて、彼の無念さが伝わってくるようだ。飽食はその場に欧田を寝かせると、その瞼をそっと閉じさせて静かに祈りを捧げた。その後、栄養素への怒りを胸に研究室の奥へと進み、栄博士と三依を救出するのだった。
そして、現在。氷漬けにされてしまったファイアカロリーの前で、ハイカロリーが高らかに笑っている。
「……クククク、フハハハハ!なんとあっけない!ファイアカロリーなどこの程度だったか!こんなヤツに後れを取る重人共など、やはり捨てて成功だったな!」
「栄養素っ!」
振り返ったハイカロリーの視線の先には、甘味飽食と飯場小麦、そして栄博士と三依が立っていた。最後の戦いの第二ラウンドは、ここから始まろうとしている。