「そ、その姿は!?」
栄養素が変身した超重人ハイカロリー、その姿はファイアカロリーと瓜二つであった。全体の色合いこそ、ゾクゾクするような艶めかしい紫色であるが、各部のデザインはほぼ同じである。違うのは細かい意匠、例えばアイグラスと呼ぶ目にあたる部分のガラスが、右側はファイアカロリーと同じ炎の形で、左側はアイスカロリーのような氷の結晶をモチーフにした形というくらいだ。後は、身体の大半を覆う厚手で漆黒のマントだろうか。
「驚いたか?これこそ貴様らダイエット戦士と、儂が生み出した重人達の全てを超越した究極の存在よ」
「き、究極の…存在だって?」
「そうだ。かつて、我が兄養源が創り出した生体ナノマシンを目の当たりにした時、儂は確信した。これは下らぬダイエットサポート技術などでは終わらぬ、無限の可能性と至高の未来へと至る鍵であると。それがどういう意味か、貴様に解るか?解らぬであろう。貴様のように愚図で矮小な取るに足らぬ小僧が、重人達と互角以上に渡り合う程の力を得られる、その意味が」
ハイカロリーはそう言うと、右の拳をグッと握った。そこから感じられるのは恐ろしい程の怒りと憎しみだ。その手からはチリチリと小さな炎が生まれては消えていく。ファイアカロリーの力は正義の炎だと自称しているが、ハイカロリーのそれは憎悪の力を表しているようだった。
「それを、あの愚かな養源は理解しようとしなかった。人が人という種の限界を超えて至る究極の存在……即ち神に至る道を、奴は捨てたのだ!下らん、何がダイエットだ!自堕落な人間を救う……そんなものにこの力を使うなど、言語道断だ!」
「神…そんな事の為に、こんな……」
「ふん!やはり、貴様も養源と同じだな。己に与えられた力の価値も、その意味もまるで理解しておらん!人間という愚物は、誰かが正しき道へ導いてやらなければ、自らの健康一つまともに管理できんのだ。ならば、優れた頭脳と能力を持つ絶対の指導者が必要だろう。それが神だ!儂が神として君臨すれば、人類に争いも飢えも許さぬ、完璧な形で管理してやろう。この素晴らしさが解らんか!」
ハイカロリーは怒りを燃やし、持論を喝破した。一見すると正しいように聞こえなくもないが、彼の言葉には人としての
そんな身勝手な理想を振りかざし、それについてこれぬ者を切り捨てようとするやり方は、ファイアカロリーにとっては絶対に看過できないものであった。それはファイアカロリー自身が、どちらかと言えば切り捨てられる側にいたと自覚しているからかも知れない。
「勝手な事ばかり言って……!人を正しく導くつもりなら、どうして罪もない人達を巻き込んで傷つけるんだ!?あんたの作った重人が暴れた事で、一体どれだけの人が傷ついて苦しんだと思ってる。あんたも飽食さんと同じだ、独り善がりな理想を掲げてばかりで、誰のことも見ていない。俺は人を不当に傷つけ貶めてまで達成しようとする理想なんて、絶対に認めないぞ!」
「はっ!下らぬ人間どもなど多少間引いても何の問題もないわ。儂が導く神の世界に、ついてこられぬ愚かな人間など不要だからな!」
「それのどこが神なんだ、そんなのはただの独裁じゃないか!」
「ここまで言っても理解出来んか。ならば、これ以上の問答など無意味だ。ファイアカロリー、貴様はここで死ぬがいい!神となるべき力を持つ者は儂一人十分よ!」
豪という爆風と共に、ハイカロリーの身体から漆黒の炎が巻き起こる。その炎は、ファイアカロリーが発する炎のように人を照らす輝きなどない、邪悪で、どす黒い闇のような炎であった。そして、炎を纏ったハイカロリーの身体がゆらりとブレた。
「なっ!?」
「後ろだ、小僧!」
一瞬にして背後に回ったハイカロリーが、ファイアカロリーに回し蹴りを放つ。あっという間の出来事にも関わらず、ファイアカロリーは咄嗟にガードして頭部への直撃を避けたが、その蹴りのあまりの威力に吹き飛ばされ、数十メートルもの距離が離れた。
「ぐっ!なんて速さだ!あのクリ重人の阿栗さんと同じくらい早いぞ…!?」
「……ほう、よく防いだな。大した反射神経だ、流石は養源の認めた男というわけか、だが!」
ファイアカロリーが体勢を立て直す暇もなく、ハイカロリーは更なる牙を剥いた。猛烈な連打がファイアカロリーの全身に雨霰の如く降り注ぐ。
「ぐっ!?ぅああっ!」
「むんっ!」
防げる攻撃は防いでいるが、その嵐のような連打を全て防ぐことは難しい。文字通り、ファイアカロリーは滅多打ちにされ、トドメとばかリにガードの隙間から腹への一撃を受けてしまった。しかしそれでも、まだファイアカロリーは倒れない。
「ぐ、うう!…このっ!スーパーカロリーバーナー!」
「むぅっ?!」
一瞬、蹲るように見せかけて、ファイアカロリーは身体を上げて両手からスーパーカロリーバーナーを放った。至近距離で放たれる超高温の炎は、超重人ハニーを一瞬で焼き尽くす程の威力があったはずだ。しかし、ハイカロリーはその炎を物ともせずに、ファイアカロリーの顔面を蹴り上げた。
「ぐぁっ!?」
「ふん、バカめ!言ったはずだ、儂は貴様らダイエット戦士の力を超越していると!貴様の炎も、アイスカロリーとやらの氷も、儂には効かぬわ!」
もんどりうって倒れ込むファイアカロリーの頭を、ハイカロリーが踏みつける。今までにも炎が通じない相手はいたが、ここまで完璧に無効化されたことはなかった。ハイカロリーはこれまでの重人や超重人を一歩も二歩も上回る実力を持っているようだ。まさに、これまでで最強の敵と言っても過言ではない。
「ぐ、ううう……!」
「このまま頭を踏み潰してやってもよいが、貴様には随分と辛酸を舐めさせられたようだからな。そう簡単に楽にはしてやらんぞ。そら、起きろ!」
ハイカロリーが踏みつけていた頭から足を降ろしたかと思えば、今度は腹を浮かせるように蹴り上げてファイアカロリーの身体を起こす。そうして浮いた身体を掴むと氷の柱を作り出して、そこにファイアカロリーを磔にした。
「いいザマだな、ファイアカロリー。さっきも言ったが楽には死なせん。どれ、サンドバッグになってもらうとしようか!」
ハイカロリーはそのをグッと握り込み、氷を纏わせた。そして、その固められた拳で、再びファイアカロリーを殴りつけていく。ファイアカロリーが殴られる度に、その拳を受けた部分は凍り付き、やがて、身体の大部分が氷の中に埋め込まれていった。
「う、うう……」
「クックック。貴様自慢の炎をもってしても、この氷の棺に閉じ込められてしまえば脱出は不可能よ。そのまま凍り付いて凍死しろ、これがファイアカロリーの最期だ!フハハハ!ハーッハッハッハ!」
辛うじて残っていた顔面までもが完全に凍り付くと、ファイアカロリーは全身を氷壁の中に閉じ込められてしまった。ハイカロリーの高笑いは止まず、周囲に響き渡っている。世界はこのまま、ハイカロリーの手に落ちてしまうのだろうか。