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第75話 最強の敵 超重人ハイカロリー

 超重人ハニー撃退の翌日、丈太達の住む荒颪市内へ、一斉に重人達が解き放たれた。


 理由はもちろん、攪乱と邪魔が入らないようにする為だ。重人はその性質上、自衛隊クラスの装備が無ければ太刀打ちできない相手である。その自衛隊でさえ、重火器を使用せねば歯が立たないのだが、市街地でそんなものを使えば大惨事必至である。必然的に苦戦することになるのだが、その重人をばら撒いたのは、まさにそれが目的だった。


 栄養素は、目下自分達に対する最大の障害となっているファイアカロリーを倒す間の囮として、手持ちの再生重人達を市内のあちこちに放ったのだ。一度に複数の重人が現れれば、自衛隊や警察もそちらを対処せざるを得なくなる。その間に、ファイアカロリーを倒してしまおうという作戦のようだった。


「どうやら、動き出したか。狙いは恐らく……ファイアカロリーだな」


 市内に大量の重人が現れたと知った飽食は、状況を噛み締めるように呟いた。栄養素がこれだけの戦力を一気に投入するからには何か目的があるはずだ。戦力を減らしているハイカロリーが、これだけの規模で作戦を行うとなれば、自ずとその意図が読めてくる。つまり、残る最後の幹部である欧田華麗が、ファイアカロリーを倒そうとしていると飽食は思ったらしい。まさか、栄養素自身が出撃するとは夢にも思っていないようである。


「……舐められたものだな。奴らは我々のことなど眼中にないらしい。ファイアカロリーさえ倒してしまえば後はどうにでもなると思っているのだろう。或いは、欧田を超重人化でもさせたか?可能性はありそうだが」


「飽食様、どうなさいますか?」


 既に昨晩の内に、意識を取り戻したこよりから内情を聞きだしていた。ちなみにそのこよりは、頭の大きさが三倍以上になろうかと言うほどのアフロヘア―になったのがショックなようで、今は別部屋にて独り悲しみに打ちひしがれているのだが。

 それによると、どうやら栄養素は幹部クラスの重人を増やす事を快く思っていないらしい。こよりに理由をはっきり伝えた訳ではないようだが、こよりが幹部となる重人を増やす事を提案した時、拒絶されたようだ。まぁ、栄養素自身にこよりと欧田の三人であれば、飽食と小麦、それに欧田だった頃の体制と変わらないので理解出来ないこともない。ただ、飽食は幹部を増やさなかったのは、人材がいなかったせいである。


 そもそも、幹部クラスの重人と、そうでない重人の違いはなんなのか?一言で言えば、それは投与されたMBNの総量の違いである。MBNは人のエゴ……投与された人間の欲求や願いを基に人を重人に変化させるが、それにはいくつかの問題がある。そのカギとなるのは、MBNの投与に耐える強い身体だ。そもそも幹部クラスの重人は投与されたMBNの量が一桁違う。何より重人としての強さも重要な為、大量のMBNを候補者に投与せねばならない。しかし、それにはリスクが伴う。MBNに身体が耐えられない場合、精神に異常をきたし、肉体が崩壊してしまうのだ。

 故に、幹部クラスの重人を作る際には、身体の強さとエゴ強さ、その両方が求められる。だが、双方を兼ね備えた人間は数が少ないので、必然的に人材不足に悩まされる事になるのである。


「しかし、考えようによっては好都合だ。奴らが我らを警戒していないのなら、我々は影のように動く事が出来る。こよりから聞き出した連中の巣に潜入する絶好のチャンスだな」


「では、早速…!」


「小麦、お前はこよりを監視していろ。こよりを取り返しに来る可能性も十分考えられるからな。それにあれはしたたかな娘だ、逃げる隙を窺っているかもしれん」


「そ、それでは飽食様が危険です!せめて私も一緒に……!?」


「だから、言っただろう、こよりを監視する者が必要だと。あれを取り返しに来た時、対抗できるのはお前だけだ。……頼りにしているぞ、小麦」


「うっぐぅ!?……ほ、飽食様、お任せ下さい!何者が来ようとも決して彼女を渡しませんし、彼女をこの家から一歩足りとも外には出させませんっ!…そうです、今の内に逃げられないよう足を切り落としておけばっ!」


「いや待て、落ち着け。一応あんなのでも姪だ、あまり手荒にはしないでくれ」


 キュンッ!という音が聞こえるくらいに心臓が高鳴った小麦は目にハートを浮かばせながら飽食の手を握り、強く誓った。彼女が若干暴走気味なのは、今の彼女と飽食の関係が、以前の上司部下という間柄より、少し近づいているからだ。ハイカロリーという組織の中では、二人は上司と部下でしかなかったが、今や彼らはただの男と女である。ましてや、甘味グループという家業であり、職場を追い出されてしまった飽食は、社会通念上、無職のヒモである。必然的に小麦に生活の全てを頼らざるを得ず、また尽くす女というタイプの小麦は、その関係にこれまで以上の充足感と満足感を覚えているのだ。割れ鍋に綴じ蓋とは、今の二人の事を指す言葉と言っても過言ではないだろう。






 数時間後、炎堂家では、自室のベッドで休む剛毅を除いた全員が、TVニュースから流れる映像に釘付けになっていた。市内の複数個所に見覚えのある再生重人達が現れ、あの駅前のように手当たり次第に破壊して回っている。近在する基地の自衛隊が戦力を回してくれているようだが、やはり街中というネックがあって苦戦を強いられている。彼らだけで対処しきるのは困難だろう。


「ま、街のあちこちに怪物……!?これがお兄ちゃんの戦ってるって相手なの?!」


「うん。まさか、ここまで大々的にやって来るとは、思わなかったけど」


「こういう連中が大きく動く時ってのは、カタをつけようって時だろうね」


「同感だな。丈太、敵の狙いは恐らくお前だ。現状、お前しかこの怪物とはまともに戦えないんだろう?お前の聞いてきた敵の事情が正しいなら、もうなりふり構わなくなってきた証拠だ。敵の主力が、お前を狙ってくるぞ」


「主力……」


 まず真っ先に浮かんだのは、欧田華麗こと、ザギンカリーの存在だ。以前は一方的に敗北を喫したが、今の丈太はあの時よりもファイアカロリーとして、数段パワーアップしている。そう易々と負けるつもりはない。ただ、気になっているのは、剛毅のように戦えない人々を巻き込んだりすることである。特にあのザギンカリーという男は、手段を選ばない男のようだった。ファイアカロリーが以前よりも強くなり、万が一勝ち目がない事を悟ったら……その時は何をしでかして来るか解らない。


「……俺、行くよ。動けない剛毅がいるここに敵が来たら、もっと大変な事になる。それに、自衛隊の人達も助けなきゃ」


「お兄ちゃん!」


「丈太……」


 蓮華も百葉も、止めたくて仕方がないという表情だった。しかし、ここで丈太を引き留めても事態が好転しない事も理解している。だから、強くは言えないのだ。丈太の眼を見て、その覚悟が強い事を確信した豪一郎は丈太の前に一歩出ると、無呼吸の動作で丈太の腹に掌底を叩き込んだ。


「うげふっ!?」


「丈太よ。その痛みを覚えておけ、炎堂流には二つの奥義がある。一つは以前、お前に授けた体温上昇による身体能力の強化。そしてもう一つが……」


 悶絶する丈太の背中を摩りながら、豪一郎は真面目な顔で力強く呟く。


「たった今お前に一発入れた技、奥義『炎転牙えんてんか』だ。本当なら、炎堂流を継ぐ者だけに伝える一子相伝の技だが、きっと今のお前なら使いこなせる。きちんと教えてやる時間がなくて済まないが、その痛みを覚えておけば、かならずモノに出来る。……頑張れよ」


「あ、うぁい……うぇっ…」(せめて、やる前に一言言って欲しかった……)


 相変わらず脳筋な一族だが、これが炎堂流の日常である。手取り足取り教えるよりも、痛みを持って覚えさせるというのは、恐ろしい一族だ。現代では信じられない価値観ではあるが、古流武術の継承というのはこういうものなのかもしれない。


 ヨロヨロとよろめきながら立ち上がり、丈太はふらつきながら家を出た。まず向かうのは一番近い再生重人の所だ。歩いていくとそれなりに距離があるが、変身すればすぐに着くだろう。


「よぉし、行くぞ。バーニングアップ!変身っ!」


 両足を揃えて右手を腰に構え、左手で∞のマークを描く。何度となく変身してきたが、随分変身にも手慣れてきたものである。素早く変身を終えたファイアカロリーは、屋根から屋根へ忍者のように飛び移り、凄まじい速さで現場へと向かった。


「ここら辺のはずだけど……あ、あれは自衛隊の!?」


 お誂え向きに更地になっていた空き地には、自衛隊の隊員や、破壊された装備が無惨にも放置されていた。その破壊跡は、これまでに見たどの重人のものとも違う、力任せに見えるが無秩序ではない。理性のあるものの破壊のようだ。


「これは、一体……はっ!?誰だっ!」


 ファイアカロリーは何者かの気配を感じ取り、視線を向ける。その先の物陰から現れたのは欧田華麗ではなく、栄養素本人であった。


「さ、栄教授!?ボスのアンタが堂々と出てくるなんて……」


「クックック、面食らっているようだな。よくぞ来た、ファイアカロリーよ。散々っぱら邪魔をしてくれた貴様に、儂自ら鉄槌を下してやろうと思ってな。光栄に思うがいい、本来、貴様如き儂の足元にも及ばぬ存在がこの手にかかって死ねるのだからなぁ」


「なんだって!?バカにして……!」


 栄養素はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべ、ファイアカロリーの怒りを受け流している。彼に相当な自信があるのは間違いなく、一体どんな姿の重人に変身するのか、全く読めない相手だ。


「俺と戦うって言うなら、相手になってやる!そして、栄博士とアイスカロリーを返してもらうぞ!」


「養源か、ずいぶんと懐いているようだが、奴に与えられた力程度で儂に歯向かおうというのが間違いなのだ。まぁ、言葉でなくその身に解らせてやろう。全ての重人の頂点に立つ、この儂の力……超重人ハイカロリーの力をな!」


 栄養素の足元から黒い靄が立ち昇り、その身体から紫色の光を放つ。これまでの重人とは違う変身の仕方は、ファイアカロリーに見覚えのあるものだった。そして、光が消え靄の向こうに立っていたのは、全身を光沢のある紫色に染め、漆黒のマントに身を包んだ、ファイアカロリーに酷似した戦士の姿であった。

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