「よし、じゃあ、ゆっくり寝てるんだぞ」
「ああ、すまない、兄貴」
剛毅を自宅のベッドに寝かせ、丈太は部屋を後にした。
超重人ハニーを打ち倒した後、残っていた再生ウシ重人は、どこからともなくやってきたニトロクリーマー…甘味飽食と飯場小麦の二人が間髪入れずに撃退して、剛毅を助けてくれた。聞けば、二人はずっと様子を窺っていたらしい。もっと早く助けてくれればよかったのにと思わなくもないが、彼らと完全には手を組まない選択をしたのは他らなぬ丈太本人である。そこまで甘えられないというのが正直な所だ。
また、意識を失ったこよりも飽食達が連れて行くことになった。その場に放置することも出来ないし、かといって丈太が自宅に連れ帰る訳にもいかなかったので、そこは本当に感謝するしかない。少なくとも、彼女が飽食達監視下にあれば、栄教授の元に戻って再び敵として現れる心配はないだろう。尚、栄教授の居場所など、共有すべき情報がこよりから聞きだせれば、丈太の下に連絡が来ることになっている。それまでは、再生重人に対処することを専念するしかなさそうだ。
「……お兄ちゃん、剛毅の具合は?」
「蓮華。うん、安静にしていれば問題ないって。ごめんな、俺が不甲斐無いばっかりに」
剛毅の部屋を出た所で、心配そうにしていた蓮華に話しかけられた。普段は剛毅にも素っ気ない態度の蓮華だが、やはり心配ではあるようだ。丈太は蓮華の心根が、昔と変わらず兄弟思いの優しい子だと感じられて嬉しそうである。
肝心の剛毅の怪我だが、肋骨が数本折れていた程度で済んだのは不幸中の幸いだっただろう。背中から橋脚を砕かれて吹き飛ばされたと言うから心配していたが、背骨や神経に損傷がなかったのは、本当に良かった。しかし、恐怖で戦えなくなってしまった丈太を勇気付ける為に、単独で重人に戦いを挑んだのだから、丈太としては自分を責めたくなる話である。
「お兄ちゃんは別に悪くないでしょ。誰だって、人を殺しちゃうかもしれないって思ったら、戦いたくなんかなくなるよ」
「蓮華……うん、ありがとう」
あの戦いの後、丈太は家族に自らの事情を話していた。重人との戦いの中で、直接手にかけた訳ではないが、初めて人を死に追いやってしまったこと。そのプレッシャーが恐ろしくて、戦いは元より変身することさえ恐ろしく感じ、戦えなくなってしまっていた事、全てをだ。
特に経験豊富な豪一郎と百葉は、その話を聞いて複雑な顔をしていた。プロの格闘家として活動する百葉は、自分が人を殺してしまった事はないが、業界でそう言った事故が起きてしまった事は何度も目にしている。そう言う場合、事故として割り切れずに選手を止めてしまう者も少なくない。もちろん、割り切って続ける者もいるが、それでもメンタルに不調をきたしたり、薬に頼ってボロボロになってしまう者さえいた。そんなケースを見聞きしていたせいか、丈太を責める気にはならなかったようである。
一方の豪一郎は、若い頃は実践あるのみとして他流試合を頻繁に行い、道場破りのような事もしていた。時に野良試合では、実際に不幸にも相手を死に追いやってしまったケースもある。そんな経験がある故に丈太の心の傷には理解が深いようだった。百葉と同じく丈太を責める事はせず、静かに黙って話を聞き、最後に肩をポンと叩いて「気にするな」と言ってくれた。
そんな炎堂家の家族の中で唯一、蓮華だけが、戦いとは無縁の生活をしている。豪一郎は言わずもがな、百葉は女子格闘家だし、剛毅は高校空手のエースだ。本来なら丈太も戦いとは無縁のはずだが、ファイアカロリーとして戦う事になったので、ダンスに精を出す蓮華だけが違う道を選んでいることになってしまったのだ。最も、高校ダンスの世界もかなりシビアで、練習の量や質はかなりハードである。暴力的なものではないというだけで、それも立派な戦いと言っていいだろう。ただ、直接人を傷つけるものではないというだけである。
(飽食さん達の話によれば、ハイカロリーの戦力はかなり削れているらしい。少なくとも、幹部と言える戦力はもういないだろうって言っていたしな。後は一刻も早く栄教授を捕まえるかして、博士と三依さんを助けなきゃ……この戦いも、もうちょっとなんだ)
栄教授率いる現在のハイカロリーを倒したとしても、世界中に広まっている重人との戦いがそこで終わるとは限らない。少なくとも、現時点で敵対はしないと言っているが、飽食は理想を諦めた訳ではないというのだ。であれば、彼ともいつか決着をつけねばならない時がくるだろう。
しかし、それでも一定の区切りはつけられるはずだ。その後どういう選択をするか、それはその時になってみないと解らない。
「俺はもう逃げないよ。皆の未来と健康、全部俺が守るから」
「お兄ちゃん……?」
丈太の真意が掴めず、怪訝な顔をする蓮華。そんな妹に、丈太は優しく微笑むのだった。
その頃、栄教授達が本拠を構えるハイカロリー地下施設では、若返った栄教授こと、栄養素が欧田華麗の報告を受けていた。
既に幹部クラスの重人達を軒並み失い、現時点では再生重人達が主な戦力となっている。その理由は、栄養素本人の意向によるものである。
「ふむ、こよりが撃破されて、飽食の手に堕ちたか」
「は。現状、新たな重人候補者も選定の目途が立っておりません。既に重人を野に放っている為、警察内部の協力者も、犯罪者の引き渡しに応じないもので……遠からず戦力の確保が難しくなるかと。ここは、超重人の量産に入らねば」
欧田がそう言うと、飽食のように豪華な椅子に膝を曲げて座り、頬杖をついていた栄養素は首を横に振った。そして、静かだが強い口調で言い放つ。
「ならん。これ以上、超重人を増やすな。幹部など儂とお前、二人だけで充分だ。MBNの貯蔵は十分なのだろう?ならば、戦力は再生重人だけで事足りるわ」
「なっ!?し、しかし!それではファイアカロリーや、ニトロクリーマーを相手にしては……」
「ファイアカロリーか。確かに、予想以上に厄介な戦士のようだ。……よし、決めたぞ。奴は儂自ら、この手で葬ってやろう。奴さえいなければ、ニトロクリーマーなどお前で十分始末出来るはずだ。違うか?」
「お、御身自ら出撃なされるおつもりですか!?ですが、貴方は現在グラトニーの会長でもあるはず…最高幹部会の面々を始末した状態で、御身にもしものことがあったら……」
「ふっ、儂にもしもの事などあり得ん。華麗よ、貴様は儂の力を知っておるだろう?まさか、お前は儂がファイアカロリーに後れを取るとそう思っているのか?」
「い、いえ…それは……しかし、万が一のことがあったら」
「心配せずとも、万が一の事などない。あり得ぬよ、儂は絶対に、ファイアカロリーに負けたりせぬわ。供をせよ、華麗。この手で全てに決着をつけてくれる」
そう言うと、栄養素は立ち上がり歩き出した。それは一流モデルのような、滑らかで自信に満ちた歩みだ。欧田華麗はそれ以上反論する事も出来ず、ただ頭を下げて、それに従うのだった。