「やってくれたわね……よくも私のかわいい子供達を…酷いわ、燃やしちゃうなんて」
上曾根こより、こと超重人ハニーは、そう言って俯いてみせた。元々の人間の姿ならばともかく、今の重人となった姿では、そんなしおらしい姿も不気味さを誇張するばかりである。
「こ、子供?」
「……ふふ、なーんてね。いいのよ、この子達は私から無限に生まれてくるのだから。それより、ようやくやる気を出してくれたみたいで嬉しいわ。無抵抗の相手を甚振るのもいいけど、やっぱり少しは反抗する相手を捻じ伏せる方が楽しいもの。その姿、ファイアカロリーだったっけ?楽しめそうだわ」
そう言うが早いか、既にハニーの周囲には再びあの黒い霧が湧きだしていた。変身したファイアカロリーの眼でよく見てみると、霧のように見えたものはとても小さな、極小サイズの蜂の群れであった。あの強烈な圧迫感と、不思議な攻撃の挙動はやはり、生物であるが故のものだったらしい。
(MBNは生物すら作り出せるっていうのか…!?いや、再生重人がいるくらいだから、当然と言えば当然なのか)
ファイアカロリーは驚愕したものの、すぐに気を取り直して構えを取る。この小さな蜂による攻撃は脅威だったが、先程変身した際に焼き尽くしてみせたように、変身したファイアカロリーにとっては恐れるほどの敵ではない。問題は、ハニーが持つ未知の能力である。たった今、自慢の子蜂を焼かれたのを見ていたハニーが余裕を崩さないということは、他にもまだ隠している手札があるからだろう。そこは警戒しておかなくてはならない。
「……行くぞっ!」
このまま出方を窺おうかと考えていたファイアカロリーだったが、やはりそれよりも先手を打って攻撃に出る方を優先したようだ。ずっと吊り上げられたままの剛毅も心配だったし、あまり時間をかけていると周囲で倒れている人々も危険だからである。
ファイアカロリーは己の体温を上昇させつつ、勢いよく一歩を踏み込んで駆け出した。その動きは、まるで爆発したかのような猛烈な速さだったが、迎え撃つハニーはその速さに全く怯む様子はない。
「あはっ!」
ハニーは自らハニービットと呼ぶ子蜂を操る技を使い、高速で走るファイアカロリーを的確に狙ってきた。本来、蜂という生き物は視力があまり良くない生き物だ。極度の近眼であり、距離で言えば、精々三メートルほどの距離までしか見通す事はできない。ただし、その分人間よりも遥かに優れた動体視力を持っている。
例えば光が激しく点滅しているとして、人間の眼で認識できるのは一秒間に30~40回程度しかないが、蜂はその十倍近い300回もの明滅を視る事が出来るという。それだけ桁外れの動体視力を持っているという事は、人間本来の動きなどスローなものに見えるということである。つまり、ファイアカロリーの動きが速い分だけ、ハニーは容易にそれを見通す事が出来るのだ。
「スーパーカロリーバーナー!」
雲霞の如き勢いで襲い来るハニービットを、スーパーカロリーバーナーで焼き尽くす。やはり、この子蜂達の弱点は炎のようだ。だが、ハニーは何故、こうも易々と打ち破られる技を自信満々に繰り出してくるのか?不審に思う所はあるが、気にしている余裕はない。
(何か手を打たれる前に、速攻で倒してしまえば…!)
襲来するハニービットを焼き潜り抜け、ハニー本体に肉迫したファイアカロリーがハイパーカロリースマッシュを放つ。しかし、スズメバチ以上の動体視力を誇るハニーには、それを放つ直前の踏み込み動作さえスローに見えている。彼女はその隙を見逃さず、完璧なタイミングで避けてみせた。
「み、見切られたっ!?」
「隙だらけね、ファイアカロリー!」
ハニーの身体から、またもハニービットが湧き立ってファイアカロリーを襲った。狙いは変身前に傷つけられていた右脚と両腕だ。ファイアカロリーの強化皮膚装甲でさえ、ハニービットにとっては大した障害にはならないようで、大量のハニービットの集中攻撃によって、ファイアカロリーは傷口を更に痛めつけられる結果となってしまった。
流石にスーパーカロリーバーナーからハイパーカロリースマッシュを連続で放った後、更に即スーパーカロリーバーナーを使う事は出来ない。ファイアカロリーは痛みを堪えて、たまらず膝をつく。その苦痛の声までもが、ハニーの嗜虐心を煽っていくようだった。
「ぐ、うぅっ!?」
「ああ、いい声……!ふふふ、やっぱり素敵ね、ファイアカロリー。養素様に出会う前だったら、私は本当に貴方を好きになっていたかもしれないわ」
冗談じゃない、と言いかけて、ファイアカロリーは声が出せないことに気付く。正確に言えば、声が出ないのではなく、呼吸が弱くなって乱れているのだ。そして次第に、視界すらもグラグラと揺れ始めていた。
「こ、これ…は……!?」
「ああ、やっと効いてきたみたいね。ファイアカロリー、自然界で最強の毒素が何か知っていて?それはね、ボツリヌス菌が生み出すボツリヌス毒素よ。ボトックス注射とかで有名だけれど……本当はとても、と~~っても恐い毒なの。ボツリヌス毒素は神経障害を引き起こし、呼吸器不全を起こして人を死に至らしめる事が出来るくらいに、ね。そして、そのボツリヌス毒素はね。蜂蜜の中に含まれているの」
「な、ぁ…」
「赤ちゃんにハチミツを与えてはいけないって聞いたことはない?それがハチミツに含まれているボツリヌス毒素のせいよ。そして、私の子供達……ハニービットはね、MBNで作った大量のボツリヌス毒素をたっぷり含んだ蜂蜜から生み出されるの。もう解ったでしょう?貴方は変身する前から、そのハニービットの攻撃を何度も受けた。貴方の体の中には、ボツリヌス毒素がたっぷりを流し込まれているわ。普通の人間ならとっくの昔に死んでいるはずなのに、貴方って頑丈なのね」
楽し気に語るハニーとは対照的に、ファイアカロリーは自らの体で起きている異常によって意識が朦朧とし始めていた。ハニーの言葉通り、ボツリヌス菌が生み出すボツリヌス毒素は、自然界でも最強と呼び声の高い毒素である。それを大量に流し込まれたとあっては、高い回復能力を持つファイアカロリーであっても無事ではいられないのだ。
(こんな事で……負ける訳には……っ!)
次第に弱まっていく呼吸とは裏腹に、ファイアカロリーの体温は更に大きく上昇していった。ボツリヌス菌は嫌気細菌であり、芽胞と呼ばれる状態で酸素の無い状況に置かれると、ボツリヌス毒素を生み出す恐ろしい菌だ。またこの芽胞の状態では非常に優れた耐熱性をも持っていて、120℃程度の煮沸消毒にも数分以上耐えうるのだが、反対にボツリヌス毒素そのものは熱に弱い性質を持っている。
ファイアカロリーの体温が著しく上昇した事で、体内に蓄積されたボツリヌス毒素は大幅に弱体化し、次々に無毒化されていたのだ。
「負ける……もんかぁぁぁっっ!」
「えっ…!?な、なに、どうしてっ!?」
勝利を確信し、油断していたハニーは、ファイアカロリーが突然動き出したことに驚愕し反応が遅れた。その一瞬の遅れが、勝敗を分けたと言っていい。ファイアカロリーはハニー目掛け、両手から超高温の炎を放った。
「スーパーカロリーバーナーっ!」
「あ、ああっ!?い、いや!燃える……身体がっ!ギャアアアアアッ!ば、バァーニーィィィングッ!!」
一瞬にして全身を焼かれた超重人ハニーは、爆発し、元の人間である上曾根こよりの姿に戻っていた。いつもと違うのは、その髪型は冗談のようなアフロヘア―に変わっていたことだけだ。こうして、毒蜂の女王はファイアカロリーの前に敗れ去ったのであった。