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第72話 強襲、ハニービット!

「ふふふ、炎堂君。生きててくれて、本当に嬉しいわ。弟さんと一緒に、たっぷり可愛がってあげる」


 超重人ハニーを名乗る姿に変身した上曾根こよりは、人間の姿であった時よりも、遥かに妖艶な気配を身に纏っていた。頭の半分、鼻から上はほぼ蜂そのものであり、また、耳から顎に沿って、スズメバチのような牙が生えている。さらに背中には身体を上回る大きさの翅があり、腰から尻にかけては蜂そのものだ。辛うじて人の姿を残しているのは手足と胴体くらいのものだろう。首元にはミツバチのようなフカフカとした毛も見える。全体で見ると何種類もの蜂を混ぜたような、どこか歪で異様な形だった。


「剛毅……待ってろ、今俺が…た、助けてやるからな……!」


「あ、あに、き…」


 丈太は震える身体を誤魔化すように、敢えて剛毅に笑いかけてみせた。だが、剛毅から見ても、丈太が恐怖を堪えているのは丸わかりだ。たった今、重人の力を嫌というほど味わって体感した剛毅だからこそ、丈太が恐れる理由も解る気がした。ただ、実際に丈太が恐れているのは、重人と戦う事で、その素体となる人間を死に追いやってしまうかもしれないという事なのだが。


「もう炎堂君たら、無視するなんて酷いわ。貴方がどんなにいじめられていても、私は貴方を無視したことなんてなかったのに」


「上曾根さん……いや、超重人ハニー。悪いけど、俺は君が凄く苦手だったんだ。それはいつからか、俺が人を信じられなくなっていたせいだと思ってたけど、それは違った。俺は君の、心の奥にある悪意が不気味で苦手だったんだな。今ならハッキリ解るよ、君は間ヶ部達なんかより、遥かに質が悪い人間だったって」


「あら知ってたわ、そんなこと。炎堂君ったら、私が話しかける度に顔を引きつらせて戸惑うんだもの。もうおかしくておかしくて……カワイイって思ってたのよ」


 コロコロと笑う超重人ハニーは、全く悪びれる様子がない。彼女にとって、他人とは全てが自らに傅く奴隷であり、働き蜂である。彼女は単なる悪性の持ち主というだけではなく、その見た目通りに女王としての気質を持っているのだ。


「それじゃ、そろそろ始めましょうか。あら、炎堂君、そのままでいいの?私、手加減なんてしないけど」


「う……!」


 ハニーの複眼が怪しく光り、丈太は思わず息を詰まらせた。もちろん、剛毅を助けたいのは本心ではあるが、どうしても変身して戦う事に忌避感が拭えない。それだけ心に負った傷が大きいようだった。


 (まだ戦うのが、怖い……自分がまた、人を死なせてしまうんじゃないかって想像するだけで、恐ろしくって堪らないんだ。……でも、このままじゃ)


 ハニーの背後には、再生ウシ重人によって吊り上げられた剛毅がいる。ここで丈太が戦わなければ、剛毅は殺されるか、ハニーの玩具にされてしまうかだろう。そんな事は絶対に許せない。だが、その怒りは丈太をこの場に立たせるだけで限界であった。更にもう一歩踏み出す勇気がなければ、変身して戦うのは難しい。

 あと一歩前に進む鍵が欲しい、丈太はそう思っていた。


 少しの間、動けない丈太の姿を見ていたハニーが左手を掲げると、彼女の周囲に得体の知れない威圧感が現れた。目には見えない、いや、正確に言えばうっすらと黒い霧のようなものが見えている。それが何なのかは解らないが、猛烈に嫌な予感がするのだ。丈太は背筋に冷たいものを感じて、僅かに身構えた。


「ふふふ、可愛く踊ってね。さぁ、行きなさい」


 そう言って、ハニーがスッと手を振り下ろした。すると、その周りに見えていた黒い霧が文字通り霧散し、少し遅れて丈太の右足が突然裂けた。


「なっ!?うわぁぁぁっ!」


 突然の痛みと出血に、丈太は悲鳴のような叫びを上げる。ちょうど右膝の下、脹ら脛の外側がざっくりと大きく切れていた。幸い骨までは届いていないようだが、出血量からすると浅い傷でもなさそうだ。膝をつきそうになるのをグッと堪えて、丈太は周囲を見回した。


 (い、一体、何が…?何をされたんだ!?)


「……ああ、やっぱり思った通りだわ。炎堂君はとってもいい声で鳴いてくれるわね。貴方の悲鳴を聞くと凄くゾクゾクするの、素敵よ」


「く、クソッ…!変態め!」


 悪態を吐く丈太の右側から、先程の威圧感が再び迫ってきた。咄嗟に両手をクロスして頭を守ると、そのガードの上から何かがぶつかってきて、激痛が走った。


「うううっ!」


「あはは、我慢しなくていいのよ、炎堂君!もっと大きな声で鳴いて、みっともなく泣き叫んで!」


「じ、冗談じゃ、ない…!君の思い通りになんか、なるもんかっ!ぐ、うっ!」


 必死に強がる丈太の身体を嬲るように、三度、何かがぶつかってくる。この攻撃は、超重人ハニーが何かを飛ばしてきているのは明らかだ。そしてそれは、単なる飛び道具とは違うもののように感じられる。何故なら、直線的に彼女のいる方向から攻撃が来るのではなく、丈太の身体を通り過ぎた何かが旋回して戻って来ているからだ。この攻撃は生物的な動きのように思えた。


 (ど、どうすればいいんだ?!このまま何度も攻撃を受けていたら身体がもたない!それは解ってるのに、どうして…どうして戦う勇気が出せないんだ、俺はっ)


 丈太は元々、正義感が強い性質だが、それ以上に優しい心を持っている。ファイアカロリーに変身する力を得ても、自分をいじめてくる大翔達に力でやり返さなかったように、生来、人を傷つける事を嫌う性格をしているのだ。その優しさが、丈太の戦う気概を抑えつけている最大の原因であった。

 それは、ずっと丈太の背中を見続けてきた剛毅には、痛いほどよく解っている。こんな時、丈太を目覚めさせられる方法は、たった一つしかない。剛毅は吊り上げられたまま、目一杯息を吸い込んで叫んだ。


「あ、兄貴っ!周りを見ろ!俺だけじゃない、たくさんの人がこいつらにやられて苦しんでいるんだ……!兄貴にしか救えない大勢の人が、兄貴の助けを待っている!目を覚ませ!助けてくれと泣く人を見捨てる男じゃないだろうっ、アンタは!」


「み、皆……が?」


 そこでようやく、丈太は破壊された駅前のあちこちで倒れている人々に気が付いた。よく見てみれば、剛毅の言う通り、たくさんの人達が苦痛に呻いている。最悪、剛毅を連れて逃げられればと思っていた丈太だが、もうそれだけでは済まない状況だったのだ。

 そうして耳を澄ませた時、離れた場所で、微かな本当に小さな声ですすり泣く子供の声が、丈太の耳に届いた。


「いたい……よぉ…だれか、たすけて……」


(誰かが泣いてる……そうだ、俺が、俺がやらなきゃ……!)


 ここで倒れている人々は、重人と戦う力など持ち合わせていない人達ばかりである。ハニーの言う通り、例え難を逃れても、この先丈太の力にはならないだろう。だが、だからこそ、戦う力を持つ丈太に掛けられた期待は重いのだ。


「俺にしか、出来ない……そうだ、俺が…やるしかないんだ!」


 丈太の胸に微かな炎が戻ってきた。力無き人々を守る為なら、それが自分にしか出来ないことならば恐れている時ではない。丈太にとって、見返りなど重要なことではなかった。大事なのは、助けを求める声を見捨てないことだ。自分が苦しんでいた時に、陽菜がその心を救ってくれたように。幼い頃、いじめっ子に追い詰められていた明香里を助けたときのように。

 丈太は覚悟を胸に秘め、しっかりと両足を揃えて立ち上がった。もちろん、それは人を殺す覚悟ではなく、人を助ける覚悟である。


「あら、今更やる気になったの?でも、残念ね。炎堂君のそう言う顔、私は嫌いよ。もっと醜く泣き喚いてる貴方が好きなの。だから、跪いて泣いてちょうだい。ね?」


 ハニーが再び左手を掲げると、先程とはまた別の圧迫感を持った何かが、彼女の周囲に現れた。今度はハッキリと目に見えるほど多くの黒い何かだ。そして、変身する間も与えまいと一気にそれをけしかけてくる。そして瞬き程の合間に、丈太の全身が黒い霧状の何かに覆われてしまった。


「あ、兄貴ぃーっ!」


「ふふ、死んじゃったかしら。……えっ!?わ、私のハニービットが!」


 次の瞬間、眩しい程の赤い閃光が黒い霧の中から輝くと、それは大量の炎となってたちまちの内に燃え上がり、霧を飲み込んで全て消えた。その後には、輝く赤いスーツを身に纏った男が立っている。そして、キッとハニーを睨むようにして、名乗りを上げた。


「……俺の力は正義の炎!脂肪と糖が明日への活力!燃やせ、命動かす無限のカロリー!俺は炎のダイエット戦士ファイター……ファイアカロリー、見・参!」

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