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第67話 世界の革新

 数日前、ヨネリカーーカンザシ州・カンザシシティ。


 カンザシ州は、元々グレートプレーンズと呼ばれるヨネリカ最大の穀倉地帯である。果てしなく続く広い平原は世界でも有数の大豆や穀物の産地であり、科学技術の最先端が集まるシリコンバレーと比較して、一部ではグレインバレーと呼ばれている。


 そんなカンザシ州の東部にあるのが、州第三の都市・カンザシシティだ。この広いカンザシ州で生産されている穀物や大豆製品を、カンザシシティが一手に纏め上げヨネリカ国内だけでなく、世界中に販売している。

 そんな土地の中だからこそ、巨大軍産複合体コングロマリット・グラトニーは生まれたのである。





 カンザシシティの一角、この街でもっとも大きく、それでいて静かな雰囲気を保ったビルの一室には、数十人からなる集団が席についていた。彼らの目的は、尋問と糾弾だ。このビルは巨大企業グラトニーの所有するビルであり、ここに集まっているのはそのグラトニーの頭脳とも言うべき最高幹部達だ。全世界の食料関連事業の三割を支配下に置き、小国であれば一国の動きすら決められるほどの経済力と軍事力を持ったグラトニーは、彼ら最高幹部会によってその活動方針が決められる。幹部の中には米軍の軍人もいて、ヨネリカにおけるハイカロリーとその重人達の活動は、彼らによってコントロールされていると言っても過言ではない。


 まるでこれから裁判でも始まるような、静かで緊迫した空気の中、部屋の中心に設置された証言台には栄教授の姿があった。


「よく来てくれた、プロフェッサー栄。研究に忙しい中で足を運んでくれて助かるよ。……欲を言えば、もっと早く招致に応じて欲しかったがね」


 そう言ったのは、最高幹部会の中でもトップに位置する議長の男だった。非常に恰幅が良く、見た目はカーネルサンダースのような髭を蓄えた老人である。


「ふん。わざわざ研究室にG・S・Fグラトニー保安部隊の一個小隊を送り込んでおいてよく言う。もう少しで研究の成果が見せられる所だったんじゃがな」


「ほう、それはすまない事をした。しかし、我々としてはその研究成果について至急確認したい事があってね。完成する前でなければならなかったんだよ」


 議長の男は笑顔で、しかし、決して目が笑っていない様子のまま、栄教授を見据えている。他の幹部達はただ黙っているが、同じように鋭い視線を保ったままだ。そんな空気を察したのか、栄教授は深く溜め息を吐いて答えた。


「まぁいい。それで、一体何の確認をしたいんじゃ?これまでの研究成果に関しては、きちんと報告をしてあるはずじゃがな」


「そうだね、君が提供してくれているものは実に素晴らしいものばかりだよ。……ただ一点、超重人というものを除けばね」


 超重人というワードが出た途端、全体の空気が一段と重くなった。それは、最高幹部達だけでなく、栄教授自身の雰囲気も変わっている。部屋を包む緊張感は更に増していく中、議長は淡々と話を続けた。


「これを見てくれ。この映像は、日本に送り込んだ潜入工作員が撮影したものだ。レッドマンのような男が写っているが、問題はそこではない。こちらだ」


 部屋の奥の壁が開くと巨大なスクリーンが現れ、そこにはファイアカロリーと超重人ドリアンが戦っている光景が映しだされていた。議長が注目しろと言ったのは、ドリアンの方である。改めて画面一杯に拡大されたドリアンが映ると、その場にいた最高幹部達はざわざわとどよめきだしていった。


「この重人は、ハイカロリー日本支部で製造された重人で、超重人というコードで呼ばれているらしい。手元の資料を見て貰えば解るが、この超重人という存在は、従来の重人を大きく上回る性能を持っている。これも工作員から得られた情報だが、このカタログスペックを見る限り、コイツ一体を倒すのにレッドマン数十人が居ても勝ち目はないそうだ。……これについて、君の意見を聞きたくてね。プロフェッサー栄」


 白々しい、と栄教授は胸の中で唾棄した。意見を聞きたいなどと殊勝な物言いをしているが、この場に呼ばれた時点で、平和的なものは一切ない。実際に、これは査問であり、尋問である。要は、この危険な超重人の開発に栄教授が関わっていると、彼らは疑っているのである。


「意見と言われても困るな。この超重人とやらを儂が造ったとでも言いたいのか?生憎、儂はこのヨネリカから十年は出ておらん。日本のハイカロリー支部で起きたことなど解らんよ」


「もちろん、君が出国していないのは百も承知だ。この超重人を君が直接造ったとも言っていない。……だが、これほどの存在を君が一切関知せずに造れるかどうかは、疑問が残るのだよ」


 議長が手元で何かを操作するとスクリーンは別の画像に移り変わった。それは、超重人ドリアンの詳細なスペックと能力の解説が描かれた画像だ。よく秘密裏にここまで調べ上げたものだが、恐らく日本支部内にも、この最高幹部会の息のかかった人間がいるのだろう。軍産複合体であるグラトニーだ、スパイなどの諜報はお手の物である。


「見たまえ、このドリアンという超重人の能力を。はっきり言って、我々が保有するレッドマン単体では相手にならない戦闘力だ。工作員から送られた情報に間違いはないだろう。これは、由々しき問題だよ」


 議長の言葉に、どよめきが更に大きくなる。そして、尚も発言は続く。


「重人というのは、本来、人間を太らせるのが目的の存在だ。そうして肥満化した人々が食料を貪欲に求めていけば、我々グラトニーは更に潤い、発展する……そういう計画だった。だが、それもこれも、最悪の場合にはレッドマンというブレーキをかけられるからこその計画なのだ。プロフェッサー栄、私が何を言いたいか解るだろう?この超重人という存在はあまりにも危険すぎる。事と次第によっては、これはだろう。そんなものの製造を、認める訳にはいかないのだよ」


「……」


「プロフェッサー栄、本日この時を持って、君を最高幹部会の名の下に拘束する。君の研究は全て凍結させ、我々が引き継ごう。……残念だよ、プロフェッサー」


 議長の宣言を合図に、武装した兵士達が数人、栄教授を取り押さえる為に近づいてきた。栄教授は観念したのか、大きく息を吐き……笑った。


「ああ、残念じゃな。君達とはもう少し仲良くやりたいと思っていたんじゃが……まぁ、頃合いか」


「何?」


「一つ教えておいてやろう。超重人は兵器などではない、無節操に増え続けて星を食いつぶす愚かな人間共を導く新たな人類の導き手じゃ。そして、それは既に完成しておる。……ちょうどいい、


「なんだと、まさか……君は!?」


「冥途の土産によく見ておくがよい。これこそが、君達のいない未来で人類の上に立つ、究極の人類の姿じゃ!」


 栄教授が高らかに声を上げると同時に、いくつもの銃声が上がって、議場は怒号と悲鳴がひしめく地獄と化した。わずか数分間の地獄絵図が終わると、栄教授は何事もなかったかのように議場となった部屋を後にする。血と死臭に塗れたその姿は、この世のものとは思えぬ威容を湛えていた。


 そのおよそ十数時間後、ハイカロリーは突然、日本の甘味グループ買収に乗り出すこととなる。そして同時に、世界各地で重人と思しき存在が現れ、猛威を振るい始めるのだった。

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