「て、手を出すなって言ったって…相手はあの超重人なんだぞ?一人で勝てるとは……」
「舐めるなよ、この私を誰だと思っている。超重人研究が始まる遥か以前から、私は常人の三倍以上のMBN投与に耐えた最強の重人、ニトロクリーマーだ。いかに超重人と言えど歯が立たぬような事があるものか!」
そう叫ぶと、飽食……ニトロクリーマーはファイアカロリーとの会話を打ち切るように、超重人を睨みつけた。彼の言葉通りなら、確かに相手が超重人と言えど、引けを取らない戦いが出来るのかもしれない。しかし、視線の先に居るキャンディの憎悪に満ちた眼差しは、言い知れぬ闇をたっぷりと湛えていた。今、その目で見抜かれているのはファイアカロリーではなくニトロクリーマーの方だと言うのに、側で見ているだけのファイアカロリーの心まで、その闇がもたらす圧と不安感に圧し潰されそうなほどだ。
「飽、食ぅ……!殺すっ!」
キャンディは握っていた千歳飴のような棒を振り上げ、ニトロクリーマーに襲い掛かった。スピード的には、先程戦ったクリ重人こと阿栗の方が上だが、パワー的には圧倒的にキャンディが上だろう。その証拠に、踏み込んだ瞬間、足元のアスファルトが容易く砕けて地面が抉れた。阿栗はあれだけの速さを持っていたのに、踏み込み痕がそこまでついていた訳ではないのだ。
「ふんっ!舐めるな!」
獰猛に襲い掛かってきたキャンディに、ニトロクリーマーはその右手を勢いよく振るった。すると身体を包むように覆っていた純白のマントが形を変え、右腕全体を覆う剣のように変化する。そして、その剣でキャンディの棒飴を受け止めてみせた。
ガキィィィンッ!と、鋭く硬い衝突音が辺りに響く。ふわふわのクリームのようだったマントが、あの硬さになったのも驚きだがやはり一番驚いたのは、ニトロクリーマーのパワーである。相当なパワーを持っているはずのキャンディと鍔迫り合いをしても全く圧し負ける様子がない。流石はハイカロリーの幹部として君臨していただけのことはある実力のようだ。
「むぅぅぅっ!!」
「甘いな!」
鍔迫り合いに業を煮やして、一旦ニトロクリーマーから跳び退って距離を取ったキャンディだったが、その隙をニトロクリーマーは見逃さなかった。右腕を覆っていた剣が突然ぐにゃりと柔らかくなったかと思えば、鞭のようにしなりながら伸びて、離れたキャンディの首に巻き付いたのだ。
「俺のクリームは変幻自在だ。硬さも形も、自由に変化させられる。更に……っ!」
「!?」
次の瞬間、キャンディの首に巻き付いたクリームが凄まじい爆発を引き起こした。これこそ、彼がニトロクリーマーと名乗る最大の理由である。甘味飽食という生身の肉体の際に常飲し、大量に摂取していたニトログリセリンは、消化吸収されずにその体内で留まり続けている。彼はそんな特異体質を持っているのだ。そして、その体内に溜まったニトロは、重人化の際にMBNで出来たクリームの中へと移動して恐るべき武器へと変わっていく。ニトロクリーマーとは、文字通りニトロを練り込んだクリームを持つ重人なのだ。
「うわっ!?す、凄い……!」
あまりの爆発の凄さに、ファイアカロリーは思わず息を呑んだ。爆発の威力もそうだが、驚くべきはその前、あの棒飴を防ぎ、剣戟をやってのけたニトロクリーマーの腕前だ。接近戦はもちろんのこと、キャンディが距離を取った隙を見逃さず、中距離まで届くクリームでの追撃……ファイアカロリーが相手だったなら、相当な苦戦を余儀なくされたに違いない。
どんな重人であっても、首を吹き飛ばされては一溜りもない。勝負はニトロクリーマーの圧勝かに思えた。しかし。
「……なに!?」
爆発の煙が晴れぬうちに、煙の中から伸びた棒飴がニトロクリーマーの胸を貫いた。棒飴はいつの間にか先端が尖っていて、その傷はかなり深そうだ。
「に、ニトロクリーマー!?」
「さ、騒ぐな……っ!これしきの、こと…っ!」
再びクリームを固めて、今度は左手に装着したニトロクリーマーが、それで棒飴を叩き折ろうとする。しかし、それが命中する前に、キャンディは棒飴を縮ませていた。そして煙が晴れると共に超重人キャンディが姿を現す、だがその姿は先程とは色合いが違うようだ。
「なんだ?カラーが変わった?」
「ちぃ!フォームチェンジか。今の奴は重装甲型という所だな…厄介なヤツだ」
つまり、ファイアカロリーのサンシャインフォームのようなものだろう。どうやら、これまでの重人達とは違って、超重人キャンディは様々な能力を持っているらしい。これまでにも複数の技を使う重人達はいたが、一芸特化の多い重人達の中でもその力を大きく変化させる形態変化を持つ者はいなかったはずだ。流石は超重人と言うだけのことはある。
「ぐぅ……!」
「お、おい!血が……!?」
棒飴が引き抜かれた事で、ニトロクリーマーの心臓より少し上の部分から大量の出血が始まっていた。重人は普通の人間よりは遥かに頑丈だが、それでも致命傷はある。この傷は確実に、放っておけば命にかかわるだろう。貧血を起こしているのか、ニトロクリーマーは膝をついて息を荒くしている。このままでは危険だ。
ファイアカロリーは意を決して立ち上がり、ニトロクリーマーを庇うようにして前に出た。そこでようやく、キャンディの視線がファイアカロリーに向けられた。
「な、何をしている…?下がっていろと言った、はずだ…!」
「そんな怪我で何を言ってるんだ、戦える訳ないだろ。それに、これはアンタの為じゃない。さっきのクリ重人…阿栗さんだっけ?あの人の為だ」
「阿栗の…?どういうことだ?」
「あの人、きっとアンタの為にずっと尽くしてくれた人なんだろ?俺と戦って負けるならまだしも、味方の裏切りでアンタがやられるのなんか、きっとあの人は望んでないよ。俺は、力を振り絞って戦った相手に……強敵に敬意を表したいんだ。文句なんて言わせない!」
「阿栗の、為だと?……フフッ、面白いヤツだ。敵に敬意を表して、挙句に敵を守ろうとするとはな。よかろう、任せようではないか。しかし、奴は……強いぞ」
ニトロクリーマーがキャンディに視線を戻すと、憎悪に濁ったキャンディのその瞳は、ファイアカロリーという邪魔者に対して更なる怒りと憎しみを燃やしているようだった。あと少しで復讐を完遂できるという時に邪魔が入れば、当然と言える。
しかし、ファイアカロリーは逆に、その圧に臆することなくしっかりと睨み返していた。先程よりも腹を決めたからだろうか。
「解ってる…!でも、フォームチェンジならこっちにだって!」
ファイアカロリーが叫んだ時、ちょうど昼に差し掛かって、太陽が頭の真上に登り切っていた。もうすぐ冬だと言うのに、じりじりと身を焼く陽光は未だ強くファイアカロリーを照らし出している。
ファイアカロリーの全身がキラキラと煌めきを放ち、やがて燃えるように火花を散らす。
「なんだ……!?」
「はぁぁぁぁ…っ!」
火花が全身を包む炎になると、炎はその身体のあちこちに宿って形を変えた。サンシャインフォーム…陽光を大量に蓄え、増幅させた生体ナノマシンによって、ファイアカロリーの身体が変化する。クワガタの角に似た頭部のブレード、炎のような形の肩や胸のアーマー。そして、輝くスーツ……以前に変化した時よりも、それらは更に輝きを増し、洗練されたように感じられる。
「これが俺のサンシャインフォームだ…!行くぞ、超重人キャンディ!」
こうして、ファイアカロリーと超重人キャンディの戦いが始まった。