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第64話 破滅へのカウントダウン

「ば、バカな!?……それでは、我々は、何の為に……」


 動揺する飽食を前にしても、栄教授は眉一つ動かさず、実に淡々と話を続けている。その姿は、真の黒幕に相応しい。堂々として、とても醜悪極まりない悪の心根を感じさせる姿であった。


「お前の理想は知っている。飽食の名の通り、人類から飢餓を無くして苦痛から人々を解放したい……そう言っていたな。安心するがいい、その理想に近い所までは繋がるだろう。全ての人類が重人と化すことで、現行人類が抱える飢餓や苦痛などの大半は無くなるはずだ。まぁ、浜の真砂は尽きるとも……というヤツだろうがな」


「全人類を…重人に!?そんな、そんな事をすれば、人間は皆共倒れになってしまう!?重人は人の欲望や欲求を形にしたもの……共存など出来るはずがない!」


 飽食の言葉通り、これまでファイアカロリーが戦ってきた重人達には仲間意識というものがほとんど感じられなかった。そもそも、重人を生み出す元となるMBNはその力を十全に引き出す為に、投与者の精神から最も強い欲望や願い…即ち、エゴを引き出す必要があった。

 重人という存在は、そのエゴを更に強化し、その力を形に変えたものなのだ。人の願いが千差万別であるように、当然、そこに協調などと言うものはない。それは、飽食達のような幹部であっても例外はないのである。


「その通りだ。本来、重人という存在には協調性などというものはない。個々の願いや欲求を顕在化したものだからな。人類の総肥満化という共通の目的や、そこから得られる利益……要は餌をぶら下げてやらなければ、食い合って破滅してしまうだけだろう」


「で、では…何故……?いや、どうやって……」


「うふふ、おかしい。まだお気づきにならないの?それを解決するのが、重人の新しい形だったのですよ、叔父様。超重人の完成によって、世界は……いいえ、人類は新たなステージへと指をかける事が出来たんです」


「超、重人……が?」


「そうだ。そもそも投与された人間が強烈なエゴを抱えていなければ、MBNはその力を発揮できないのに対し、超重人は予めその力をデザインして形にすることが出来る。理論上は、MBNに耐えうる肉体の強度さえ持っていれば、どんな人間であっても重人となれるのだ。全く、身内を手放しで褒めたくはないが、やはり大した男だな。養源は」


 最後に付け足されたその言葉は、栄博士が超重人開発に携わったという事実を示している。ファイアカロリー自身、薄々勘付いていたことではあるが、やはりショックは大きい。博士が敵に回ってしまったのだと信じたくない気持ちと、純然たる事実が、ファイアカロリーの中でぶつかり合っている形だ。


 そんな様子を察したのか、こよりはファイアカロリーの方を見て、ニッコリと笑った。


「あらあら、炎堂君たら、そんなにショックを受けなくてもいいと思うわ。貴方が必死に戦ってきたお陰で、超重人計画が完成に近づいたと言っても過言ではないのだもの。もっと胸を張って?人生の最期くらいは、ね」


「っ!?」


 当然のことながら、彼女達にファイアカロリーを見逃すつもりはないらしい。飽食は解任を宣告されたが、ファイアカロリーの場合は処刑までも視野に入っているらしい。


「ねぇ、栄のおじ様。炎堂君も終わらせてあげるのでしょう?」


「そうだな。サンプルとしてアイスカロリーとか言う小娘は捕らえた。ファイアカロリーだったか?そいつはヨネリカのレッドマンから十分データが取れている。もういらんよ」


「な!?あ、アイスカロリーを、捕らえた…だって!?」


「そうよ。いくら彼女が米軍の実力者と言っても、超重人二人を相手にして勝てるほどの力はなかったみたい。彼女の助けが来ると思ってたんでしょう?残念ね」


 二人の超重人、それはファイアカロリーの心にも重い楔を打ち付けた。超重人ドリアンでさえ、ファイアカロリーはかなりの苦戦を強いられたのだ。それが二体も存在するとなれば、それは絶望的な戦力差である。ましてや、アイスカロリーさえも太刀打ちできない相手となると、ファイアカロリーが一人で戦うのは相当厳しい。

 そうして心を打ちのめされるファイアカロリーの前に、暴走していたあの重人が、人間の姿で現れた。


「あら、もう来たの。紹介するわね、彼は超重人キャンディ。そこにいる情け容赦のない叔父様が無下にした飴細工職人さんだったのよ、可哀想な事をするわよね。でもね、その強い復讐心のお陰で重人の候補になれて、今では超重人にまで変わる事が出来たわ。これって運命みたいよね」


 コロコロと笑うこよりの目は、今まで教室で見てきた彼女のものとは明らかに違っていた。一体いつから、彼女はファイアカロリーの…いや、丈太の事に気付いていたのだろう。ずっと丈太がこよりに対して感じていた、拭いきれない不信感の正体はそこにあるのではないか?そう思わざるを得ない様相である。


「飽、食ゥゥゥッ……!」


「貴様は、あの時の。そうか、超重人化手術の影響で肉体も若返ったのか……まさか、もしや……っ!?」


 飽食は何かに気付き、ハッとして栄教授の方を見た。それまで表情を変えなかった栄教授は、その飽食の視線に気づいた時、初めてほんの僅かに口元を歪ませていた。


「では、ここでお別れだ、飽食。今までよく尽くしてくれた、後は我々に任せておくがいい。数日の内に、貴様の理想は叶うだろう。また、違った形で、な」


「お、おのれ!プロフェッサー!よくも、よくも我々を捨て石に……ぬおっ!?」


 飽食が栄教授に意識を向けた隙を衝くように、暴走していた男が重人に変身して飛び掛かった。その手には切っていない千歳飴のような長い棒状の飴を持っており、一瞬にして飽食の前に立つと、その飴で激しく彼を打ち付けている。


「くっ!?」


「ふふん。貴様らの処刑は、その超重人キャンディに任せるとしよう。そいつは単独でも、貴様ら二人を潰すくらい訳はないからな。行くぞ、こより」


「はい、栄のおじ様♡それじゃあ、炎堂君、さようなら。もう会う事はないでしょうけど、貴方の事は忘れないわ。」


「ま、待てっ!栄博士とアイスカロリーを返せっ!」


 ファイアカロリーがこよりを追おうとした瞬間、身体の周りに何かが高速で飛び交い、全身に強烈な痛みが走った。先程までのダメージも相まって、ファイアカロリーは再び動きが止まる。その間に、こよりを伴って栄教授は姿を消した。


「く、クソっ!な、なんなんだ今の攻撃は…な、何も見えなかったぞ…!」


「ファイアカロリーよ、一時休戦だ。手を貸せとは言わん、だが、邪魔はするな。こいつは私がやる!」


 飽食の、ニトロクリーマーの言葉には並々ならぬ怒りの感情が溢れていた。二人の前に立ちはだかる、恐るべき超重人キャンディの力は、未だ未知数である。

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