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第63話 上曾根こよりの正体

「阿栗……」


 飽食の視線の先には、燃え尽きて倒れ込む阿栗老人の姿があった。相変わらず衣服は焼け焦げているものの、身体の大半は無事である。ただ、いつも通りMBNを焼失しているだろうから、もう重人に変身することは出来ないだろう。


 ファイアカロリーは飽食に睨みを利かせ、次の戦いに既に意識を切り替えていた。この戦いの本命は間違いなくこの男である。ハイカロリーという組織のボスを標榜するくらいだ。飽食はきっと、そこらの重人よりもよほど強力な敵であるに違いない。ここで気を抜くわけにはいかないのだ。


「やってくれたな、ファイアカロリー。まさか、阿栗を倒せるヤツがいるとは思ってもみなかったぞ。……私自身、阿栗の強さに胡坐をかき過ぎたか。私の判断ミスだな、許せ、阿栗よ」


「確かに、今まででトップクラスに強かったと思うけど。俺も成長してるんでね、そう簡単には負けてやれないんだ」


「ふ……戯言を抜かすな、小僧。そう簡単に我が随一の臣下を倒したと思われては困るぞ」


「……ぐっ!」


 言い返そうとしたファイアカロリーのあちこちに、重い痛みが襲ってくる。先程、阿栗の放った連打を受けた場所が、時間が経つにつれて大きなダメージを訴え始めていた。そのダメージの大きさに、ファイアカロリーは思わず膝をついてしまう。

 それを見た飽食は、口の端を歪めて邪悪な笑みを浮かべてみせた。


「そうだ。阿栗と戦って無傷でいられるはずがない。その傷ついた身体で、この私に勝てるかな?それと、もう一度だけ聞いておこう。私の理想を理解し、私の元に来るつもりはないか?言っておくが、これが最後のチャンスだぞ」


「……楽に勝てるなんて、初めから思ってないさ。けど、負けるつもりだってない。…それと、何度だって言ってやる。人を不当に傷つけて得る理想なんて、俺は絶対に認めない!」


 気合を振り絞り、ファイアカロリーは痛みを振り切って両足で立つ。その気合を天晴れに感じたのだろうか、飽食は敵ながらも、ファイアカロリーの雄姿に敬意を表して叫んだ。


「ふふふ、敵ながら大した男だ。では、このニトロクリーマーが貴様に引導を渡してやろう……アーレ・キュイジーヌ料理開始!勝負だ、ファイアカロリー!」


 改めて対峙する二人。その間に緊張が満ちて、遂に爆発しそうになったその時、不意に明るく朗らかな少女の声が、辺りに木霊した。


「あら、叔父様こんな所にいらしたんですね?探したんですよ。ダメじゃないですか、一組織の長が緊急時に出歩いていては……」


 ハッとして二人が声のした方を見ると、道の先から軽やかな足取りでこちらに向かってくる人影が見えた。逆光で顔はハッキリと見えないが、服装からしてどうやら女子高生のようである。しかし、何よりもファイアカロリーは、その声に聞き覚えがあった。学校中が自分の敵に回った最中において、優しい声で何度も気安く話しかけてきては気にかけてくれた少女……どこか苦手意識を拭えないその相手からは、飽食と同等のMBN反応が感じられる。ファイアカロリーは現実を認めるのが恐ろしくなって、震える声でその名を呼んだ。


「まさか……か、上曾根…さん?」


「ああ、貴方もいたんですね、炎堂君。うふふ、その姿でお会いするのは初めてだわ。いつもよりスマートで、とても素敵ね。でも、私はいつもの貴方の方が好きよ」


 現れたのは間違いなく、クラスメイトで学校中のアイドルである、上曾根こより本人であった。しかも、彼女はファイアカロリーが炎堂丈太であることを知っている。その事実は、紛れもなく彼女がハイカロリーの一員であり、ファイアカロリーの敵対者であることを示す、何よりの証拠でもあるのだった。


「こより……何をしに来たのだ?お前が出て来る時ではないぞ」


「そんな言い方は酷いわ、叔父様。私は叔父様にどうしても告げなければならないことがあって探していたのです。では、単刀直入に言いますね。甘味飽食、本日この時を持って貴方を甘味グループ会長の任から解きます。次の会長はこの私、上曾根こよりです。と言っても私は未成年なので、後見人は父になりますけど」


「バカな。何をふざけた事を!誰がそんなものに従うものか、一体何の権限があって……」


「権限ならあります。一時間程前、甘味グループはヨネリカの大企業、グラトニーに買収されましたから。既に新しい取締役会は発足し、全て役員一同満場一致で了承済みです。これはグラトニーの意向なのですよ、叔父様」


「なっ…!?」


 目の前で起こっている事は、どうやら企業のお家騒動というものらしい。ファイアカロリーはドラマや物語でしか見聞きした事の無い単語ばかりで、何が起きているのかさっぱりだった。辛うじて解るのは、甘味飽食という男が、権力の座から引きずり降ろされたのだろうと言う事だけだ。


 そして、ファイアカロリー以上に目を丸くしている飽食とこよりのやり取りは、尚も続いた。


「そんなバカな事が許される訳が……認められるはずがないだろう!一体、誰がそんな……っ!?」


「往生際が悪いですよ、叔父様。貴方の役目はもう終わったんです。そうですよね?


 (え?栄…?)


 コツコツと、乾燥したアスファルトを踏む音がしてこよりの後方から一人の男が姿を見せた。男は漆黒の洋装に身を包み、鋭い目つきでこちらを見据えている。


「さ、栄博士っ!?……いや、違う。だ、誰だ?!」


「ば、バカな……貴方は、ぷ、プロフェッサー栄…!?」


「プロフェッサー…?って、もしかして、アイスカロリーの言ってた栄博士の……弟!?」


 彼は以前、アイスカロリーが話していた栄博士の弟、栄養素教授である。兄である栄博士の研究結果となる生体ナノマシンを奪って姿を消したとされる男が、ここに姿を現したのだ。栄教授は栄博士とよく似ているが、よく見れば非常に険のある顔つきをしていた。だが、それよりももっと違うのは、彼が纏っているその気配だ。人の好さそうな栄博士とは対照的に、栄教授は恐ろしい程の殺気を放ち、悪意に満ちていた。ファイアカロリーがすぐに別人と気付いたのは、その雰囲気のせいでもあった。


 「ふむ。久し振りだの、甘味飽食。貴様にはこの日本での仕事を任せていたが、結果を出せなかったようで残念だ。だが、ようやく我が目的の目途が立ったのでな、儂が直々に、お前に最後を突き付けてやろうと言う訳だ」


「な、何仰っているのか解りません!計画は進んでおります!最後の邪魔者であるこのファイアカロリーさえ倒してしまえば、この国の総肥満化計画など立ちどころに……」


「そうではない。人類の肥満化など、どうでもよいのだ。儂はただ、新たな人類の導き手となる、重人の研究を進めたかっただけのこと。人類の肥満化というのは、グラトニーに取り入る為の隠れ蓑に過ぎんのだよ」


「な、なんと……!?」


 栄教授の告白に、飽食は言葉を失った。それは、隣で聞いていたファイアカロリーも同様だった。ハイカロリーという組織が人を太らせ、そうして食料の需要を高めて、食料販売を得意とするグラトニーという企業が私腹を肥やす。そう聞いていたからだ。

 しかし、今の話しぶりから聞く限り、栄教授…つまり、ハイカロリーには全く別の思惑があったと言うことになる。そして、それは首領という立場にあった甘味飽食さえ知らされていない事実だったのだ。彼の言う人類の導き手とは何なのか?解らないことだらけである。


 そこから語られた彼らの真の目的は、もっとも邪悪で、更に恐ろしいものであった。

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