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第62話 火中の栗を拾え

「阿栗の毬を全て焼き尽くすとは、本当に大した男だ。しかし、悪いが阿栗はそこからが本番だぞ?」


 クックッと噛み殺すように笑う飽食を横目に、ファイアカロリーは改めてクリ重人・阿栗の姿を見定めた。


 完全に毬は焼け落ちているが、本体であろう中身の部分は多少の焦げがある程度でほとんど無事だ。燕尾服もまだ形を残している所から察するに、あの毬は全身へのダメージを肩代わりする役割も持っていたのだろう。相変わらずMBNは出鱈目な能力を持っているようだ。


 当の阿栗本人は、微かに体を震わせながら呻き声を上げている。しかし、戦えなくなった訳ではない。むしろその逆で、阿栗から感じられるプレッシャーは更に強まり、ファイアカロリーが冷や汗を流す程であった。


「おおお……!よくも、よくも我が忠誠の証を…っ!許さんぞぉっ!」


「く、来るっ!」


 阿栗から感じられていた、気迫を超えた強烈なプレッシャーが最高潮に達した瞬間、阿栗は一気に飛び出した。放たれた矢のようになどというレベルではない、超高速の弾丸のような勢いでだ。


「……!?ぐっ!」


 そして次の瞬間、ファイアカロリーの右頬に阿栗の拳が突き刺さっていた。そこから一呼吸すらも出来ない間に、猛烈な速さで連撃が打ち込まれる。まさしく猛攻である。


「ククク。毬を取り払った時の阿栗のスピードは、全重人の中でもトップクラスのスピードとなる。ファイアカロリーのパワーとスピードは大したものだが、高速形態の阿栗には敵わんよ。さて、どうする?」


「ぐぅ!く、くそ!このぉ!」


 激しい攻撃の嵐に晒されながらも、ファイアカロリーは倒れることなく足を踏ん張り、阿栗に向けて左腕を振るった。しかし、その瞬間にはもう阿栗はそこにいない、恐るべき速さだ。既に阿栗は、ファイアカロリーからかなり離れた場所に立ち、荒い呼吸を見せている。


「ブハァァァ…!」


「さっき攻撃が来るタイミングは解ってた。解ってたのに……気付いた時にはもう殴られてたなんて…し、信じられない速さだ……!今までで、一番…かも」


 (しかし、あの状態の阿栗の攻撃は早いだけではなく重さもきっちりあるはず……それをあれだけ受けて倒れる気配がなく、あまつさえ反撃までするというのは、タフさも相当なものだな)


 余裕綽々だった飽食も、ファイアカロリーの耐久力には舌を巻いた。だが、いくら耐えられると言っても当然ながらノーダメージではない。確実にダメージは蓄積していて、体力は奪われているのだ。先程のような苛烈な攻撃を何度も喰らえば、敗北は避けられないだろう。


 (さっきの息の吐き方……あの動きにはアイツ自身も体力を相当消費してるのかもしれない。なら、ここは耐えればいけるか?)


 持久戦に持ち込めば勝機はあるかもしれないと、ファイアカロリーは考えた。しかし、仮にあの攻撃の嵐を受けきって奴を倒したとしても、その後には、あの甘味飽食が待ち構えているのだ。飽食の力は未知数だが、部下である阿栗よりも弱いとは思えない。最低でも同等かそれ以上の力を持っている相手だと思っておかなければ危険だ。

 そうなると、下手に持久戦に持ち込むのも悪手である。今は連戦を考慮した上で、阿栗に勝たなければならないのだ。それはかなりの難題であった。


「こんな時、せめてアイスカロリーがいてくれれば……いや、待てよ?」


 そこでファイアカロリーは気づいた。アイスカロリーもまた、あの暴走した重人を追っているはずだ。それが近くまで来ているのならば彼女もすぐ近くまで来ているだろう。それならば、戦いようはある。


 (そうだ、何も俺がこの二人を倒す事に拘らなくても、コイツらを弱らせておけば、あとは……!)


 アイスカロリーの実力は、ファイアカロリーも認める所である。ならば、自分はアシスト役としてこの二人を弱らせることが出来れば、十分勝機は見えてくるだろう。何も自分がヒーローに固執する必要などないのだ。例え自分が捨て石になるのだとしても、ハイカロリーのボスをここで討ち取れれば栄博士も救えるし、皆助かるだろう。


「……こう言うの、何て言うんだっけ?『火中の栗を拾う』だったかな?…へへっ、上等だ!暴れてやる!」


 ファイアカロリーは小さく笑って、力を温存することを止めた。言葉の意味合いは考えているものとは違うが、思う様暴れ回ってこの二人の強敵を弱らせれば、後は必ずアイスカロリーが何とかしてくれる。それが現状でファイアカロリーに出来る最善手だと判断したのだ。


「……笑っている?自棄を起こすつもりか?」


 飽食はファイアカロリーの様子が変わった事に気付いたようだが、阿栗とファイアカロリーの戦いに割って入るつもりはないようだ。彼は阿栗の力に絶対の信頼を寄せていて、阿栗が負けるなど微塵も思っていない。この判断が、間違いであったと気付くのはこの少し後である。


「行くぞっ!」


 ファイアカロリーは再び熱量を上げて、阿栗へ飛び掛かった。阿栗の身体を守る毬が無くなった以上、最初の状態よりも防御力は下がっているはずだ。ならば、こちらから打って出た方がいいだろう。更にギアの上がったファイアカロリーの速さもかなりのもので、一瞬にして阿栗に接近すると、そのまま右ストレートを叩きつけるように放った。


「っ!残像…!?」


「ハアァァァァァッ!」


 ファイアカロリーの拳は、阿栗の身体を貫いたかのようにみえた。だが、それは残像であり、本物の阿栗は息吹と共にファイアカロリーの側面に回って再び乱打を繰り出してくる。


 ドガガガガッ!と岩を殴りつけるような激しい音がして、激しい拳の雨がファイアカロリーに降り注ぐ。阿栗もこれをチャンスとみて、一気に押し切って決めるつもりだ。凄まじい速さで繰り出される攻撃だったが、その内に、状況が一変する。


「……?なんだ?熱風、いや、違う……気温が、上がっている?」


 最初に気付いたのは飽食であった。阿栗が放つ攻撃の余りの速さに、衝撃の余波が風となって自らの方に流れて来る。それが、段々と温かく…いや、熱くなっていたのだ。それに気付いた時には、自分も含めた周囲の気温が、明らかに急上昇してからの事であった。


 何故、飽食がもっと早くそれに気付けなかったのかと言うと、空気というものは本来熱を通しにくい性質を持っているからだ。物質は摩擦によって熱を生み出すものだが、空気はその優れた断熱性によって、空気同士がぶつかり合っても、熱を発することはほとんどない。それこそ、隕石が大気圏に突入するような超高速でなければ、あり得ないのである。

 それ故、始めに感じた熱風のようなものを、飽食は阿栗の攻撃の速さによって熱が生まれたのだと勘違いしてしまった。空気が摩擦で熱を放つほどの速さで動けば、阿栗の身体の方が耐えられないはずだが、飽食自身が阿栗の力を過信してしまったが為に、気付くのが遅れてしまったのである。


「この暑さ……いや、熱さは……まさか!?」


「ぬううううっ!むっ!?」


 飽食が気付くのと、阿栗の攻撃が外れたのは全く同時のことだった。外れた、と言っても、ファイアカロリーが阿栗のように残像を見せるほど早く動いたのではない。急上昇した熱により、ファイアカロリーは


「いかん!離れろ、阿栗!」


「!?」


「もう遅い……捕まえたっ!」


 それはファイアカロリーの技、ミラージュアップフィールドである。ファイアカロリーは阿栗の猛攻を受けながら、体温を極限まで上昇させ、かんたんバトルシステム無しで、ミラージュアップフィールドを発動させたのだ。あのアイスカロリーがやってみせたように。


 阿栗の背後から、頭と腰を掴んだファイアカロリーはそのまま全力を込めて叫んだ。


「食らえっ!フレイムトルネードスロー!」


 ファイアカロリーの全身から炎が噴き出し、それを纏ったまま阿栗を持ち上げ、頭上で振り回すように回転させていく。フレイムトルネードスローは小規模な火災旋風を巻き起こす技だが、その中心であるファイアカロリーが直接相手の身体を掴めば、それは竜巻を伴う投げ技にもなる。


「ムオオオオオッ!?ほ、飽食様ああああああっ!ば、バァーニーィィィングッ!!」


 持ち上げられてしまった阿栗は、抵抗することも出来ず、ファイアカロリーが生み出した炎の竜巻へと放り投げられた。いかに阿栗が高速で動けると言っても、空を飛ぶ能力までは持ち合わせていない。そのまま彼は、成す術もなく炎によってMBNを焼き尽くされ、そのまま地面へ落下して爆発した。


「まず、一体…!」


 ファイアカロリーは唖然とする飽食を見つめて呟く。そして、戦いはまだ、続く。

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