飽食の変身した姿は、神々しい程に白かった。
マントを模したふわふわのクリームは、メレンゲのような硬さで形を維持しており、首元から足元までもをしっかりと包んでいる。マントの下にはやはり白い全身スーツが見えていて、重人よりはファイアカロリーのスーツに似ているようだ。
だが、何より目を引くのは頭部である。頭はマネキンのように口や鼻の輪郭はあるものの、それ自体の形はない。他の重人同様、しっかりと存在しているのは瞳だけだ。目から上は、絞り出したクリームがシルクハットのように頭の上に乗っていて、そのてっぺんはつんと硬く角が立っていた。
それはまるで、いちごなどをトッピングする前のデコレーションケーキのようである。
「さて、既に人払いは済んでいる。多少暴れても構わんぞ」
「え?いつの間に!?」
そう言われて丈太が周囲を見回すと、確かに人通りが無くなっていた。まだ通勤時間と言ってもいい朝だというのに、あの甘味タワーを中心とした区画からは、人の気配がなくなっているようだ。一体いつの間に、どうやってそれを成したのか、丈太には解らなかった。
「この辺りの区画は、我が甘味グループが全て握っているのでね。この程度など造作もないことなんだよ。では、ファイアカロリー。君が甘味のよさに出来るだけ早く気付いてくれることを祈ろうか。やれ、ギャルソン」
「はっ!」
丈太が気付いて視線を向けると、先程まで給仕役のように燕尾服を来て立っていた老人もまた、重人の姿へと変化していた。燕尾服こそ変わっていないが、頭は大きな
「我が名は、クリ重人・
「う、うわっ!?」
クリ重人、阿栗が時代がかった物言いで頭の
「あっぶな…!?な、なんて威力だ……」
「ほう、阿栗の居合を避けるか。あの身体で良く動く……大したものだ。変身もせずにそれとは中々の反射神経と動体視力だな、これは今までの重人達が敵わなかった理由も窺えるというものだ」
「や、ヤバイ…!コイツ、普通に強いぞ。本気でやらなきゃ……やられる!」
丈太はさっと後ろへ跳び、僅かに距離を取った。今の丈太ならば、そのほんの少しの間合いが生み出す時間だけで、十分に変身可能だ。だが、阿栗はそれを許すつもりはないのか即座に構えて丈太を狙う。
「飽食様の理想を理解しようとしない愚物めが……!貴様など、この毬流抜刀術の錆にしてくれる!」
「冗談じゃない!他人を不当に傷つけて得る理想なんて、ただの独裁…エゴでしかないんだっ!そんなものに、皆を巻き込ませてたまるもんか!バーニングアップバーに!変身っ!」
変身の叫びと共に、丈太の左手が∞を描く。阿栗はそれをチャンスとみて毬の刃を振るった。丈太の身体が赤く輝くのと、阿栗の刃が閃いたのはほぼ同時だ。しかし、阿栗の刃が丈太の身体に届く事は無かった。変身によって変わり始めた丈太の左手が、その刃先を受け止めていたのだ。そのまま流れるように、変身が丈太の全身へと進んでいく。時間にしてほんの一秒にも満たない瞬間の出来事だが、後方からそれを見ていた飽食はニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「ぬっ!?」
「……俺の力は正義の炎!脂肪と糖が明日への活力!燃やせ、命動かす無限のカロリー!俺は炎のダイエット
「ふふん、部分変身とでも言うのか。面白い芸当だ」
「小癪な!」
ファイアカロリーは離れようとする阿栗の刃を掴み、そのまま握り潰した。鋭い刃ではあるが、元が束ねられた毬であるせいか、強度はそれほど高くないようだ。しかし、阿栗はすぐにその刃を捨て、ファイアカロリーから距離を取る。そして、再び己の頭から毬を数本抜き出して、新たな刃を作ってみせた。
「武器破壊で勝利!……って訳にはいかないか、やっぱり」
「我が毬をいくら圧し折ろうとも無駄な事!この毬の一つ一つが、飽食様へ捧げた忠誠の証なのだ!貴様のような小僧に、我が忠誠を砕けはしない!」
阿栗の気迫が毬に宿る。それは裂帛の気合と言うべき、凄まじい圧を放っていた。たったそれだけで、まるで暴風が打ち付けたようにファイアカロリーの身体を揺らし建物を軋ませている。
「凄い気合だ……!きっと父さんならきっと受け流して笑うだろうな。でも、俺だって炎堂流の男なんだ、やってやる!」
ファイアカロリーは意識を集中させて、体温を高めていく。炎堂流の極意、アドレナリンの過剰分泌による強烈な体温上昇は、熱を操るファイアカロリーには最高の組み合わせである。それはFATエネルギーによる熱量の発生を更に効率的に高めて、ファイアカロリーの力を上昇させるものだ。その相乗効果によって高められたパワーは、熱波となってファイアカロリーの身体から放出され、阿栗の気合による衝撃は完全に打ち消されていった。両者の力は五分と五分に等しいもののようだ。
重人である阿栗の表情を窺い知ることは出来ないが、その鋭い視線に宿った敵意の強さから感情は読み取れる。それはファイアカロリーが自らと五分の存在であると認めたくないという負けん気と、僅かながらにそれを認めざるを得ない感情だ。何より、ファイアカロリーを主である飽食が認めている事への嫉妬心のようなものもあるのだろう。そんな複雑な負の心がファイアカロリーには感じ取れた。
そして、そんな思いを爆発させるかのように阿栗が咆えた。
「貴様如きに…死ねっっ!」
「そうはさせるか!今度はこっちの番だっ!」
阿栗が居合の構えを取る前に、ファイアカロリーは地を蹴って凄まじい速さで間合いを詰めた。そして、今まさに放たれんとする刃…ではなく、その手元に狙いを定めたのだ。
「なっ!?」
「小手打ちだって、剣道の基本だろっ!」
炎堂流は無手で侍を相手に戦うことを想定した武術である。本来、圧倒的に不利なはずの徒手空拳で、侍とどう戦えば勝利を掴めるか?それは古流武術であるが故にずっとずっと長い間考え上げられてきたものだ。武器を握るということ……即ち、武器を操るその手こそが、最大のネックなのだ。
それは侍自身がよく理解している弱点であり、れっきとした戦略である。しかし、素手で武器を握る手を狙うことは間合いの面でも相当に厳しい行為だ。阿栗は歴戦の武人である為に、ファイアカロリーがそれを狙ってくることを逆に想定していなかった。ただ、仮に想定していたとしても、防げたかは怪しいだろう。それほどに、ファイアカロリーが間合いを詰めたスピードは尋常でない速さだったのだ。
ゴッ!という鈍い音がして、刃に手をかけていた阿栗の右手が蹴り上げられた。その上、急激に下方向から加えられた力によって、阿栗の体勢までもが大きく崩れる。その隙を衝いて、ファイアカロリーは両手から炎を噴き出し、阿栗に向けて放った。
「スーパーカロリーバーナー!」
「うおおおおっ!?」
強烈な炎に包まれ、身を焼かれていく阿栗……しかし、飽食は笑みを絶やさず、ファイアカロリーを見つめたままだった。
「クックック……大したものだ。こうも簡単に阿栗から一本取るとはな」
「笑ってる場合なのか?自分の大事な部下だったんじゃないのかよ!?」
「もちろん、大事な部下だ。だが、勘違いしてもらっては困るな。まだ君が勝ったと決まった訳ではないんだぞ?」
「え?……何っ!?」
その瞬間、ファイアカロリーは殺気を感じ取り、即座にその場を離れた。その時、焼き尽くされる寸前に見えた阿栗の身体は健在であり、燃え落ちたのは頭の毬だけだと気付く。
「ぐううううっ!よくも、よくも我が毬をっ!」
「そ、そんなっ!?焼き栗ってこと!?」
クリ重人・座頭阿栗、彼の身体は炎に強い耐性を持っていたのだ。二人の戦いは第二ラウンドへと突入するのだった。