――丈太が飽食と出会い、その胸の内をぶつけ合っている頃よりも少し前。
賊三兄弟は、路地裏に現れた男を前にして睨み合っていた。男はどこから手に入れたのか、ボロ布を身に纏っているが、顔つきは若々しく精悍で高い身長と相まってギリシャ彫刻の石像のような雰囲気を漂わせている。
三兄弟の内、真ん中の次男である
「おい、兄貴、どういうことだ?アイツは結構なジジイだったはずじゃ…!?」
「確かに。だが、あの目つきはアイツに間違いねぇ。あのゾッとするような冷たい目はあのジジイで間違いないはずだ……どういうことだ?」
「何でもいい……さっさと捕まえてカレーを食わせてもらおうぜ。アニキ」
そう言うと、一番下の弟
反面、家族揃っての団欒に飢えている面もあり、カレーへの執着は家族の象徴という意識があって、執着しているようだった。
「……そうだな、やる事は変わらねぇんだ。さっさと連れ帰って飯にするか!」
そんな弟のやる気に後押しされて、長男の
三人が老人であったという男を取り押さえるべく前に出ると、殺気のようなものを感じ取ったのか、ボロ布の男は遠くを睨む目を彼らに向けた。そして、身体から煙のような靄が立ち昇り、その姿を変える。
そうして煙が晴れて現れたのは、丸い頭部をキラキラと虹色に輝かせた重人であった。その名は超重人キャンディ……欧田華麗と栄博士が手塩に掛けて作り上げた新たな超重人であり、甘味飽食に因縁を持つ男である。賊三兄弟が彼を老人だと称したのは間違いではなく、超重人へのMBN適合手術を受けた際、その副効果として若さを取り戻したのだ。
「コイツ、変身しやがったぞ!?やる気か!」
「気をつけろ!コイツは超重人とか言う新しいタイプの重人だ。俺達とは違う力を持っているらしいぞ。お前ら、変身だ!」
賀意の号令で、三人がそれぞれ重人へと変化する。キャンディと同じく身体から煙のような靄を放ち、それが晴れると、仁は赤く尖った頭のニンジン重人に。玉根はずんぐりとした雫型の頭をしたタマネギ重人。そして、賀意は丸くゴツゴツとした岩状の頭を持つ、ジャガイモ重人へとそれぞれが変化していた。
「キャロキャロ……とっとと終わらせるぜ!」
「カレーの邪魔はさせん……オニ」
「ガガっと行くぞ、お前ら!」
ジャガイモ重人の合図で、まず真っ先に飛び出したのはタマネギ重人だった。彼は素早くキャンディの懐へと飛び込み、一際大きなその頭の先端をキャンディに突き刺そうとしている。
普通、タマネギの頭頂部はそこまで尖っているものではない。我々が食べている幾重にも折り重なった白い部分は葉っぱであり、通常はそれが一点に集中して伸びていく。その伸びていく基点の部分なのだから、刺さるような尖り方はしていないはずなのだ。
一方のキャンディは何も身構えることなく、ただ黙ってタマネギ重人の動きを受け入れようとしていた。その目に三人の重人が映ってはいるが、自らの敵足り得ないと見くびっているかのようである。
「食らえ!アリシンスプラッシュ!」
キャンディに向けられたタマネギ重人の頭頂部が砲塔のように開き、そこから透明な液体が勢いよく放たれた。アリシンとは、ネギ科の植物に多く含まれる物質、硫化アリルの一種である。玉ねぎを切っていると目に染みて涙が出て来ると言う経験をした人は多いだろう。その目に染みる成分が硫化アリルだ。正確に言えば、玉ねぎを切った際に出た硫化アリルが酵素と反応し、アリシンへと変化する。アリシン自体は体内に入ると胃腸の動きを刺激して活性化させたり、ビタミンB1の吸収しやすくしてくれる成分なのだが、大量に摂取すると吐き気や嘔吐、または下痢などの症状を引き起こす。そんな成分を濃縮して発射するのが、アリシンスプラッシュなのである。
キャンディはそれを防ぐことなくまともに食らった。普通の人間ならばこれだけで昏倒し、嘔吐で身動きが取れなくなるだろう。例え重人と言えど、ベースは人間の肉体であるが故に、浴びればただでは済まない威力のはずだ。しかし、キャンディは全く動じる事なく冷静に、タマネギ重人へ反撃を仕掛けた。
「オニッ!?ぐぁっ!」
ちょうど頭頂部をキャンディへ向ける形になっていたタマネギ重人は、真下から放たれた蹴りを顔面へダイレクトに食らってしまった。ゴッ!という骨に響く音がして、タマネギ重人の身体が浮き上がる。相当な威力の蹴り上げだ。
「タマネッ!」
追撃を狙うキャンディに、すかさずジャガイモ重人が飛び掛かる。見た目に反してジャガイモ重人の動きも素早く、瞬く間にキャンディの側面から殴りかかっていた。ジャガイモ重人はその頭だけでなく、拳もゴツゴツとして硬い形状をしている。そこから放たれる強烈なフックはまるで岩石で殴りつけたかのような威力を持っているようだ。
ドゴッという重い音がして、キャンディの腹部にジャガイモ重人のフックが決まった。しかし、その感触は生身の人間のそれとは全く違う。鋼鉄を殴ったかのような硬さである。
「ガガッ!?俺の拳より硬ぇだと!?」
ジャガイモ重人がハッとして気付くと、キャンディの頭は色合いが変わっていた。先程までは虹色をしていたはずの頭は、鉄を思わせる鈍色に変化している。そしてほのかに、その身体からハッカの匂いが漂い始めていた。
「コイツ……うぐぅっ!?」
一瞬の驚愕を見抜かれ、ジャガイモ重人はその硬いはずの顔面を殴りつけられて後退する。キャンディの拳はいつの間にかジャガイモ重人をも超える硬度を得ていて、その威力は易々とジャガイモ重人の頭をへこませるほどのパワーであった。
「アニキ!タマネ!…クソっ!カロテンカーテンッ!」
倒れたタマネギ重人と吹き飛ばされたジャガイモ重人を守るように、赤いオーロラのような膜がキャンディの前に現れる。ニンジン重人のカロテンカーテンは、目に見えるほど大量のベータカロテンを使って、敵の攻撃を防ぐ防御膜の役割を果たす技だ。彼らは攻撃役のジャガイモとタマネギ、それをサポートするニンジンのチームで戦う事を想定された重人達なのである。
すると、目前に現れたカロテンカーテンに対し、キャンディの頭が鮮やかな黄色へと変化する。そして、その指先から小さく大量の飴を生み出し、それを放った。
「な、なんっ…うぉ!?」
その飴はパイン味の飴であるが、同時に爆発物でもあったようだ。大量の飴がカロテンカーテンに触れると、眩しい光を放ち、一気に爆発したのだった。
そして再び、場面は丈太と飽食達に切り替わる。丈太と飽食の間を割るように出てきたのはギャルソン風の老人だ。その全身からは、父、豪一郎にも似た凄まじい闘気が放たれていて、一筋縄ではいかない相手である事を示しているようだった。
「あの爆発……近いな。だが、戦っているのは重人同士か。……ふむ、狙いは私か?」
「狙われている?重人に?貴方がハイカロリーのボスなんじゃないのか?」
「もちろんそうだ。日本でのハイカロリーを指揮しているのはこの私だよ。だが、どうやら我々も一枚岩ではいられないようでね。……ギャルソンよ、変身するぞ」
「御意」
「なっ!?」
そう言うと、ギャルソン風の老人と飽食の身体から、煙のような靄が立ち始めた。SAKAEウォッチからけたたましい警戒音が鳴り響き、眼前の二人がいかに脅威であるかを教えてくれる。丈太自身、これまでに感じた事がないほどハッキリと、MBNの存在を感じていた。
「そ、その姿は……!?」
「クックック……!これが我が真の姿。美しいだろう?この白さは並大抵の職人や食材では生み出せぬ。この白く輝く姿こそが、我が理想の体現なのだ!」
飽食はその全身を、まさに純白のクリームに身を包んだ輝く重人へと形を変えた。彼の名は重人・ニトロクリーマー。ハイカロリー最高幹部の一人であり、この世全ての調味料をクリームへ変えんとする、恐るべき理想の持ち主である。