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第58話 甘味飽食との出会い

 三依の話によると、この重人らしき人影は、そう早くない動きでいずこかへと去って行ったという。それが昨晩未明で、今から三~四時間前の事だ。米軍ヨネぐんは現在も行方を追っているらしいが、その足取りは掴めていない。

 日本の警察は件のカレーショップの方を重点的に調べているようなので、そちらに関してはしばらく手を出せないようだ。現在、世界的に暗躍していると自称するハイカロリーだが、表立って活動しているのはヨネリカと日本でだけである。そして、ヨネリカはともかく日本では、まだ公式にハイカロリーとその尖兵である重人の野望について米軍と情報共有が出来ていない。その為、日本国内では現地警察を差し置いて米軍ヨネぐんが動く事は出来ないのである。


「私達としては、まずこの写真に撮れた重人を追うことが先決だと考えています」


「そうだね、こんなヤツが暴れ回ってたら大変だよ。もし、お巡りさんがこいつと鉢合わせたら……」


「日本警察の力では、重人に対抗する事など出来ません。いえ、例え誰であっても無理でしょう。これを止められるのは、生体ナノマシンを持つダイエット戦士……即ち、私達だけですから」


 三依の言葉はつまり、下手をすれば犠牲者が出ることを意味していた。これまでの重人は冗談染みた存在が多かったので、命という意味での犠牲者はまだ出ていないが、もしこれが超重人であったなら、話は別だ。彼らは戦闘用の重人であると自称していた通り、殺傷能力は普通の重人の比ではない。この重人が暴走状態である事を除いたとしても、相当危険な存在である事は間違いないだろう。何としても、丈太達が先にこの重人を見つけて止めなくてはならない。


 こうして、二人は絶えず連絡を取り合いながら、手分けして重人を探す事に決めたのだった。









「どうだ?見つけたか!?」


「……いや、まだだアニキ。クソ、どこ行きやがったんだ?あのジジイ!」


「カレー……カレーの臭いがしねぇ」


 路地裏で身を寄せ合い、三人の男達が少し焦った様子で何かを探している。彼らは以前、丈太がコンビニに立ち寄った際、強盗に入った三人組だ。あの時、警察に捕まったはずの彼らが何故、ここに居るのか。それを説明する為には、ハイカロリーの手口を説明する必要があるだろう。


 ハイカロリーの尖兵である重人……その素体となる人間は、強い渇望――即ち、望みを持っていなければならない、或いは強烈な感情と言ってもいいだろう。それは欲望でも願望でも正否を問わないものだ、事実、里田老人は過去の経験から飢えを強く憎んでいただけで、後は普通の人間だった。では、どうやってハイカロリーはそんな強い感情を持つ人間を見つけ出していたのか?その答えの一つが彼ら三人の兄弟である。


 彼らは実の兄弟で、貧しい家に生まれたものの、その分、絆が強い家族であった。生きていく為に幼いころから悪事に手を染め、主に盗みを主体とした罪をいくつも重ねてきた。そんな三人は、ある時、自分達を施設に預けて行方をくらました実母が、寂れた老人保護施設に入所している事を知った。


 彼らの母、賊濡須実ぞく ぬすみは、お世辞にも褒められた人生を送った人間ではなかったらしい。彼らの父と結婚するまで窃盗を繰り返して何度も捕まっていて、それは彼女が生来持つ悪癖であったようだ。しかし、三兄弟の父と結婚した後はその悪癖も鳴りを収め、裕福とは言えないがそれなりに幸せな家庭を築いていた。事態が変わったのは、その夫が事故で他界してからである。


 元々、窃盗で生計を立てていた濡須実には三人の子供を一人で育てる能力はなく、彼女は何度目かの逮捕後に泣く泣く三人を養護施設へ手放す事になった。三人を手放した後は、必死に悪癖を抑えて細々とした暮らしをしつつ、養護施設への寄付をしていたのだと言う。だが、しばらくの後についに身体を壊して、彼女は起き上がることすらまともに出来なくなった。そして、施設へと入ることになったのだ。


 三人はその時初めて事情を知り、今度は自分達が母を支えようと考えた。だが、母譲りの盗癖でしか生きて行く術を知らぬ彼らに、介護をしながら生きていく事など出来るはずもない。そんな時に出会ったのが、欧田華麗である。


 欧田は、彼らの心にある願いの強さを測る為、一つのミッションを提示した。それが、あのコンビニ強盗事件だったのである。


 母を守って家族で暮らす為に、窃盗ではなく強盗のような凶悪犯罪を犯す覚悟があるか?と問われた彼らは一も二もなくそれに飛びついた。場合によっては殺人も覚悟しろと言われた時には肝を冷やしたが、元より奪う事を常として来た彼らだ。人の命を奪うことが出来ないはずはない。そう考えたらしい。そして、あの事件へと繋がっていったのである。

 欧田は予め警察組織に扮して仕事を終えた彼らを回収し、その望みの強さと覚悟を確認すると、彼らを自らの手駒……即ち、重人へと改造した。彼らはそうして、ハイカロリーの重人に生まれ変わったのだ。


 こうした手口は、ヨネリカでも行われていたようである。ちなみに、小麦は手近で重人の素体に見つけると、その人間を言葉巧みに連れ出して拉致し、MBNを投与して重人に仕立てていた。彼女の用意した重人が、肉屋の主人や、里田老人など町内会の人間ばかりだったのはその為だ。


「しかし、華麗様はなんだってあんなジジイを重人にしようと思ったんだ?とてもファイアカロリーと戦えるとは思えねぇが…」


「それも聞いたんだがよ、どうも上からの指示だったらしいぜ。年寄りを重人にして試したかった事があるんだとよ」


「なんだそりゃ?まぁ、あんなヨボヨボのジジイだ。見つけちまえば連れて帰るのは楽だろうけどな」


「……兄貴、奴のニオイがする。華麗様のカレーのニオイも混じってるから、間違いない」


「何?……はっ!?」


 三人から少し離れた路地裏の片隅に、それは居た。ボロ布を纏った男の背は高く、精悍な顔つきと鍛え抜かれたような肉体を持ち、日に焼けた肌が汗で光っている。と言ったその男は、三人を見てカチカチと歯を鳴らしていた。


「こ、コイツ…ジジイだったはずじゃ!?」


「とにかく捕まえるぞ!たった一人だ、俺達の敵じゃねぇ!」


「コイツを捕まえて……カレーを食わせてもらう……」


 逃げていた男を見つけた三兄弟は、それぞれ、三者三様に重人へと変化する。それを見ていた男は、カッと目を見開き、自らもまた重人の姿へと変化した。重人対重人という、前代未聞の戦いはこうして始まったのだった。







 その頃、丈太は一人、事故の起きたカレー店から歩いて重人と思しき人物を探していた。この辺りは、駅から少し離れた商業区域だ。丈太達の住む住宅街や商店街からはそう遠くないが近くもない。以前は畑などが多く点在していた地域なのだが、最近では新しいマンションなどが数多く建ち並び、それに伴って複数の店舗が入った大型のビルやチェーン店などが新規に進出している地域でもある。事故のあったココ何番や?は、そうやって最近増えた店舗の一つであった。


「この辺もずいぶん開発が進んだよなぁ。ちっちゃい頃は畑とかばっかりだったのに……あの大きな甘味タワーが出来てからか」


 丈太が見上げているのは、街の再開発のシンボルとも言うべき巨大ビル……通称、甘味タワーである。オーナーは甘味処を数多く経営する人物のようで、ビルに入っている店舗も、そのほとんどがスイーツ店や和菓子屋など、洋の東西を問わない甘味処ばかりである。


 まだ若い丈太には、変わっていく街に対する郷愁のようなものはあまり無いが、少しずつ見知った土地が変化していくことに思う所が無い訳でもない。変化そのものを受け入れる事が出来ても、その先にあるものに対する未知への不安などはあるのだ。


「人も社会も変わっていくのが常だよ、少年。だが、どんな時代になっても、人を魅了し、癒すものが甘味なのだ」


「え?あ……」


 突然話しかけられ、驚いた丈太がハッとして振り向くと、そこには真っ白いスーツに身を包んだ一人の若い男が立っていた。隣に立つギャルソン風の老人が日傘を差しているので、顔が隠れていてその全貌は見えない。彼こそまさに甘味飽食その人であり、ハイカロリー日本支部を率いる首領というべき人物である。


 期せずして、ファイアカロリーとハイカロリーのボスが出会う事になったのであった。

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