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第57話 超重人キャンディの暴走

 規則的な機械音と、ナノマシンを培養する培養液の流れる音がする。僅かに鼻を衝く刺激臭は、恐らく実験に使う薬剤のものなのだろう。暗闇の中でいくつか並んだ、薄緑色に光る培養液の中で一つの培養カプセルの瓶が揺れ、激しい圧を受けたように歪んで亀裂が入った。


 ビシッ!という音がしてカプセルの中から一人の男が目を覚ます。目を開けたばかりだが、その男の目には凶悪な怒りの色が浮かんでおり、まともな精神状態でないのは明らかだ。


 そして、男は培養液に満たされたカプセルの中で拳を握ると、中からそのガラスを殴りつけた。水の抵抗などお構いなしに振るわれた拳は、亀裂の入ったカプセルを破壊する事など造作もないのだろう。一発で亀裂は大きくなり、二発目で割れ、三発目で完全に砕け散った。

 激しい警告音が鳴り響き、破壊されたカプセルの中からその男がゆっくりと姿を現す。


 「甘味……飽食ゥ…………ッ!」


 怨みと憎しみの籠った呪詛の如き言葉が、男の口から吐き出される。そして、その男は囁いたと共にゆっくりとその場から姿を消した。





「ふっ…!ふっ…!はぁっ!せいやっ!」


 早朝、まだ他の門下生達はおろか豪一郎さえも起きて来ない深夜と早朝のギリギリの境目となる時間。丈太は一人、道場で懸命に汗を流していた。時間となれば、この道場は門下生達で一杯になり、とても丈太が自由に動ける場所ではなくなる。変身前の丈太は身のこなし自体は安定してきたが、決して素早くは動けないし、身体も他の門下生より大きい部類に入るので、誰もいない時間は貴重な稽古の時間なのだ。


 そんな道場に一人の男が入ってきた。道着に身を包み、精悍な顔つきはこんな時間だと言うのに少しも崩れていない。弟の剛毅である。どうやら、丈太がこの時間に一人で稽古をしていることを知っていて、道場に入ってきたようだ。


「ずいぶんと早くから、精が出るな、兄貴」


「あ、剛毅か、おはよう。……そうだな、ちょっと居ても立っても居られなくてね。どうしても早く助けたい、助けなきゃいけない人がいるんだ。それより、剛毅こそどうしたんだ?こんな時間に……いくらなんでも、まだ早すぎるんじゃないか?」


「確かに朝稽古には少し早いが、兄貴がやる気をみせているのに、おちおち寝てられなかったんだよ。せっかくだ、付き合うぞ」


「いいの?……ありがとう。俺が言うのもなんだけど、寝不足とか、気をつけてくれよ?大会とか近いんだろ?」


「ふっ、兄貴に心配されるほど柔じゃないさ。……だが、ありがとう」


 剛毅はそう言うと、ほんの少しだけ笑顔を見せた。どうやら剛毅も蓮華も、ツンデレな所があるらしい。幼い頃はよく三人一緒に遊んでいたが、あの頃は二人共もっと素直だった気がする。


 (……まぁ、小さい頃は俺ももうちょっと素直だったかな。いつからだろ、ひねくれちゃったのは)


 丈太は自分が卑屈である事を自覚している。それは大きくなるにつれ、家族に対してハッキリと感じるようになった劣等感が原因だ。栄博士に神経のズレを修正してもらい、ようやく人並みかそれ以上に身体を動かせるようになったことで、家族とのわだかまりは落ち着いているが、やはり長年距離を置いていた分、幼い頃のような気安い関係には中々戻れない。それでも、最近は少しずつお互いに歩み寄れているのだから、その内仲のいい兄弟に戻れる時は来るだろう。今はまだぎこちない間柄でも、希望が持てるだけいいはずだ。


 丈太は嬉しさと気恥ずかしさを感じながら、剛毅と共に稽古をすることにした。三依から連絡が入ったのは、その少し後の事である。




「よし……サッパリしたな。あれ?なんか来てるぞ」


 丈太が稽古を終え、シャワーで汗を流している間に、三依から連絡が入っていたらしい。まさか、まだこんな朝の早い時間帯から連絡が来るなど思っても見なかったので完全に油断していた。丈太は着替えもそこそこに、慌ててスマホの通信アプリを使って、三依に返事をした。


「…あ、もしもし!三依さん?ごめん、ちょっと汗を流してたもんで……どうしたの?」


「おはようございます、ジョータ。実は数時間前、市内で大きな爆発事故がありました。ニュースは見ていませんか?」


「え?ニュース?いや、ごめん。稽古をしてたから全然……ちょっと待ってね」


 丈太がテレビを点けると、その画面にはちょうど市内の有名カレー店『ココ何番や?』が映し出されていた。ちょうどその事故についての話が始まったばかりのようで、番組のキャスターが概要を話している。どうやら、店の地下にある食品の貯蔵庫から火が出て、爆発したらしい。


「これ……ココ何番や?じゃないか。何年か前から急に人気店になったんだよな、しばらく行ってなかったけど。地下から爆発…?変な所で爆発したんだな」


「実は、米軍の調査で、この店はハイカロリーの関係者と繋がっている可能性が指摘されていました。店のオーナーである欧田華麗という男は以前から何度かヨネリカに渡り、あのグラトニーと接触していたのです」


「ええっ!そうなの!?」


「何分証拠がある訳ではないので、あくまで可能性の話でしたが……そして昨晩の事故は、ただの事故ではなかったようです」


「ど、どういう事…?」


「まずはその目で見て貰った方が早いでしょう、画像を送ります」


 そう言うと、通信アプリからポコンという通知音がした。丈太が画面から顔を離して画面を確認すると、そこには夜の闇に赤々と燃える店舗と共に、謎の人影が写っていた。その人物の頭は丸く、顔らしい顔が見えない。それは燃える炎の光が反射しているからというものではなく、丈太達のよく見知ったあの存在だからこそである。


「これって…重人!?」


「十中八九間違いないでしょう。その画像が撮影されたのは偶然でした。現在、米軍では拉致された栄博士を探して、ハイカロリーに関連していそうな施設に内偵をかけていた所だったのです。昨晩、たまたま店舗付近を通った所、その重人が店を破壊しつつ表へ出てきたと、調査員から報告が上がっています。そして、その重人らしき存在は、どこかを目指して飛び去って行ったとも……」


「そんな…どういう事なんだ?仮にその欧田華麗って人がハイカロリーの関係者だとして、どうして重人が店を破壊してどっかへ行っちゃったんだろう」


「それに関しては、米軍の中でも議論が分れています。状況から判断するに、あの重人が何らかの理由でハイカロリーに反旗を翻したものと、私は考えていますが……」


「重人が…反乱?それは……」


 写真と状況から読み取れる情報の中では、確かにあり得ないことではないと丈太も思った。しかし、これまで戦ってきた重人達に、反乱を起こすような者がいたとは思えない。一体何が起こっているのかも解らないまま、激動の一日が幕を開けたのだった。

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