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第56話 奮い立つ

「…………」


 自宅の道場の一角で、丈太は正座をして目を瞑り、何かを考えている。


 先日の、超重人ドリアンとの一戦において、丈太は己の無力を痛感していた。アイスカロリーの放つ氷の力、それは明らかにファイアカロリーのそれを大きく上回っている。出力の問題というよりも、その力を行使する技術が、圧倒的に自分には不足しているのだと丈太は考えているようだ。


 幼い頃から炎堂流の基礎を学び、身につけてきた丈太だったが、それはあくまで人の持つ力である。対人戦ならば十分過ぎる経験値であろうが、丈太が今相手にしているのは重人という人外の怪物なのだ。これまではおふざけ感の強い敵であったからこそ、手にした力をただ揮うだけで良かったが、今回現れた超重人ドリアンは超重人を名乗るだけあってワンランク上の強さを誇っていた。

 この先、ドリアンのような超重人を相手にする機会が増えるのであれば、フォームチェンジのような力業ではなく根本的なレベルアップが必要ではないか?そう感じているらしい。だが、軍人であるアイスカロリーと違って、丈太は一般人である。栄博士不在の状況で、己の力の解像度を上げるにはどうすればいいのかが解らない。もっとファイアカロリーとしての能力を引き出す方法はないものかと、丈太はあれ以来ずっと、こうして悩み続けているのだった。


「……うーん、どうしたらいいんだろう。こういう時、博士が居ればなぁ…っていうか、その博士を助け出したいんだけど」


 栄博士を助ける為に乗り込んで行ったはずだったが、アイスカロリーは容赦なくあの超重人を細切れにしてしまった。彼女は軍人であるが故なのか、敵と見做せば殺しに抵抗がないようだ。ただ、幸いにも切断されたドリアンの素体となった男は大怪我こそしていたが一命は取り留めた。しかし、案の定、何も覚えていなかったので博士救出に繋がる情報は得られなかったようだ。現在は、近くの米軍ヨネぐん基地に収容されているが、どこまで情報を得られるかは謎である。


「早く博士を助けないとな。明香里さんも陽菜ちゃんも、だいぶ参ってるみたいだし……博士、どこにいるんだよ」


 一人呟くその言葉は、静かな道場で誰に届くことなく消えた。丈太にとっても栄博士は大切な友人であり、家族のように大事な人物だ。丈太の祖父は既に他界しているので、ほとんど記憶がない。あの里田老人も幼い頃から良くしてくれたが、栄博士もまた、もう一人の祖父のような感覚なのだ。明香里や陽菜の事を引いても、出来るだけ早く助けたい、そんな気持があるようだった。


 そんな丈太は、すっとその場に立つと、大きな体をどっしりと構えて突きや蹴りの練習を始めた。何も思いつかないとしても特訓あるのみ……そんな炎堂家の人間らしい脳筋さを発揮する辺り、やはり血は争えないということなのだろう。





 その頃、当の栄博士は、欧田に連れて来られた地下基地で超重人の研究をさせられていた。隣でそれを監視している欧田の表情は暗い。それは、当初想定していた以上にアイスカロリーの戦闘能力が高いことにあった。


「次の超重人……か、正直、儂には思いつかんな。アイスカロリーの戦闘力は儂がプランとして作ったものよりも遥かに高い。米軍の技術力もバカにならんわい」


「思いつかないでは済まされんよ、栄博士。あの二人を上回る重人を作ってもらわなくては、アンタを連れてきた意味がない。大首領に合わせる顔がないというものだ」


「その大首領……養素の奴はどこにおるんじゃ?顔ぐらい見せても罰は当たらんじゃろう。儂は実の兄じゃぞ?」


「……残念ながら、それは俺にも解らんさ。ただ、近い内にここを訪れる手筈にはなっている。まぁ、こちらにも事情があるんでな」


 ややぶっきらぼうな口振りで、欧田はそのまま黙ってしまった。これまでの重人達は、素体となる人間にMBNを投与した後は、実際に重人化するまでどんな能力や姿を持つ重人になるのかが解らなかった。しかし、超重人の場合は、ある程度の能力や姿をデザインすることが出来る。これが、過去の重人とは大きく異なる点だろう。ファイアカロリーが遺伝子操作で変身後の姿を固定化されているのと同じ理屈だが、その一方で、栄博士が溢していたようにどのような能力を持たせるか?という部分を先に決めておかなければならないのは、重人を作る上で大きなデメリットでもある。

 この方式では、重人一体を作る際のコストや時間が大幅に増えるのだ。もちろん超重人はそれに見合うだけの能力を持っているものだが、それでも、これまでの重人のような数を用意するのは難しく、自然とその運用方法にも変化が求められることになるだろう。とりあえず戦わせてみて、やっぱり駄目でしたではコストがかかりすぎるのである。


 そして、超重人ドリアンの敗北により、欧田はかなりの慎重さを見せるようになった。欧田本人は、ドリアンの力でファイアカロリーを十分に討ち取れると踏んでいたようだが、そう上手くはいかなかった事が大きな損失なのだろう。事情はどうあれ、すぐに次の戦力を投入するとはならないようで、そこは栄博士も安心している所だった。


 (あの二人がこの調子で超重人を撃退していけば、確実にハイカロリー共の力を削ぐことが出来るじゃろう……ここが正念場じゃ。丈太君、三依君、辛いだろうが頑張ってくれよ…!それと、ここに居る間に出来る事を探さねば…)


 栄博士は胸の中でそう呟き、二人の力を信じて待つだけでなく、何かの仕掛けを施す隙を狙っていた。彼には彼なりの戦う手段がある。それは敵の懐と言えるこの場所にいる間にしか出来ないことだ。栄博士もまた、この場所で人知れず戦っているのである。


 事態が動いたのは、それから一週間ほど経った頃のことであった。

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