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第37話 極意!炎堂流の奥義

 翌朝、今日は休日という事もあって、門下生も来ていない。丈太は豪一郎と二人、道場で向き合っていた。


 暴走しかけた弟妹と両親を抑え、宥めすかして、昨夜はどうにか事なきを得たが、どうもこの家族達は放っておくと良くないことになりそうだ。妹の蓮華はダンス大会で優勝した事もあって、ネットでかなり人気のインフルエンサーでもあるらしく、冗談抜きで大翔達を社会的に追い詰める事も可能そうだし、剛毅に至っては直接暴力を行使しかねない有り様だ。その辺りは豪一郎と百葉も同様なので、事件へ発展する前に、丈太自らの手で決着をつける必要があるだろう。


 それはそれとして、ザギンカリーへの対処も必須である。


 どうして見逃されたのかは丈太自身解っていないが、あの時、ザギンカリーは間違いなく丈太にトドメを刺す事が出来たはずだ。本人は最初に余興と言っていた事から、敢えて生かしておいたと捉える事も出来るが、それだけ余裕があったのなら尚更、対抗手段を身に着けておかないと危険だろう。


 という事で、まずは豪一郎に対ザギンカリーの戦法を教わることにしたのであった。


「その相手…カリーとか言っていたが、そいつは間違いなく中国拳法の使い手だったのだな?」


「うん、昔父さんに教わった、八極拳に似た構えをしてたよ。たぶん、八極拳を基にして独自の技術を持ってるんだと思うけど……」


「ふむ」


 豪一郎はそう呟くと、そのまま黙ってしまった。丈太は豪一郎が他流試合をしている所を見た事はないが、かつて基本の対策を丈太に教え込んでいたことから、他流と戦う心得もあるはずだ。丈太は稽古で自分を鍛えつつ、技術面での能力アップを図ろうと考えているのだった。


 しばらくの沈黙の後、豪一郎は何かを思いついたのか、すっと立ち上がって構えた。その構えは炎堂流の基本の構えであり、軽く腰を落とした後、左腕を軽く顔の前に出し、右腕を胸の前に置くものである。両手は拳を握らず、相手を捕まえられるように敢えて軽く開いているのも特徴だ。

 丈太もそれに倣って、同じように構える。すると、豪一郎はそこから凄まじい速さで拳を繰り出してきた。


「っ!?っぶなぁ……!」


「…ほう、良く防いだな。あの時、剛毅と戦った時の動きはマグレではなかったか」


 道場内に乾いた衝撃音が響き、丈太の左手に豪一郎の拳が収まっている。良く防いだと褒めてくれたが、実際は豪一郎が敢えて防ぎやすい所を狙ってくれたお陰だろう。それに、剛毅の時とは違って、丈太はそこからカウンターに繋げる事は出来なかった。受け止めた豪一郎の拳は、剛毅のそれよりも遥かに重い。これが本気であれば、確かに熊殺しの一撃となるのも頷けると、丈太は確信していた。


 豪一郎はすっと間合いを空けると、そのまま構えを解いてだらんと両手を下げてみせた。まさか、今のたった一発のやり取りで終わりなのかと丈太は不安になってくる。そんな心を見透かすように、豪一郎は不敵な笑みを浮かべている。


「お前がなんとかというヒーローに変身して戦っているというのは、伊達ではないようだな。ちゃんと実戦を積んでいなければ、今の一撃を防ぐ事など出来ん。命懸けの戦いをしているというのは、親として気が気ではないものだが……それを嬉しく思ってしまう自分がいるのも度し難いものだ」


「父さん……」


 昨晩聞きだした所によると、豪一郎が丈太に自宅謹慎を命じたのは、丈太を危険から遠ざける為であったらしい。通り魔に襲われて怪我をしたのならば、自宅の中に居れば安全だという闇深い結論である。過保護にもほどがあると言いたい所だが、丈太は以前から不注意で車にはねられたりしているので、あまり強く文句も言えないのが困る所だった。


「そこで提案だが、お前のその変身というのは、今ここで出来るものなのか?」


「え?あ、いや……出来なくはないけど。一度変身しちゃうと、しばらく変身出来ないんだ。だから、もし今変身しちゃって、その間に重人が出てきたら……」


「その重人とやらを倒す為の特訓がしたいのだろう?ならば、まずお前の力を正確に見せてみろ。その上で、その敵を倒す方策を伝授してやる」


「う、うーん。まぁ、今日は朝食もまだだし……解ったよ、やってみる。バーニングアップ!変身っ!」


 ――体脂肪率90%。FATエネルギー、チャージ完了。


 そう言うと、丈太はその場でいつものポーズをとり、変身の合図を叫んだ。AI音声と共に輝く赤い光が道場を照らし、丈太の身体がファイアカロリーへと変化する。


「ふむ、それか。なるほどな」


「自分で言うのもなんだけど、父さん全然驚かないんだね。俺が初めて変身した時はパニックになったけど…」


「いや、十分驚いているさ。だが、今は驚くよりも先に確認せねばならないことがあるんでな」


 そう言うと、豪一郎はおもむろに近づき、ファイアカロリーの身体をあちこち触って何かを確かめ始めたようだ。


「先程体脂肪がどうのと聞こえたが、これはお前の脂肪を燃やしてエネルギーに変えているんだったな?」


「うん、そうみたい。だから、食べたら太れるように身体を改ぞ……いや、なんでもない」


「ふむ……ふむ。よし、解った。今度はそのまま、俺に一発入れてみろ。手加減はいらん」


「ええ!?そ、そんなことしたら父さんが危ないじゃないか!」


「安心しろ、いくら超常の力と言えど、そう易々とやられるほど俺はやわじゃない。いいからやれ、命令だ!」


「だ、大丈夫かなぁ……?」


 父に命令されては、逆らう事が出来ないのは炎堂家の辛い所である。ファイアカロリーは渋々、豪一郎から数歩離れて構えを取り、拳を放った。


「ていっ!」


「……ふっ!」


 ズダン!という激しい音がして、天井を見ていたのはファイアカロリーの方であった。確かに今、豪一郎へ殴りかかったはずだが、どうして自分が倒れているのか。まるで狐につままれたような気になって、ファイアカロリーは思わず倒れたままで呆然としていた。


「え…?」


「手加減はいらんと言ったはずだ。確かに凄まじい速さと力だが、その程度ならヒグマと大差ないぞ」


 流石は素手でヒグマを倒したという伝説のある男である。しかし、ファイアカロリーにもプライドがある。ただの人間である父に手も足も出ないとは思いたくないようだ。


「も、もう一度…っ!今度は真面目にやるよ」


「いいだろう、来い!」


 だが、それから何度やっても、ファイアカロリーの攻撃は豪一郎には通用しなかった。合気道のように力を利用され、ことごとく道場の床に転がされてばかりである。そんなやり取りが何度か続いた後、ファイアカロリーは理解出来ないと言った表情で言葉を詰まらせた。


「な、なんでっ…!?」


「……その力は確かに大したものだ。素人のお前が重人と呼ぶ怪物共と戦えたのも頷ける。しかし、炎堂家の男が炎の戦士とは……これも何かの縁ということか」


 そう呟いて苦笑する豪一郎を見て、ファイアカロリーはますます訳が分からないという様子であった。そんなファイアカロリーに、豪一郎は思わぬ言葉を投げ掛ける。


「俺達炎堂家の血筋はな、代々普通の人間よりも、少しだけ熱に強いのさ。炎堂流の開祖はそれを利用して、ある極意を俺達に残している」


「ご、極意……!?」


「そうだ、それを今からお前に教えてやる。お前ならば誰よりも、その力を自分のものに出来るだろう」


 そう言って笑う豪一郎の表情は、今までに見た事がないほど楽し気に見えた。

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