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第21話 爆熱!炎のカニ料理

「キャキャキャキャ!お前があのファイアカロリーだったのねぇ!まさかお子様風情が私達の邪魔をしていただなんて……ちょうどいいわぁ、お前が現れれば倒すことも私に課せられた使命!このカニ重人がファイアカロリーを倒してあげるっ!」


「カニの癖にキャッキャキャッキャうるさいなこいつ!それじゃ猿だろ!……って、そんなことどうでもいいや、勝負だ!」


 重人が薄気味悪い笑い方をするのはいつもの事だが、今回は特に意味不明であった。ファイアカロリーも毎回ツッコミを入れるのが何だか野暮な気がしてきて、今度はスルーしようと思っていたらしいのだが、いくらなんでもこの笑い方は関連性が無さすぎて放っておけなかったようである。


「キャキャ!そんな事も閃けないお前に、この私を倒せるものかい!私のカニ汁に溺れるがいいわっ、そぉ~れ!ブシュウウウウウッ!」


 余談だが、カニ重人の正体は『腹囲蟹枝ふくいかにえ(48)既婚、蟹座キャンサー』である。……これが結びつく人間など、そうそういないだろう。


 カニ重人が勢いよく口から吐き出したのは、大量の泡であった。カニエキスがたっぷりと仕込まれたその泡が、強烈な勢いでファイアカロリーを襲う。しかし、ファイアカロリーの反射神経と動体視力を持ってすれば、それを避けるのは難しくない。瞬時に見切ってそれを避けると、その泡は地面に当たって、凄まじい音を立ててアスファルトを溶かし始めた。


「げっ!?溶解液!?こんなの喰らったら、いくらなんでもヤバすぎるぞ……!」


「ちぃっ、避けたわね!でも、いつまで避けられるかしら?この皆大好きカニ汁を!」


「そんなカニ汁大好きな訳ないだろ!食べたら死んじゃうよ!こっちに来い!」


 ファイアカロリーはツッコミを入れつつ、一気に転身してその場から離れた。あんな威力のカニ汁を放ってくる以上、他の生徒達の傍で戦って巻き込んだら大変な事になってしまうからだ。カニ重人はそこまで頭が回らないのか、素早く走り出すファイアカロリーを追って、長い脚をシャカシャカと動かす高速のカニ歩きで移動していった。


「……よし、ここなら!しかし、あの速さのカニ歩き、キモイな…!?」


「どこに逃げても無駄よぉ~~~!」


 駐車場まで移動してきたファイアカロリーとカニ重人は、そこで再び対峙する。生徒達を人質に取るような真似をされたら、どうしようかと思っていたファイアカロリーだったが、素直に着いてきてくれただけでも御の字だ。


 こうして改めてカニ重人と向き合ってみると、その身体の大きさに圧倒されそうになる。恐らく、カニ重人の高さは十メートル近くあるだろう。徒手空拳で戦うファイアカロリーには、戦いにくいことこの上ない相手であるようだ。


「この大きさの差は厄介だな。あの高さじゃ、ハイパーカロリースマッシュは届かないし……オーバーメルトキックを狙おうにも、ああフラフラしてたら中てられないかもしれないぞ。どうする?」


「キャキャキャ!逃げるのはおしまい?なら、今度こそカニ汁の虜にしてあげるわっ!ブシュウウウウウッ!」


 戦法を考える暇もなく、再びカニ重人のカニ汁が発射された。辺りに立ち込めるカニの匂いは凄まじく、カニ好きにはたまらないことだろう。ファイアカロリーは素早くそれを躱し、反撃の機会を窺っている。


「そんなもの当たってたまるかよっと!……でも、オーバーメルトキックはエネルギーの消費が激しいから連発は出来ない……まずは足を狙うしかないか!」


 素早く攻撃を躱したその勢いで、ファイアカロリーは一番近くにあった脚へ近づき、思い切り殴りつけた。だが、同時に非常に硬質な音と共に、その一撃は弾かれてしまったのだ。


「なっ!?か、硬い!?なんて硬さだ!」


「キャキャキャ!私の身体は全身が強化外骨格のカニ装甲で守られているのよぉ!そんなへなちょこパンチなんて効くもんですか!」


「くっ!?見た目の割に正統派な強さを…!」


 通常、カニなどの甲殻類や昆虫の外骨格は、脱皮を繰り返す事でその硬さを増していくものだが、カニ重人のカニ装甲はそんなものでは説明のつかない頑強さを持っているようだ。攻撃が通用しないカニ重人と、攻撃が中らないファイアカロリー。一見、互角に見えてもこの勝負は、長引けばファイアカロリーが不利である。


「もっと威力のある攻撃なら通るだろうけど…っとと!あまり考えてる余裕もないぞ!?」


「キャキャキャ!ほらほら、せいぜい踊りなさい!その内にスタミナが尽きて、あなたは避けられなくなるのだからねぇ!ブシュウウウウウッ!」


 そう、ファイアカロリー最大の弱点は、その燃費の悪さにある。スタミナというよりはFATエネルギーの問題だが、カニ重人はそれを知らないのでスタミナと表現しているだけだ。前回の戦いの前に栄博士が生体ナノマシンの調整をして、エネルギー効率が上がっているとはいえ、そう何発も必殺技は撃てないし、戦いながら長時間の変身を維持するのも不可能だ。

 更に何発目かのカニ汁を避けた所でファイアカロリーは覚悟を決め、手近な足に向けて、ハイパーカロリースマッシュを放った。


「このっ!ハイパーカロリースマッシュ!!」


「むっ!?あああっ!」


 先程のように澄んだ硬質音が響いたものの、その一撃は弾かれることなくカニ重人の足をへこませた。装甲を破壊するまでは至らなかったが、今度はダメージがあったようだ。しかし、ここでファイアカロリーの予想を上回る出来事が起きた。


「よし、効いたぞ……って、ええっ!?」


 ボコンッ!という大きな音がして、ハイパーカロリースマッシュを受けたカニ重人の足が外れたのである。その高さを支える足は当然、同じだけの高さとそれなりの重量がある。自分に向けて倒れてきた足を避け、ファイアカロリーは慌ててカニ重人の足元から離れてしまった。


「よくもやったわねぇ…!キャキャ!でも、驚いたでしょう?私の脚は食べやすいように根本から外れる親切設計になっているのよぉ、カニだけにねぇ。それに……ふんぬっ!」


「う、ウソだろ……っ!?」


 外れた脚の根元からボコボコと気味の悪い音がして、瞬く間にその脚は再生してしまった。カニ重人はこれまでに戦った重人達の中でも、屈指の強敵である。ファイアカロリーは一瞬呆然として動きを止めたが、そこをカニ重人は決して見逃さない。


「隙アリィッ!」


「はっ!?ぐぅぅっ!!」


 カニ重人が折れて外れた自らの脚を棍棒代わりにして、ファイアカロリーに叩きつけたのだ。ハサミで刺し貫けばよかったのにそうしないのは、重人達は若干知能が低下している証拠だろう。ファイアカロリーは咄嗟に両手を頭の上で組み、それを防いだが、脚自体に相当な重さと硬さがあった為、決して少なくないダメージを受けている。全身の骨が軋むような痛みと共に視界がチカチカと光り、足はアスファルトにめり込んでしまった。これでは素早く避ける事もままならない。


「な、なんてパワーっ…だ!このままじゃ、やられる!?」


「キャキャキャ!カニはこの世で最も偉大な生き物であり、超高級食材なのよ!他のいい加減な重人とは違うって思い知ったようねぇ!でも、これで終わりだわぁ。キャキャキャ!」


 勝利を確信し、笑うカニ重人。しかし、ファイアカロリーは、まだ諦めてはいない。


「や、ヤバイ……でも、ここでやられる訳には…どうすりゃいいんだ?カニ、食材、食べ方…………そうだっ!」


 ファイアカロリーは何かを閃き、SAKAEウォッチに向けて叫ぶ。


「ワード登録!」


 ――認証。ワード登録を開始します。1stワードをどうぞ。


「スーパー!」


 ――『スーパー』登録。2ndワードをどうぞ。


「二番目は既存のワードを使うからいい、三番目だ!」


 ――2ndワードスキップ。3rdワードをどうぞ。


「バーナー!」


 ――『バーナー』登録。……ワード登録が完了しました、コマンドと一緒にワードを叫んで下さい。


「んん?なぁに?何をブツブツ独りで言っているのぉ?頭がおかしくなっちゃったのかしらねぇ」


 突如叫び出したファイアカロリーを、カニ重人は訝しんでいる。どうやら、もはや勝利を確信したことで気が緩んでいるらしい。重人達は元が一般人だからなのか、非常に緩い所があるようだ。だが、カニ重人は間髪入れずにファイアカロリーへ向けて、トドメの一撃を放ってきた。


「何でもいいから終わりにして、食事の続きにしましょうねぇ!その足じゃ避けられないわ、食らいなさい!ブシュウウウウウッ!」


 これまでで一番大量のカニ汁がファイアカロリーを襲う。これをまともに受ければ一巻の終わりだが、ファイアカロリーはそのカニ汁に対し、たった今設定したばかりの技を放って対抗してみせた。


「スーパーカロリーバーナー!」


 両手を合わせて叩き、そのまま互い違いにずらしてそれぞれの人差し指と中指だけを伸ばし、薬指と小指を曲げて銃の形にする。そうして二丁拳銃のような手のポーズをとると、その伸ばした指先から、凄まじい勢いで炎が噴き出したのだ。


「なっ!?」


 迫りくるカニ汁に向けて放たれた超高温の火炎放射は、一瞬にしてそれを溶かし蒸発させた。射程にして3メートルほどの炎ではあるが、その火力は並大抵の火炎放射の比ではない。およそ一千度に達する強烈な火炎を放つということは、今までのファイアカロリーにはない発想であった。


 これまでに考案されたファイアカロリーの必殺技は、いずれもファイアカロリーが炎堂流を基にしたキックや正拳突きのような格闘技をベースにして作られている。その為、威力こそ非常に高いものの、格闘技の威力を底上げすることにエネルギーの大半を使ってしまい、消費が激しいという欠点があった。しかし、このスーパーカロリーバーナーはただ炎を撃ち出しているだけなので、FATエネルギーの消費は他の技よりも遥かに少ないというメリットがあるのだ。


「ヒ、火ィッ!?火はダメェッ!」


「このまま炙って、焼きガニにしてやる!」


 打撃技に強いカニ重人の強化外骨格によるカニ装甲も、超高温の炎までもは無効に出来なかった。ファイアカロリーは渾身の力でアスファルトから足を抜き出し、カニ重人の脚を手当たり次第に焼いてみせた。そして……


「あ、ああ…もうダメ、支えられ、ないぃっ!」


 全ての脚を焼かれたカニ重人は、その胴体を支えきれずに倒れ込んできた。こうなってしまえば、ファイアカロリーの独壇場である。


「ここだ!行くぞ、ハイパーカロリースマッシュ!」


「あ、あああああ!バァーニィィィィングッ!!」


 倒れてきたカニ重人の柔らかい腹に、ファイアカロリーは残ったエネルギーを全て込めて、ハイパーカロリースマッシュを叩き込む。すると、カニ重人は見事に炎に包まれて爆発し、元の女性の姿に戻っていた。ただし、髪が焼け焦げて、見事なアフロヘア―になってしまっていたが。


「や、やった…!なんとか、勝てたぞ…!でも、もう力が……」


 ――FATエネルギー1%以下まで急速に低下。生命維持の為、変身を解除します。すぐにエネルギーの補給に努めて下さい。


 いかにスーパーカロリーバーナーが他の技よりも消費が少ないと言っても、ハイパーカロリースマッシュを二発撃ち、それに加えてスーパーカロリーバーナーを放てば、流石にエネルギーが持つ訳はない。ファイアカロリーは激闘を終えた駐車場の真ん中で倒れ込み、変身が解けてしまった。しかし、丈太に動く気力は残されていないようだ。


「お、おい、丈太君しっかりしろ!そのまま寝たら死んでしまうぞ!?」


(解ってるけど、動けないんだよ、博士……や、ヤバイかも)


 SAKAEウォッチから聞こえる栄博士の声に応える力もなく、丈太はうつぶせで倒れ微睡み始めていた。万事休すかと思われていたそこへ、ずっと戦いの様子を見ていた藍が走ってくるのが見えた。


「せ、先輩いいいいいっ!」


(あ、牛圓さんだ。無事で、よかった……)


 そこで丈太の意識は途切れ、激しい戦いは終わりを告げたのだった。

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