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第19話 再会!驚きの身バレ模様

 数日後、丈太達は課外学習の為、隣県にある海産物養殖飼育センターを訪れようとしていた。現在はその移動中のバスの中だ。

 この課外学習、受験の控えている三年生は自由参加だが、一・二年生は参加必須の息抜き授業……つまり、遠足である。


「いや~!まさかの課外学習があのマリンパークとは……しかも、お昼はカニ食べ放題だってさ!テンション上がるよねー、明香里!」


「ホントだよね、流石の三年生も今年ばっかりはカニに釣られて結構参加者多いらしいし、笑えるわ。……後は、あの炎上野郎さえいなければ最高だったのに」


 バスに乗っている明香里の視線の先には、教師と隣り合って座る丈太の姿があった。余った生徒が座らされるあの席だが、丈太は特に気にしていなさそうである。


(カニか……個人的にはどっちかって言うとエビの方が好きなんだけどなぁ。皆、なんであんなにカニが好きなんだろ)


 教師の隣で窓の外を見ながら丈太はボーッとそんな事を考えていた。教師の隣というのは、本来落ち着かない場所であるはずだが、生徒達から総スカンを食らっている丈太としては、こう言う場所の方が落ち着くらしい。班行動もないので、現地に着けば適当にぶらついて時間を潰すだけとあって、そこまでテンションも上がらないのが本音だ。


 「ラッコでもいれば良かったのになぁ」


 ……繰り返すが、行き先はセンターである。


 丈太達が向かった海産物養殖飼育センター…通称マリンパークは、水族館のような名前とは裏腹に、かなり硬派な養殖実験施設だ。特に養殖の難しい海産物の養殖や研究に力を入れていて、学習先としては申し分ない場所なのだ。普段ならば、高校生達がテンションの上がる場所ではないのだが、この日の彼らは燃えに燃えている。それはやはり、目玉イベントである昼食の存在だろう。


「えー、それでは、各自、二時間後の昼食の時間までは自由行動とする。施設を自由に見学させてもらいなさい、ただし、後日今回の課外学習で学んだ事をレポートとして提出してもらうのでそのつもりで!昼食の後、午後からは座学があるからな。では、一時解散」


 教頭の挨拶が終わると、生徒達は三々五々、それぞれに散っていった。一人残った丈太は施設のパンフレットを眺め、少しでも興味が湧きそうな場所を探してみたものの、本当に何もない。彼はどうにも、うなぎやカニの養殖に興味を見いだせないのである。


「どうしよ……とりあえず、適当に見回りながらどこかで休める場所でも探そうかな」


 そうして、丈太はフラフラと歩き出す、その後ろを一つの影が追っている事に気付かずに。そして更に、生徒達を見つめる影はもう一つ。


「キャキャ…!哀れな子供達がたくさん……私が腕によりをかけて、あなた達をしてあげるからねぇ…!」





 ――それからしばらくの後。


「へぇ~、カニの養殖ってこんな風にやるのか。意外と面白いな、これ」


 丈太はたまたま目に付いたカニの新しい養殖法に目を奪われていた。カニという生き物は狭い水槽の中で何匹もの個体を育てると、共食いをしてしまう生き物だ。カニは元々雑食で、彼らが本来棲息している場所は深海である為、餌となるものは少ない。そのせいもあるのだろう、彼らは脱皮直後で身体の柔らかい個体などを見つけると、容赦なく襲って食べてしまうのである。

 しかし、この施設では、カニ達のコントロールに成功しており、共食いせずに養殖が可能となっているのだそうだ。カニの行動をコントロールするなど、一体どうやっているのか見当もつかないのだが、とある一人の女性が水槽の傍に立つと、カニ達は完璧なまでに言う事を聞くのである。不思議極まりないその様子が面白くて、丈太は見入ってしまっていた。


「うーん、思ってたよりずっと面白いな、これ。でも、どうやってカニに言う事聞かせてるんだろ?」


「ふ、フヒ、ホントですねぇ……」


「どわぁっ!?ビックリした!い、いつの間に……!?っていうか、君は…」


「ふふ、フヒヒ…ど、どうも……私、う、牛圓藍です。炎堂先輩、こ、こんにちは」


 音もなく丈太の隣に現れたのは、この所、丈太をストーカー…いや、影から見守っていた下級生の藍であった。普段ならば、丈太が話しかけようとすると見た目にそぐわぬ俊足を見せて逃げていくのだが、今日に限っては自分から話しかけてきたようだ。彼女は丈太以上の高身長で、改めて目の前に立たれると中々の圧迫感がある。突然の接近遭遇に驚きつつ、丈太は話を聞いてみる事にした。


「ああ…こんにちは。ど、どうしたの?いつもは俺が近寄ると逃げて行ってた気がするんだけど……」


「す、すみません。私、人見知りで…あと、人目がある所だと緊張して、う、上手く話せなくて……動物なら平気なんです、けど……今は、周りに人がいない、ので……ち、チャンスだって…へへ…」


「そ、そうなんだ」


 言われてみれば、カニの養殖を熱心に見ているのは丈太一人である。さっきまではもう少し他の生徒がいた気もするが、いつの間にか皆移動してしまったらしい。そんなに熱心にカニの養殖風景を見ていたのかと思うと少し恥ずかしいくらいだった。丈太は照れ隠しに、話を続けた。


「そ、それで…どうかしたの?何か用だった?」


「あ、はい……実は、ず、ずっとお礼を、言いたく…て」


「お礼?」


「せ、先輩ですよね?あの、う、牛男から助けて、くれたの……」


「え!?あ、いや、ど、どどどどうして…?」


 まさかバレると思っていなかったせいか、完全に不審さMAXの返答である。そう答えて、ふと疑問が湧いた。


(あれ?でもよく考えたら、俺がファイアカロリーだってバレちゃいけないなんて言われてたっけ?知られたら、俺が恥ずかしいってだけなような……)


 正体がバレてはいけないというのは、割とヒーロー物のお約束ではあるのだが、考えてみれば栄博士からそれを注意するよう言われた覚えはない。そもそも変身すると体型が真逆になるので、普段の丈太と結び付けられる人間などそういないはずなのだが。


「フヒ…私、あれからず、ずっと先輩のこと、み…見てましたから……声も、雰囲気も、に…匂いも全部覚えました」


「えっ…!?に、匂い?…俺、匂うのかな…?」


「いえ、せ、先輩の匂いは、良いニオイです、よ…!」


 丈太のような体型をしていると、匂うという言葉には敏感になるものだ。太っていると、汗をかきやすくなって、そこから体臭が強くなってしまうからだが、臭いというのはハラスメントの中でも上位に位置するキツイ言葉である。丈太は焦りながら自分の身体を確認したが、やはり自分では解らない。本当にそうならダメージは大きいが、ひとまず藍がフォローしてくれているのだからと、一旦それを考えるのは止めておくことにした。


「まぁ…そこは今更だし、気にしないでおくよ。でも、そうか、声で解っちゃうのか……」


 そう言って、丈太は腕を組んで首を左右に振るっている。声で解るというのは中々盲点であった。普段、滅多にクラスメイト達と会話をしないので、彼らが気付くことはそう無いだろうが、このまま続けていればどうなるかは解らない。バレた所で大きな問題にはならなさそうではあるが、一応栄博士に相談してみた方がよいだろう。


「せ、先輩の声、は…凄く、イケボなんです……!わ、私の大好きだったモミジみたいで……」


紅葉モミジ紅葉こうようの…じゃないよね」


 本来の意味である葉が色づく紅葉の声とは意味が解らないので、恐らくは人の名前なのだろう。何かのキャラクターか、俳優かもしれない。しかし、紅葉という名前の有名人などに覚えが無かった丈太は、きょとんとした顔で首をかしげるばかりであった。


「あ、も、モミジは牛です。う、うちの牧場で飼ってた、イケ牛で……!」


「う、牛!?牛かぁ……そっか…」


 きっと悪気はないのだろう、どうやら藍はそれが本当に褒め言葉になると思っているようである。丈太は太っているせいでよくブタと揶揄されてきたが、牛は牛で微妙に罵倒されている気がする。産まれて初めて女の子に褒められて嬉しい反面、どうしても素直に喜べず、丈太はただ愛想笑いをして誤魔化す事しか出来ないのであった。


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