目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

6章…第6話

「桃音!お昼一緒に食べよ?」


翌日、ランチ時に万里奈に声をかけられた。

手には大きなお弁当箱と小さなお弁当箱。飲み物は2つ。


…ということは?



「お待たせ!それじゃ…行こうか?」


やってきたのは予想通り添島先輩。

どこに行くのかと思っていると、屋上にランチができるスペースがあるという。



「わぁ…スゴい。こんなところがあったんですね…?」


屋上の一角に屋根のあるスペースがあり、そこにいくつかのテーブルと椅子がある。

庭園のように木が植樹されていて、緑豊かな落ち着く場所だった。



「暑いかな…と思ったけど、風が通って気持ちいいな」


添島先輩は私たちに景色がいい方を譲ってくれて、3人で腰を下ろした。



「これ…昨日言った手作りのお弁当です」


「本当に作ってくれるなんて…嬉しいよ」


お弁当を作る約束をしていたらしい2人。

えーっと…これはもしかして、私はお邪魔虫なんじゃないかな?



「あの~…お2人はもしかして…?」


何気なく聞いてみたら、2人して赤い顔をこちらに向けた。


「…そ、それは…」


言い淀む添島先輩に対し、万里奈がパッと先輩のほうを向いて言った。


「私は…もしか…したい!」


「え…?」



パッと見つめ合う万里奈と添島先輩。

…やっぱり私は遠慮した方が良さそうだなぁ…。



「吉良から電話が来る予定だったの…忘れてた!」


私はパンとミルクの入った袋を手に携帯をかざしながら言う。



「え…でも桃音、ランチそれだけなんでしょ?お弁当のおかず、少し食べてもらおうと思ったのに…」


「そうだよ!俺、すごく大きいお弁当作ってもらったみたいだから、少し分けるよ?」


添島先輩の言葉に、万里奈はチラっとその横顔を見る。


あー…そういう言い方はダメだよ、添島先輩…



「初めての万里奈からのお弁当は、ひと粒残さず、添島先輩が食べてあげてくださいね!」


「あ…っ」



言われて、自分の失言に気づいたらしい。

頭をかく添島先輩と、頬を染める万里奈。


あぁ…なんてお似合いなんだろう。




空いている会議室を拝借して、私は1人、パンを開けて噛み付いた。



昨日はあれから、吉良とウサギゴリラのアイスを食べて、寝た。


吉良は最後まで、今日誰と一緒にご飯に行ったのか聞かなかった。

聞かなかった…というか、私がどうでもいいおしゃべりをして、口を挟めなかった、と言った方が正しいかもしれない。



並んで歯磨きをして、背の高い吉良との身長差に驚くのは毎日のこと。


いつもなら、そんな私を「小さくて可愛い」と言って後ろから隠すみたいに抱きしめるのに、昨日はしなかったな。


わかってる。

私の様子がおかしいことはバレてるって。


並んでベッドに入って…

伸びてきた手に、私は思わず自分の手を重ねてしまった。


とっさのことで、私もどうしてそんなことをしてしまったのかわからない。


いつもみたいに、私の体を抱き寄せようとしたんだと思うのに…まるでその手を拒絶するみたいに掴むなんて。


結局昨日は、手を繋いで寝た。


吉良からのキスは落ちてこなかった。


…そんなこと、2人で暮らし始めて1度もない。

私たちがキスをしない日なんて、初めてのことだった。



パックのアーモンドミルクを開けて、ちう…っと吸う。


吉良がキスしなかったのは、私の様子がおかしいからだよね。



ふと天井を見て、屋上でお弁当を食べているであろう万里奈と添島先輩を思う。


これから恋が始まるであろう2人。

何の障害もなく、心配事もないのかと思うと羨ましくなる。


私も、ついこの間まで...フワフワの幸せに包まれていたな。


恋人より、婚約者。

婚約者より、妻。


近い存在になればなるほど相手の本当の姿に近づいていけば、驚くような何かに出くわすことってあるんだろうか。


順風満帆で、何の問題もなく生涯添い遂げるカップルなんてきっといなくて、自分も相手も傷つくことを恐れないで向き合わなきゃいけないこと、きっとあるんだと思う。


その事柄の大きさには差があるんだろうけど…私が知ってしまった恋人の過去の秘密って…どれくらい過酷なことなんだろうな。

皆はたいしたことない…って平気な顔でやり過ごせるの?


私はどうだろう…どうなっていくんだろう。



結婚の話は、きっとこれから少しずつ具体化していく。


金沢さんには『来年吉良と結婚する』なんて言ったけど、本当はいつなのかはっきり決まってない。

…綾瀬桃音になる前に、ちゃんと話をしておかないといけないよね。



「はぁ…心が痛い」


吉良の過去を知ってしまった自分も、吉良にどこまで本当なのか確かめることも。


半分残したパンとアーモンドミルクを眺めながら、私は会議室のテーブルに、ゴン…と額をぶつけた。





「添島先輩…私、残業できますけど、何かお仕事ありますか?」


「…ん?いや…ランチの時も思ったけど、目の下にクマができてるよ?顔色も悪いし…帰った方がよくない?」


あー…バレてる、と思った時には、つい言ってしまった。



「アハハ…最近ちょっと、眠れなくて」


「眠れないだけじゃなくて、その顔色の悪さはろくに食事もしてないだろ?…さては、綾瀬さん以外に気になる人でもできちゃったとか?」



…とんでもない予想をするもんだと思う。吉良以外の人に目を向けられるなら、こんなふうに苦しんでいませんよ…



「えへへ…その通りだったりして…」


もちろん。

冗談のつもり。


フラフラ帰り支度を始める私を見て、添島先輩が妙に驚いた顔をしているとは…思いもしなかった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?