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6章…第5話

吉良が待つマンションに帰り着き、エントランスからリビングの明かりが漏れているのを見上げた。


温かみのあるオレンジ色のライト。

2人で選んだことを思い出す。


時間的に、吉良は起きてて当然の時間。


ただいま…と、玄関を開けた拍子に、リビングのドアが開いて、その美しい顔を覗かせる。



「遅かった…な?」


「うん…いろいろ…話してて」



そういえば…誰とご飯に行くって言ってない。

吉良の表情は、聞いていいかどうか、迷ってるのがわかる。


でも…私も自分から嘘を言えなくて、吉良の脇をすり抜けてリビングに先に入った。



「あぁ…疲れちゃった。お風呂入ろうかな…」


続いてリビングに入ってきた吉良と入れ替わるように、バッグを寝室に置きに行く。

なんか…自分が不自然ってわかる。



「風呂、沸いてるよ?」


夏でもバスタブに入るのが好きな私。吉良はちゃんとわかってて、準備をしておいてくれる優しい人。



「うん…!ありがとう。それじゃ…入っちゃうね」


「出たら…ウサギゴリラのアイスがあるから」


「…え?」


こんな時にウサギゴリラ…



「な…なんで?」


「キミちゃんの店から新商品のお知らせDMが来たから、散歩ついでに買いに行った」


「えぇ…っ?」


慌てて携帯を確認すると…確かにメッセージアプリに、キミちゃんの店『ウサギゴリラ』から、私にもDMが来ていた。


ついでにキミちゃんは個人アカウントからもメッセージを送ってくれていて、確かに吉良が買いに来てくれたって書いてある…


『モモ…!いろいろ心配かけてごめんね!聖也への怒りをパワーに、ウサギゴリラのアイスクリームも開発しました!』


今度ゆっくり会おうと、スタンプで締めくくられている。



…バタバタしてて、メッセージに気づかなかった。

こんなこと、あんまりないのに。


キミちゃんにお知らせの感謝と、食べた感想をメッセージするからと送信して、私は携帯を閉じた。



瞬間、目に入った…

金沢さんの名前。


まだブロックしてなかった…

カフェに寄ったんだから、その時やっておくべきだった…!


…今すぐブロックしたい。


携帯を持ったままお風呂に行こうとして、吉良がそんな私を見ているかと、そっと様子を伺うと…しっかり目が合って焦って目をそらす。



「キミちゃんから返信が来るかもしれないから…」


聞かれてもいないのに言い訳みたいなことを言って、私は携帯を抱えてお風呂場に向かった。





…不審すぎる、私。


バスタブにつかりながら深くため息をつく。


脱衣室ですぐに金沢さんをブロックして、ちょっとホッとしたものの、自分の不器用さを嘆いた。


絶対変だと思われてる…

だいたい、誰とご飯に行ったのかも言わないなんて、浮気とか疑われるかな…



「…まさか、吉良が私の浮気を疑って不安になるなんて、ないない!」


心の声を口に出し、いつも余裕で私を見つめる吉良を思う。



金沢さんも、吉良のこと…好きだったんだろうな…


自分の専属セラピストにしたって言ってた。

ということは、いっとき、金沢さんとだけ関係してたってことだと思う。



「絶対、好きになる。吉良に触れられて、堕ちない女性なんて絶対いない…」


私だって…もしかしてセフレに降格したんじゃないかって不安だったこともあったけど、嫌いになれなかったもん。


そんなふうに不安にさせる男ってどうなのよ?!…って毎日霧子に言われながら、嫌いになることだけはできなかった。


それどころか…



「…あの時よりずっと好き…」


金沢さんも、同じ気持ち…?


私に接触してきたのって、吉良の秘密を暴いてギクシャクさせて、別れさせるためなのかな。

赤ワインを飲む金沢さんの顔が浮かび…そんなこと、絶対させないと、少しだけ強気になる。




私は、大丈夫。

吉良のどんな過去を知っても、受け止めてみせる…!


ザバっと勢いよく立ち上がって、洗い場でシャワーを頭からかぶった。




「ほっぺ赤…」


考え事をしていたせいか、いつもよりお風呂の時間が長くなってしまった…

吉良に声をかけられて、慌てて出たけど、私の顔は茹でダコ状態だったらしい…



「お手入れしちゃいな。髪乾かしてやるから」


「う…うん、ありがと」


化粧水をつけて、クリームをつけて…吉良と出会ってから、美容に気を使うようになった私は、この後スペシャル美容液を顔につけるんだけど…


吉良が私の濡れた髪に、ヘアオイルをつけながら、鏡越しにチラリと視線をよこした。

それだけで、頬に熱が集まる…


茹でダコだからわからないよね、と思いながら、恥ずかしくて下を向きながら美容液を顔につけた。


ドライヤーの音で、何も話さなくてもいい雰囲気になって、少しホッとする。

つけるものをつけた私の顔はテカってて…今更ながら、それも恥ずかしくなる。



「ほい。こんなもんでいいか?」


ドライヤーの音が止んで、毛先にベリーの香りのヘアクリームをつけてくれた吉良。


「うん…綺麗に、乾いた…!」


自分で髪を撫でてると「ずいぶん伸びたな」と言われ、そういえば入社式前に美容室に行かなかったことを思い出した。


カラーをしなくても茶っぽい色の髪は、パーマをかけなくても少しくせ毛でうねってるから、伸びてもあまり困らない。


そんな私の髪を、吉良は優しい手つきで撫でる。


毛先を掬い上げたかと思ったら、それを自分の顔に寄せ…髪にキスを落とす…

それは、いつもの光景。


なのに…鏡の中の私は、なんで泣きそうな顔になってるんだろう。




金沢さんの髪にも、そんなふうに触れたのかなぁ…?




「ア…アイス食べよ。キミちゃんに感想送るって、言っちゃったんだ」


震える声に気づかれないように、涙で膨らんだ目元を見られないように。


私は椅子から立ち上がった。


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