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6章…第3話

吉良の体に、いくら使ったか…



どういうことか意味がわからなかった。

何も言えず、ぼんやり金沢さんを見つめると、彼女は心底おかしそうに笑う。



「いやだ…まさかあなた…知らなかったの?」


「な、なにを…」


お互いの家族に紹介しあって、そう遠くない未来、私は綾瀬桃音になる。


誰よりも、なによりも大切で愛しくて…吉良のためなら命だって惜しくないのに。


…私の知らない吉良がいる…?


教えてもらえない、過去を隠しているの…?






「吉良は不特定多数の女に、お金で性的サービスをしてたのよ?」






何も言えない私に、金沢さんはグリーンサラダをつつきながら、なんでもないことのように言う。



「女性風俗セラピスト…っていうの。お嬢ちゃんはお子様すぎて、そんな仕事知らないかぁ?」


…グリーンサラダのドレッシングの油が、赤い口紅の口元をテカらせて、それが妙に生々しく感じる。

ふと気づいて手元を見れば、私のサラダはハリをなくし…グラタンは艶を失っていた。




「吉良…すごくうまいのよ。見た目パーフェクトなイケメンなのに色気もあって…キスだけでイケちゃうくらいだったわ」


頭が情報を拒絶するのか…誰の話をしているのかわからなくなる。



「触れられると、電流が走るみたいだった…ソコを触る時も繊細な指使いで…」


「…やめてください!」


生々しい話はどんどん加速して、それが吉良のことだと言われると、さすがに冷静ではいられなかった。



「外見の良さとテクニックでみるみる指名客を増やしてね?…中には1日に2度も指名する女もいたみたいよ…」


いつの間にか、グラタンもサラダも食べ終わっている金沢さん。

チーズの盛り合わせと赤ワインを注文して、話を続けた。



「で、体が持たなくなったのね。頼まれれば、こっそり本番もしてたみたいだから!」


楽しそうに言いながら、反応の薄い私に意味が通じているのか…?金沢さんは首を傾げた。



「本番っていうのはセックスのことよ?…本番は禁じられてるところが多いのに、吉良は当時…大胆だったわねぇ…」





吉良が、お金目的に、不特定多数の女性の体に触れた…

そして愛のない行為を繰り返した…






私には、その話があまりに重すぎて、それが本当か嘘か考えることもできずにいた。

それでも…嫌でも耳に入ってくる金沢さんの話に、私は耳を塞ぐことができなかった。



「どの女も吉良とヤリたがって…吉良はその女性風俗店をやめたの。さすがに全部の女を抱くわけにいかなかったんじゃない?」


今日会った時は仕事のできる女…って印象で、憧れすら感じたのに…

いつの間にか目の前の女性は、唇を歪にゆがめている昨日のうすら寒い女に戻っていた。



「そこで私の出番…ってわけ」


ふふ…っと楽しそうに笑い、金沢さんはフォークを少し迷わせながらチーズを選び、突き刺す。

それを口に運ぶと、しばらくネチャネチャと音をたててチーズを咀嚼し、赤ワインで流し込んだ。



「私の専属セラピストにしたのよ。毎月決まった金額のお金を渡して」


セフレ…ではなく、吉良にとってあくまでも仕事だった…



「私が呼びたいときに自由に呼んで、私を満足させるの。本番も要求したし…私のほうも吉良のソコを愛したわ…」


「もう、いいです」


このままにしておいたら、どこまでも喋るだろう。

吉良との詳細な出来事なんて、聞きたくない…もう十分だ。


金沢さんはストップをかけた私を下から見上げるように見つめて笑う。

その顔は少し赤らんでいて、ワインで酔ったのか、自分の話に酔ったのか定かではない。


でも私はもうここにいるべきではないと、やっと心の警報機が鳴り出した。

…話がショッキングすぎて、呆然としてしまった。



「あなたはいいわね…吉良みたいな極上の男を手なづけてさ」


「わ、私は…もう帰ります」


隣の椅子に置いたはずのバッグを取って帰ろうとしたのに…ない…?



「あ…バッグならこっちよ」


どうして金沢さんの座る席にバッグが移動してるのか…私は不思議に思いながら手を伸ばした。



「その前に…教えてよ」


バッグを遠ざけて、金沢さんが挑戦的な笑顔を見せて言う。



「あなた、吉良と結婚するつもり?」


今の話を聞いても?…と、そうは言わない表情が聞いている。

私は即座に言った。



「はい…!私は吉良のフィアンセで…ら、来年、結婚します! 私は、綾瀬桃音になるんです!」


誰でもいいから宣言したかった。

何かが崩れそうな今、言葉にしておかないと…砂の城が波にさらわれるように、跡形もなく消えてしまいそうで…


私の宣言は、金沢さんを意外なほど神妙な表情にさせた。



「そ、それに、今の話…全部信じたわけじゃないですから」


吉良に聞いてみないと、事実かはわからない…


金沢さんはゆっくり私の方に顔を向けて、勝ち誇ったように笑った。



「吉良が所属してた女性風俗店の名前は『Black Butterfly』源氏名は『リク』嘘だと思うなら、電話して聞いてみなさい。今でも問い合わせはあるみたいだから」


返事もせず、今度こそバッグを取って席を立ち、テーブルに5000円札を置いて、挨拶もしないで店の外に出た。


思い切り外の空気を吸って…吐いて…


突然、強い吐き気が襲ってきた。


足早に駅に向かいながら、金沢さんに聞いた話を忘れようとする。


なのに…かつて吉良が働いていた風俗店の名前と源氏名は、いつまでも私の耳にその音を残した…


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