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6章…第2話

新しい1週間の始まり。月曜日の朝がやってきた。

今日からまた、金曜日を目指して通勤の毎日だ。



「…ホントに1人でいいのか?」


「大丈夫!さすがに社会人3ヵ月過ぎだんたから…そろそろ満員電車にも慣れたよ!」


今日の吉良はリモートでの勤務らしく、黒のジャージとTシャツ姿。


これからちょくちょく、在宅での仕事もあるらしい


吉良は玄関先まで私を見送りながら、私を会社まで送る…と言ったんだけど、さすがにそれは甘えすぎだと断った。



バイバイと手を振り、エレベーターを待ちながら、何気なく足元のパンプスを確認する。


エレベーターの扉にわずかに反射した、今日のオフィスカジュアルは、黒いスカートと丸首のブラウスだ。


少しは社会人らしくなったかな…と思いながら、エレベーターを降りてヒールの靴音を響かせ、駅までの道を急いだ。



最寄り駅に到着すると、添島先輩と万里奈に会った。


2人はあれからなかなかいい雰囲気のようで、朝一緒にいるところに出くわすことがある。


変にひやかすのはよくないだろうと、今度万里奈を誘っていろいろ聞き出そうと思いついた。


会社近くのカフェで、カフェオレを買うことにも慣れ…私は少しずつ社会人に、そして大人の女性に近づいたつもり。


失敗もあったけど、何もかも…うまくいっている。

そう信じて疑わなかった。


それなのに、不穏な雲行きは、私を逃さなかった。





「…モネちゃん」


落ち着いた女性の声で名前を呼ばれ、その声に覚えがある気がする。


女性にモネと呼ばれるのは不思議な気分。

霧子だって私を「モモ」と呼ぶのに…顔を上げ、ぐるりと周囲を見渡した。


そこに、会いたくない人の顔があった。



「金沢さん…」



仕事を終え、会社のエントランスを抜けた午後6時。

軽く腕を組んで、少し離れた先に立つのは…昨日の約束を断った金沢さんだった。



「なん…で…」


私の会社がわかったんだろう…



「調べたんじゃないわよ?あくまでも偶然。…私のオフィスもね、すぐ近くのビルにあるのよ」


怒っているわけではなさそうだけど、私はちょっと頭を下げて、約束のキャンセルについて謝った。



「昨日はいいの。…で、これから少し話せないかと思って来たんだけど」


「…え?」


昨日の夕飯の時、話を切り出そうとしてうまくいかなかった…。

だからまだ、過去について吉良には聞けていない。



「実は私、これからクライアントに会うんだけど、ろくにランチも食べられなかったからお腹空いちゃって。…よかったら付き合ってもらえない?」


昨日キャンセルしたから断りづらい…なんて思ってたら、金沢さんは返事を待たず、私の腕を引いて歩きだしてしまった。


会うのは3回目で、慣れたからなんだろうか…

初めに感じた異様な雰囲気が和らいでいる。


むしろサバサバした感じのキャリアウーマン…といった雰囲気で、憧れ要素すら感じた。


道をよく知っているみたいで、なんの迷いもなく一軒のお店の前に連れてこられた。



「ここね、グラタンがおいしいの!チーズタルトとか、アップルパイも手作りで絶品よ?」


「…そうなんですか?」


私を先に店内に入れてくれて、後ろから金沢さんが、お店の人に「2人」と伝えてくれる。



まばらに席は埋まっているものの、広いお店で窮屈さは感じられない。

奥まった席に案内されて、私たちは改めてメニューを覗いた。


さっき言っていたように、金沢さんはグラタンとグリーンサラダにするというので…私も迷って同じものを注文した。



「ちょっと、お手洗いに…」


席を立ったついでに『夕飯は食べてくる』と、吉良にメッセージしておかないといけない。


誰と…?って返信が来たら、金沢さんだとちゃんと言おう。

そして帰ったら、霧子たちと飲みに行った時、偶然金沢さんに会ったことを伝える。


そう思ってたのに…吉良はまだリモート勤務中なのか、なかなか既読にはならなかった。


金沢さんと一緒にいる…と追加でメッセージしようか迷っているうちに、トイレが混んできたので、そのまま席に戻ることにした。



「お待たせしました…」


私の知らない過去の吉良について話すと言っていた金沢さん。いったいどんな話なんだろう…

そう思うとつい…身構えてしまう。



金沢さんはそんな私の緊張感を知ってか知らずか…仕事や大学時代のことを話す。

それによると、吉良とは違う大学だとわかり、仕事で知り合ったわけでもなさそうだとわかった。


やがて自分の仕事について教えてくれた。



「経営コンサルの仕事をしているの。企業の経営者から個人事業主まで、あらゆるお客様の問題を解決するお手伝いをして、いい方向にいってもらう手助けをする仕事よ」


話しぶりから、役職に就いていそうな雰囲気。

…ということは、吉良より年上なのは間違いなさそう。



「あなたは…?仕事、何年目?」


「新入社員です…毎日バタバタして、先輩に迷惑をかけています…」


「そう…じゃあまだ22〜3ね」


年齢のことを言われているとわかって、そうです…と答える。


私はなぜかホッとしていた。

なかなか核心に触れない話が続いたから。




…そこへ、注文したグラタンが運ばれてきた。


ホワイトソースの甘い香りをまとい、お皿にこんもりと盛られたグラタンは、チーズの焦げ目がとても美味しそう。


ひとくち食べて、「おいしい…」と、自然に言い合って笑顔になる。



「でも、吉良が作るグラタンの方が美味しいわね…」


この言葉で…自分がここにいる理由を思い出させる。

吉良の料理を食べたこと、あるんだ…やっぱり、金沢さんは吉良の元カノ…?



「知ってる?吉良が作るグラタンって、豆乳も使うって…」


「え…?」


「あれね、私がヘルシーに作ってほしいって頼んだからなのよ」


グラタンを作るのを、そばで見ていたことがある。

確かにその時、豆乳も使ってた。


牛乳だけで作るより、少しあっさり作れる…って言ってた気がする…


料理を振る舞ってあげるほどの恋人だったのに…どうして吉良は「恋人はモネが初めて」なんて言ったんだろう。


吉良ほどの人に恋人がいない過去のほうが、信じられないのに。


再会した時だって…

金沢さんは元カノだって言ってくれれば、私だって少しは覚悟して話を聞けた…。


目の前のグラタンの美味しそうな色が、少しあせたように感じる。

すると金沢さんが、そんな私の様子にいち早く気づいたように言う。



「ここにも、吉良とよく来たのよ。お会計はいつも私でね」


「…そう、なんですか?」


少しだけ、らしくないって思った。

学生だったせいもあるけど、私はただの1度もお金を出したことがないから。


金沢さんの年齢がよくわからないけど、お互いに学生だったとしたら、ワリカンが相場なんじゃないかな…とボンヤリ思う。



「安くなかったわ…吉良って男は」


ため息混じりに言われ、その意味を考えてしまう。

すると、さらに私を混乱させる言葉を…金沢さんは妖艶な笑顔で言った。



「…吉良の体に、私はいくら使ったと思う…?」


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