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6章…第1話

「なんかすいません…吉良さん」


「…いや、大丈夫。逆に送ってもらってありがとね」


ホワホワする頭の片隅に、吉良の低い声が流れ込んできて、そちらの方向に腕を伸ばす。



「…抱っこ」


「ん…?…ずいぶん甘いな…?!」


しっかりした肩と首に手が届いて、私は遠慮なくそれに腕を巻き付ける。


同時にウエストの辺りをがっちり抱えられ、霧子の「大丈夫?モモ?」という声にコクンとうなずいた

…気がする。


金沢さんがいるからお店を変えたのに、結局捕まって話をして…約束までしてそれを皆に話せなくて。


…悪酔いしてしまった…。


送ってくれた皆が帰って静かになると、フワッと身体が浮く感覚を覚えて、自分が横抱きにされていると自覚した。



「らいじょうぶ…あるけまふぅ…!」


そんなことを言いながら、おろして…!なんて、わがままを言った。



「酔っぱらいモネ…?静かにしないならキスするぞ?」


「むぅ…?唇を塞がれて、黙らす気だな?そんなのズルいぞーっ」


足をバタバタしてみれば、本当にキスが落ちてきて、唇の端からソロリと入ってきた舌に翻弄される。



「…ワインだな。赤ワイン」


キスで飲んできたお酒の種類がバレたみたいだけど、私もほんのりお酒の香りを感じた。



「吉良も…お酒飲んだの?」


結局お姫様抱っこで部屋まで運んでもらって、そっとベッドに下ろされてから聞いてみた。



「あぁ、俺は憂とな。この前の撮影会の写真ができたって、見せてもらった」


「え…私も見たい」


「なんか、コンテストに出すみたいだぞ。モネが、俺をじっと見てる写真」


「…そんな写真撮られたかなぁ…」


酔っぱらいなりに考え込む私を見つめる吉良の甘い表情。


穏やかな、優しい表情は…私にだけ向けられるもの…。



「…シャワー浴びながら考えよっかな…」


金沢さんに会ったこと、明日約束したことを言えなかった。


霧子にも言えなくて、つい飲みすぎて…迷惑かけちゃったな。



「危ないから一緒に入ろうか?」


「え…?…は、恥ずかしいからいいよ」


「じゃあ明日にしな?」


「うーん…でも、近くの人がタバコ吸ってたから…浴びたい」


「なら一緒に入る」


変なことはしない…と言うけれど、見られることが恥ずかしいって、吉良には何度言ってもわかってもらえない…




「こんなに綺麗なからだのどこが恥ずかしいんだか…」


変なことをしないように、吉良は着ているジャージを脱がないで、入るみたい。


液体ソープで泡を作って、くるくると私を回して洗ってくれて、髪も優しく洗ってくれた。


約束通り、変なことにはならずに、バスローブを着せられて髪を乾かしてもらっている。


優しいなぁ、って思う。


いつからこんなにスパダリになったんだろう。

一緒に住むようになってから、家族に挨拶に行ってから、優しさと愛しさはどんどん増えていって、ここまできた。


…それなのに。

私は明日、本当に金沢さんに会ったりしていいのかな。

金沢さんに聞くなら、吉良に聞くべきじゃないのかな…



「ほい。乾いたぞ」


ドライヤーの音が止まって、いつも乾かした後に毛先につける、ベリーの香りのヘアクリームまでちゃんとつけてくれた。


「はぁ…。これ、モネの香りって感じなんだよな…爽やかなんだけど甘い匂い」


吉良はされるがままの私の首に顔を近づけてくるから、そのまま腕を回して抱きしめる。


「洗ってくれてありがとう。…そろそろ寝よう」


「ん…」


仲良く手を繋いで、私たちは寝室へと向かった。



翌日。

霧子と錦之助、それから聖也にも、昨晩酔って迷惑をかけたことを謝罪するメールを送った。


霧子と聖也は明るくやり取りを終えたけど…

めずらしく錦之助とメッセージのラリーが続いた。



『なんかあったなら、ちゃんと吉良先輩に伝えろよ?』


『うん…ちゃんと言う』


『俺にも、詳細を聞かせろって』


『近々また、ご飯行こ』


『…モネと2人きりで会ったら殺される』


『www …』


聖也がいたから、詳細を話せなかったこと、錦之助がちゃんと気付いてて、気にしてることに驚き。


吉良に、錦之助にもう少し優しくしてあげるように伝えようと思う。


3人とメッセージのやり取りを終えて、私はスマホを無音に設定してバッグの奥にしまいこんだ。


それは…やっぱり今日、金沢さんとの約束はなかったことにしようと思ったから。


…ちゃんとメッセージして、気が変わったことを伝えたほうがいいかな…と思う反面、連絡を取ってしまったら行かざるを得なくなりそうな予感がした。


まだ時間はお昼前。

夜までだいぶ時間があるから、どうするか考えながらすごそうと思う。




「ちょっと、持ち帰った仕事があるから」


リビングでのんびりしていた吉良が、思い立ったようにソファから立ちあがって、聖也が使っていた部屋に親指を向けた。


香里奈さんにも貸したこの空き部屋にはデスクが入り、今は吉良の書斎と化している。


もう空いてる部屋があると思われないための苦肉の策だったけど、リモートで勤務しやすいと吉良はご機嫌だ。


「うん、頑張ってね!…それじゃ、夕ご飯は私が何か作ろうかな?」


「大丈夫。後で一緒に買い物に行こう」


…やっぱり私1人に夕飯は任せてもらえないらしい。


おにぎりしか作らないからそりゃそうだと苦笑いしながら…

私は金沢さんとの約束の件に答えを出していた。


それは、今日行けなくなったことと、すべては吉良に教えてもらうからと、金沢さんにメッセージすること。


正直、1人で彼女と会って、吉良のいろんなことを聞く勇気がなくなってしまった。


それがひとつの大きな理由だけど…やっぱり錦之助に言われた通り、まずは吉良に伝え、不安は吉良に聞こうと思う。



まずは昨日金沢さんに偶然会ったことを、夕飯の時にでも言おう。


そう心に決めていた。



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