「なんかすいません…吉良さん」
「…いや、大丈夫。逆に送ってもらってありがとね」
ホワホワする頭の片隅に、吉良の低い声が流れ込んできて、そちらの方向に腕を伸ばす。
「…抱っこ」
「ん…?…ずいぶん甘いな…?!」
しっかりした肩と首に手が届いて、私は遠慮なくそれに腕を巻き付ける。
同時にウエストの辺りをがっちり抱えられ、霧子の「大丈夫?モモ?」という声にコクンとうなずいた
…気がする。
金沢さんがいるからお店を変えたのに、結局捕まって話をして…約束までしてそれを皆に話せなくて。
…悪酔いしてしまった…。
送ってくれた皆が帰って静かになると、フワッと身体が浮く感覚を覚えて、自分が横抱きにされていると自覚した。
「らいじょうぶ…あるけまふぅ…!」
そんなことを言いながら、おろして…!なんて、わがままを言った。
「酔っぱらいモネ…?静かにしないならキスするぞ?」
「むぅ…?唇を塞がれて、黙らす気だな?そんなのズルいぞーっ」
足をバタバタしてみれば、本当にキスが落ちてきて、唇の端からソロリと入ってきた舌に翻弄される。
「…ワインだな。赤ワイン」
キスで飲んできたお酒の種類がバレたみたいだけど、私もほんのりお酒の香りを感じた。
「吉良も…お酒飲んだの?」
結局お姫様抱っこで部屋まで運んでもらって、そっとベッドに下ろされてから聞いてみた。
「あぁ、俺は憂とな。この前の撮影会の写真ができたって、見せてもらった」
「え…私も見たい」
「なんか、コンテストに出すみたいだぞ。モネが、俺をじっと見てる写真」
「…そんな写真撮られたかなぁ…」
酔っぱらいなりに考え込む私を見つめる吉良の甘い表情。
穏やかな、優しい表情は…私にだけ向けられるもの…。
「…シャワー浴びながら考えよっかな…」
金沢さんに会ったこと、明日約束したことを言えなかった。
霧子にも言えなくて、つい飲みすぎて…迷惑かけちゃったな。
「危ないから一緒に入ろうか?」
「え…?…は、恥ずかしいからいいよ」
「じゃあ明日にしな?」
「うーん…でも、近くの人がタバコ吸ってたから…浴びたい」
「なら一緒に入る」
変なことはしない…と言うけれど、見られることが恥ずかしいって、吉良には何度言ってもわかってもらえない…
「こんなに綺麗なからだのどこが恥ずかしいんだか…」
変なことをしないように、吉良は着ているジャージを脱がないで、入るみたい。
液体ソープで泡を作って、くるくると私を回して洗ってくれて、髪も優しく洗ってくれた。
約束通り、変なことにはならずに、バスローブを着せられて髪を乾かしてもらっている。
優しいなぁ、って思う。
いつからこんなにスパダリになったんだろう。
一緒に住むようになってから、家族に挨拶に行ってから、優しさと愛しさはどんどん増えていって、ここまできた。
…それなのに。
私は明日、本当に金沢さんに会ったりしていいのかな。
金沢さんに聞くなら、吉良に聞くべきじゃないのかな…
「ほい。乾いたぞ」
ドライヤーの音が止まって、いつも乾かした後に毛先につける、ベリーの香りのヘアクリームまでちゃんとつけてくれた。
「はぁ…。これ、モネの香りって感じなんだよな…爽やかなんだけど甘い匂い」
吉良はされるがままの私の首に顔を近づけてくるから、そのまま腕を回して抱きしめる。
「洗ってくれてありがとう。…そろそろ寝よう」
「ん…」
仲良く手を繋いで、私たちは寝室へと向かった。
翌日。
霧子と錦之助、それから聖也にも、昨晩酔って迷惑をかけたことを謝罪するメールを送った。
霧子と聖也は明るくやり取りを終えたけど…
めずらしく錦之助とメッセージのラリーが続いた。
『なんかあったなら、ちゃんと吉良先輩に伝えろよ?』
『うん…ちゃんと言う』
『俺にも、詳細を聞かせろって』
『近々また、ご飯行こ』
『…モネと2人きりで会ったら殺される』
『www …』
聖也がいたから、詳細を話せなかったこと、錦之助がちゃんと気付いてて、気にしてることに驚き。
吉良に、錦之助にもう少し優しくしてあげるように伝えようと思う。
3人とメッセージのやり取りを終えて、私はスマホを無音に設定してバッグの奥にしまいこんだ。
それは…やっぱり今日、金沢さんとの約束はなかったことにしようと思ったから。
…ちゃんとメッセージして、気が変わったことを伝えたほうがいいかな…と思う反面、連絡を取ってしまったら行かざるを得なくなりそうな予感がした。
まだ時間はお昼前。
夜までだいぶ時間があるから、どうするか考えながらすごそうと思う。
「ちょっと、持ち帰った仕事があるから」
リビングでのんびりしていた吉良が、思い立ったようにソファから立ちあがって、聖也が使っていた部屋に親指を向けた。
香里奈さんにも貸したこの空き部屋にはデスクが入り、今は吉良の書斎と化している。
もう空いてる部屋があると思われないための苦肉の策だったけど、リモートで勤務しやすいと吉良はご機嫌だ。
「うん、頑張ってね!…それじゃ、夕ご飯は私が何か作ろうかな?」
「大丈夫。後で一緒に買い物に行こう」
…やっぱり私1人に夕飯は任せてもらえないらしい。
おにぎりしか作らないからそりゃそうだと苦笑いしながら…
私は金沢さんとの約束の件に答えを出していた。
それは、今日行けなくなったことと、すべては吉良に教えてもらうからと、金沢さんにメッセージすること。
正直、1人で彼女と会って、吉良のいろんなことを聞く勇気がなくなってしまった。
それがひとつの大きな理由だけど…やっぱり錦之助に言われた通り、まずは吉良に伝え、不安は吉良に聞こうと思う。
まずは昨日金沢さんに偶然会ったことを、夕飯の時にでも言おう。
そう心に決めていた。