大きく事態が動いたのは、焼き肉パーティーの数日後。
買い物に行って帰ってきたら、ソファに香里奈さんがうずくまっていることに気づいた。
「香里奈さん…どうかしましたか?」
思わず声をかけると、パッと上げた顔が、泣き顔だったことに驚く。
見るとソファに紙が放り出されていて、そこに確認できる「不採用」の文字。
…もしかしたら、面接の結果?
希望してた転職先、ダメだったのか…。
私も就活をはじめてしばらくは、全然合格できなくて、焦ったり泣いたりしたことを思い出す。
そんな経験を話そうかな…と思っていたら、香里奈さんはティッシュを5枚くらい取って、チーンと鼻をかんだ。
「あなたに慰めてもらうつもりはないから」
「…え?」
この前一緒にケーキを食べて吉良の写真を見せてもらって、霧子たちと焼き肉パーティーをして、少し仲良くなれたかと思っていたのに…。
「吉良が帰ったら部屋に来てくれるよう言って」
香里奈さんはパッとソファから立ち上がって、ふらつく足取りで部屋へ入ってしまった。
早速、帰宅した吉良に、香里奈さんの様子を伝える。
「…部屋に来てって」
「そっか、わかった」
吉良はリビングのドアを開け、私がそこで見ていることを確かめ、香里奈さんの部屋のドアをノックした。
ややあって、香里奈さんがドアを開けると、突然言い出した言葉に驚く。
「吉良、2人だけで話がしたい。今日は兄として、社会人の先輩として、私と話をしてほしい」
吉良は私に隠すことなくやり取りを見せてくれようとしたけど、香里奈さんに私の姿が見えたら面白くないだろう。
だから少し脇に避けながら…話はしっかり聞いていた。
…2人だけで、話すのかな…?
吉良は香里奈さんに何か言う前に、私のところへ来てくれた。
香里奈さんの話を聞いていたのはわかってるみたいで、安心させるように私の手を取ると、真剣な表情で言う。
「ちょっとだけ、香里奈に付き合ってくる。それで確実にここを出ていく約束をさせるから」
「うん。わかった」
吉良は香里奈さんを伴って、夜の街へ出掛けてしまった。
仕方なく…1人で簡単に食事を済ませていると、携帯がメッセージの着信を知らせる。
「…吉良?」
なんだろう…今香里奈さんと話しているんじゃないのかな…?
メッセージには動画が添付されていて、それを再生してみると…
「香里奈さん…?」
場所は駅前にある、いつもたくさんのお客さんでにぎわっている居酒屋チェーン店。
「2人で飲むなんて久しぶり…!」
動画のなかで、見たことない笑顔を見せる香里奈さん。
「話したいことって?」
声は吉良だとすぐわかる。
どうやら、吉良が自分たち2人の様子を動画に撮って送ってくれているみたいだ。
でも、私に話を聞かれたくないんじゃ?
…動画のなかで香里奈さんが言う。
「いろいろあるよ。吉良と2人だけで話したいこと…全然2人になれないんだもん…」
「言っておくけど、桃音の誹謗中傷とか、俺を口説くような話なら今すぐ帰るぞ」
ハッキリした言い方で、吉良は2人で出掛けたことを、私が気にしなくていいように動画を送ってくれてるってわかった…。
話はあくまでも、就職に関することばかりで、ちょっとでも香里奈さんが怪しいことを言うと、吉良はすぐに話を戻した。
なんだか、そんなことまで配慮してくれる吉良がすごく愛しい。
私はどれだけ大切にされて、愛されてるんだろうって胸がホカホカ温かくなるみたい。
そこで私は、吉良にメッセージを送ることにした。
「動画ありがとう。優しい配慮に胸がいっぱいです…不安は十分晴れたよ。だから、香里奈さんの就職相談、しっかり乗ってあげて」
するとすぐに返信が来る。
「了解。1時間くらいで帰るから」
簡潔な文章と…
「もぅ…やだ…!」
ネクタイをしたウサギが、ハートをビュンビュン飛ばしてくるスタンプ。
…以前はメッセージを送るなって言われてたことを思い出して、変われば変わるものだと笑っちゃう。
私もウサギにハートを持たせて差し出すスタンプを送り返し、吉良とのやり取りは終わった。
玄関のチャイムが鳴ったのは、夕食を食べ終わった後片付けを終えた頃。
吉良たちにしては早すぎるし…誰だろうと思いながら玄関のドアスコープを覗いて、意外な人が立っているのに驚いた。
「憂さん…?」
ドアを開けると、確かに憂さんが、少し寒そうに片手をあげて挨拶をしてくれる。
「久しぶりー…!元気にしてたか?」
「はい…!あの、引っ越したこと…」
「あぁ、吉良に聞いた。…なかなか他の2人と日程合わなくてさぁ、引っ越し祝いもまだでごめんな」
そこまで話して、私は中に入ってもらうよう体をどける。
「今、吉良さん出掛けてて…でも1時間くらいで帰るので、良かったらお茶でも飲んでてください」
「そぉ?…じゃあお邪魔しちゃおうかな…」
どうぞどうぞと、リビングのソファをすすめる。
憂さんはリビングをぐるりと見渡して、少し冷やかすように私を見た。
「ちゃあんと、モネちゃんも住んでるって部屋だね?前の吉良の住まいと同じみたいで違うってすぐわかる」
憂さんはポケットから携帯を出して、リビングのあちこちの写真を撮り始めた。
憂さんは確か、プロのカメラマンだ。
どんな素敵な写真が撮れるのかワクワクしながらお茶の支度をする。
「どんな写真が撮れたんですか?」
コーヒーがお好みだという憂さんのために、吉良のお気に入りのコーヒー豆をセットして、私は憂さんに近づいた。
憂さんはソファに座って、今撮ったばかりの写真をスクロールして見せてくれる。
「わぁ…すごい。ここであってここじゃない…!」
さすがプロ…といった感じの空間の切り取りかたは、自分でも写真を撮る時の参考になりそうだ。
私は会うのはまだ2回目だということも忘れて、コーヒーを飲みながら、憂さんといろいろな話をした。
時間が過ぎるのは、あっという間…。