「…冷蔵庫、充実しすぎだろ」
「ご…ごめん」
「いいよ別に…」
「あの…白菜を…お漬物にしようと思うから、1回出すね。…そうすれば、ほらぁ…スペースが空いたよ?」
香里奈さんと初めてティータイムを一緒に過ごし、少し仲良くなれたようで浮かれていたら、冷蔵庫がパンパンだということを忘れてた…。
夜になって帰宅した吉良が、ケーキを買ってきてくれたのに、入る隙間なしという事態…。
「イチゴショートと迷ったけど、なんか文句言われそうだからチーズケーキにした」
チーズケーキ本日2個め…とは、もちろん言わない。
吉良が買ってきてくれたのは、会社近くの有名なパティスリー。
「どうして?イチゴショートで文句なんか言ったことないよ?」
「子供扱いして…とか言われそうだと思ったんだよ」
食後に食べよう、と言って冷蔵庫を開けたら…今日の買い物のオマケで一杯になってて…吉良がやや渋い顔になった。
「1人でずいぶんたくさん買い物したな。重いんだから無理しないで、週末まで待てよ」
「そのつもりだったんだけど…」
商店街のおじさんたちにたくさんオマケをしてもらった結果だとわかって…吉良の機嫌が悪い。
「買ってきたケーキを入れるスペースもない…」
と言って…冒頭のやり取りに戻る…。
せっかくの甘い顔がツンツンしてしまって…私はヘラリと笑ってごまかすように白菜を差し出す。
すると、吉良も呆れたように笑ってくれた。
「それじゃ…白菜を漬けるか。鷹の爪と塩、ニンニクと生姜」
「…ハイ!」
漬物職人としてやる気になったらしい吉良の気持ちを削がないように、私はすぐに言われた材料を出して、吉良のエプロンを持ってきて着せてあげる。
「…うわ…っ」
瞬間両手を掴まれて前にまわされたので、自然と背中に抱きつくような格好になってしまった…
「まったく…商店街の親父ども…俺のモネに勝手に懐くな!」
「…っ?!」
ヤキモチ妬いてる…と思うと、つい緩む頬…。
「小さい?」
「ん?…何が?」
「下じゃねぇよ。そこは自信あるから」
「し…下ネタ…?」
くるりと前を向いて、そのまま私を抱きしめる吉良。
「心が小さいかって聞きたかった。…モネが親父たちに甘やかされて、ちょっとムカついた」
ギュウ…っと抱きしめる腕が強くなって、若干苦しい。
「…俺、重い?」
「…へ?」
「俺のモネへの愛。ホントは…鍵閉めて閉じ込めたい…」
「…っ!?」
全然重くなんかない。
こんな私に全力の愛を向けてくれるのが、嬉しくてたまらない。
一方で、夕方聞いた香里奈さんの意味深な言葉が頭をよぎる。
でも、こんなに私を好きだって言ってくれる吉良を、信用しないなんてことは絶対ない。
だから私も、吉良の背中に回す腕に、一生懸命力を込めた。
「愛してる…モネ」
惜しげもなく伝えられる愛…
「私のほうが愛してる…吉良」
私だって負けない…!
「ベッド…行く?」
「………っ!」
2人きりだったらいいんだけど…そこはやっぱり香里奈さんがいるから。
「あ、あの…白菜を漬けるのは…?」
「そんなの後でもいい」
いや…ダメですダメです…
あちこち撫で始めた吉良の手をパッと掴んで言ってみた。
「今は…漬物職人の吉良を見たい」
すると…大きなため息のあと、激甘なことを言われて困る。
「仕方ないな…じゃ、ずっと後ろから抱きしめてお腹撫でて」
「…は、はい」
お腹…と言われたけど、ベルトの上、ウエストのあたりを撫でていたら言われた。
「そこはお腹というより胃なんだけどな…」
そう言いながらも、後ろを向いた吉良の笑顔は優しい…
「あのね、今日…香里奈さんと一緒にコーヒー飲んだの」
「…ん?やっとあいつ、態度を改める気になったか?」
「うん、ちょっと嬉しかった…それでね、吉良の子供の頃の写真を見せてもらっちゃった」
すると…ほんの一瞬、吉良の体がこわばった気がした。
「…そうか。小学校の時の?」
「うん。あと中学生と高校時代のも見せてもらったよ」
「高校の時の…」
「中学生の時のは、憂さんとか鬼龍さんとか、椎名さんも一緒に校門前で座ってるやつ。高校の時のは…」
「…けっこう悪い感じだったろ。一番荒れてたっていうか…そういう時期だったから」
なんだか急に元気がなくなった気がする。どうして…?
香里奈さんに言われた意味深なことを聞いてみようと思ったけど…なんとなくやめておいた。
当時の吉良を写した写真の、鋭いまなざしが一瞬よみがえったから。
香里奈さんは高校時代の吉良を「相当ひどく荒れていた」と言ってたけど…お母さまと長く別で暮らしていた吉良が、あの家に住むようになって、きっといろんな苦しみがあったんだろうと思う。
だから、不安定な年頃に荒れるというのはわからないわけではない。
「…そう言えば今日、霧子からメッセージが来てね、新居に遊びに来たいって言われたの」
話をすり替えたのは、高校時代の話をされた吉良の雰囲気が一変したから。
そしてそれは…不良だった自分の過去を、あまり私に知られたくないからなのだと思っていたんだけど…。
「…吉良?」
返事がなくて、肩越しに吉良の顔を覗き込む。
「…?…」
その時の吉良の表情は…初めて見るような苦悩の表情。
私はそっと背中に戻って、後ろから思いきり吉良を抱きしめた。
そんな顔をしなくても大丈夫だよ…と、伝えたくて。