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2章…第5話

引っ越してきて、まだ近くにどんなお店があるのかイマイチわからないけど、こうして新しい街を開拓するのはワクワクする。


路地裏に雰囲気あるカフェがあったり、やたら猫が集まる小道を見つけたり…帰ってきた吉良にあれこれ話をするのが楽しみだった。


最寄り駅には直結した大型スーパーマーケットがあって、とても便利ながら…私は最近見つけた商店街が気になっていた。


昔ながらの和菓子屋さんや町のベーカリーといったパン屋さん。


シャッターが閉まっているお店も多いけど、開いているお店はどこも活気があって明るい。


都会なのに、少し下町みたいな風情を残しているこの街には、近所に学校もあるみたいだ。


ちょうど下校時間なのか、ランドセルの子供たちとすれ違うのがなんだか嬉しい。



「こんにちは…あの、今日はアジの開きとか、ありますか?」



魚屋さんの店先で声をかけると、まだ2度目なのに顔を覚えてくれた店主のおじさんが、パッと私の顔を見て笑ってくれた。



「おっ!可愛いなぁ…って思ってたお姉ちゃんじゃないの?!また来てくれて嬉しいねぇ!いい干物が入ってるよ!」



急に褒められて少しテレてしまい、耳が赤くなるのを感じる…



「赤くなって…!こんなおじさんに言われてテレるなよ〜!」



バシっと肩を叩かれ、よろめきながら言った。



「アハハ…あの、その干物、3枚下さい…」



おじさんはオマケだ!と言って5枚も入れてくれたので、慌ててお金を払おうとした。



「いいよいいよ持ってけドロボー!…そのかわり、また可愛い顔見せてくれな?」



人の良さそうなおじさんにお礼を言って、八百屋さん、肉屋さんでも買い物をした。


…帰りはなぜか大荷物になってしまったのは…どこのお店でも過剰にオマケをしてもらったからで…。


ふぅふぅ言いながらマンションに帰り着いた。



「ただいま帰りました…」


…まだリビングにいる香里奈さんに声をかけるも、当然のように完全無視。

ソファに寝そべって、スマホから目を離そうともしない。


私はため息をつきながら、買い物してきたものを冷蔵庫にしまおうと商品を取り出した。


…これ、香里奈さん食べるかな…


それは…商店街のケーキ屋さんで買ったチーズケーキ。

帰ったらコーヒーを淹れて、香里奈さんと一緒に食べようと買ったもの。


私は香里奈さんにあんまり好かれていないんだろうし、大好きな吉良を取った憎い女なのかもしれないけど…それでも仲良くなりたい気持ちを捨てきれずにいた。


あとどのくらいいるかわからないけど、ここにいるなら、少しは仲良くして、お互いに居心地よく過ごせないかという思いを、諦めていなかった。


ケーキをいったんダイニングテーブルに置いて、お皿に移そうとした時、丸められたティッシュが置いてあることに気づいた。


なんだろう…と広げようとした瞬間…「触らないでっ!」という香里奈さんの鋭い声が飛んできて、ビクっと手を引っ込めた。


こちらに歩いてきて、ティッシュをつかみ、部屋に行ってしまった香里奈さん。


「あの…チーズケーキ…」


声をかけたけどかまわず部屋にはいってしまい、仕方なくコーヒーを淹れてドアをノックしてみた。



「…なに」



…意外なことに返事があり、ちょっと嬉しい。



「チーズケーキを買ってきたので、おやつにいかがですか…?」



ガチャ…っと開くドアの向こうに、さっき一瞬見た、吉良の中学時代らしい写真が床に置いてあるのが見えた。



「…見たい?吉良の子供の頃の写真」



私の視線に気づいた香里奈さんはニヤリと笑ったけれど…そんな笑顔が怪しいなんて気づかずに、元気よく「はい!」と言ってしまう。



「…どうぞ。せっかくだから、一緒に食べましょう…」



意外なひとことを言われ、嬉しくなった。

私は自分の分のチーズケーキを持って、香里奈さんの部屋に(正しくはこちらが貸している部屋だけど)入った。



……


「これ、小学生の吉良ですか…?」



香里奈さんは吉良の写真を、アルバムみたいにして持っていた。

それは小学校から大学生まで、数十枚はある…



「…初めて会った頃。子供心に驚いたわ。こんなに顔が整った男の子がいるんだって…」



子供の頃から類まれな顔面をお持ちだったみたいで…写真からもしっかりその片鱗が伺える。



「ほら、こっちは中学生で、あと…高校生の頃」


「わぁ…カッコいい…!」



思わず本音がもれてしまう。



「吉良って、子供の頃からそのまま大きくなってるのよね。今は男の色気がすごいけど、この頃はまだそんなでもなくて…」



香里奈さんの言葉にイチイチうなずいてしまう。

…特に高校生の吉良は、すごく尖った感じで、今はない危うさみたいなものを感じる。



「吉良がものすごくモテて、やんちゃしてたのは、この頃が一番かなぁ」


「そうなんですか…?」



すべての写真をスマホで撮影したくてウズウズしながら…香里奈さんの話を聞く。



「…ホント、相当クズで悪い奴だったのよ。ほんの5年前までね」



それは…モテてたくさんの女の子と遊んでいたってことかな。



「ヤバいところに手を出してさ…」



ほんの5年前までクズで、ヤバいところに手を出していたという吉良…


…それは、私と出会う少し前の話だと気づいた。


ヤバいところって…どういうところ…?



「あなた…大丈夫なの?本当に吉良を愛せるの?」


「…え?」


「吉良の過去を受け入れるって…相当覚悟が必要だと思うけど」


「それは…どういう意味なんでしょうか…?」



香里奈さんは私の疑問に答えるつもりはないみたいに…何も言わない。


だから私もどう聞き返していいかわからなくて…香里奈さんを真似るようにチーズケーキを口に運んだ。


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