引っ越してきて、まだ近くにどんなお店があるのかイマイチわからないけど、こうして新しい街を開拓するのはワクワクする。
路地裏に雰囲気あるカフェがあったり、やたら猫が集まる小道を見つけたり…帰ってきた吉良にあれこれ話をするのが楽しみだった。
最寄り駅には直結した大型スーパーマーケットがあって、とても便利ながら…私は最近見つけた商店街が気になっていた。
昔ながらの和菓子屋さんや町のベーカリーといったパン屋さん。
シャッターが閉まっているお店も多いけど、開いているお店はどこも活気があって明るい。
都会なのに、少し下町みたいな風情を残しているこの街には、近所に学校もあるみたいだ。
ちょうど下校時間なのか、ランドセルの子供たちとすれ違うのがなんだか嬉しい。
「こんにちは…あの、今日はアジの開きとか、ありますか?」
魚屋さんの店先で声をかけると、まだ2度目なのに顔を覚えてくれた店主のおじさんが、パッと私の顔を見て笑ってくれた。
「おっ!可愛いなぁ…って思ってたお姉ちゃんじゃないの?!また来てくれて嬉しいねぇ!いい干物が入ってるよ!」
急に褒められて少しテレてしまい、耳が赤くなるのを感じる…
「赤くなって…!こんなおじさんに言われてテレるなよ〜!」
バシっと肩を叩かれ、よろめきながら言った。
「アハハ…あの、その干物、3枚下さい…」
おじさんはオマケだ!と言って5枚も入れてくれたので、慌ててお金を払おうとした。
「いいよいいよ持ってけドロボー!…そのかわり、また可愛い顔見せてくれな?」
人の良さそうなおじさんにお礼を言って、八百屋さん、肉屋さんでも買い物をした。
…帰りはなぜか大荷物になってしまったのは…どこのお店でも過剰にオマケをしてもらったからで…。
ふぅふぅ言いながらマンションに帰り着いた。
「ただいま帰りました…」
…まだリビングにいる香里奈さんに声をかけるも、当然のように完全無視。
ソファに寝そべって、スマホから目を離そうともしない。
私はため息をつきながら、買い物してきたものを冷蔵庫にしまおうと商品を取り出した。
…これ、香里奈さん食べるかな…
それは…商店街のケーキ屋さんで買ったチーズケーキ。
帰ったらコーヒーを淹れて、香里奈さんと一緒に食べようと買ったもの。
私は香里奈さんにあんまり好かれていないんだろうし、大好きな吉良を取った憎い女なのかもしれないけど…それでも仲良くなりたい気持ちを捨てきれずにいた。
あとどのくらいいるかわからないけど、ここにいるなら、少しは仲良くして、お互いに居心地よく過ごせないかという思いを、諦めていなかった。
ケーキをいったんダイニングテーブルに置いて、お皿に移そうとした時、丸められたティッシュが置いてあることに気づいた。
なんだろう…と広げようとした瞬間…「触らないでっ!」という香里奈さんの鋭い声が飛んできて、ビクっと手を引っ込めた。
こちらに歩いてきて、ティッシュをつかみ、部屋に行ってしまった香里奈さん。
「あの…チーズケーキ…」
声をかけたけどかまわず部屋にはいってしまい、仕方なくコーヒーを淹れてドアをノックしてみた。
「…なに」
…意外なことに返事があり、ちょっと嬉しい。
「チーズケーキを買ってきたので、おやつにいかがですか…?」
ガチャ…っと開くドアの向こうに、さっき一瞬見た、吉良の中学時代らしい写真が床に置いてあるのが見えた。
「…見たい?吉良の子供の頃の写真」
私の視線に気づいた香里奈さんはニヤリと笑ったけれど…そんな笑顔が怪しいなんて気づかずに、元気よく「はい!」と言ってしまう。
「…どうぞ。せっかくだから、一緒に食べましょう…」
意外なひとことを言われ、嬉しくなった。
私は自分の分のチーズケーキを持って、香里奈さんの部屋に(正しくはこちらが貸している部屋だけど)入った。
……
「これ、小学生の吉良ですか…?」
香里奈さんは吉良の写真を、アルバムみたいにして持っていた。
それは小学校から大学生まで、数十枚はある…
「…初めて会った頃。子供心に驚いたわ。こんなに顔が整った男の子がいるんだって…」
子供の頃から類まれな顔面をお持ちだったみたいで…写真からもしっかりその片鱗が伺える。
「ほら、こっちは中学生で、あと…高校生の頃」
「わぁ…カッコいい…!」
思わず本音がもれてしまう。
「吉良って、子供の頃からそのまま大きくなってるのよね。今は男の色気がすごいけど、この頃はまだそんなでもなくて…」
香里奈さんの言葉にイチイチうなずいてしまう。
…特に高校生の吉良は、すごく尖った感じで、今はない危うさみたいなものを感じる。
「吉良がものすごくモテて、やんちゃしてたのは、この頃が一番かなぁ」
「そうなんですか…?」
すべての写真をスマホで撮影したくてウズウズしながら…香里奈さんの話を聞く。
「…ホント、相当クズで悪い奴だったのよ。ほんの5年前までね」
それは…モテてたくさんの女の子と遊んでいたってことかな。
「ヤバいところに手を出してさ…」
ほんの5年前までクズで、ヤバいところに手を出していたという吉良…
…それは、私と出会う少し前の話だと気づいた。
ヤバいところって…どういうところ…?
「あなた…大丈夫なの?本当に吉良を愛せるの?」
「…え?」
「吉良の過去を受け入れるって…相当覚悟が必要だと思うけど」
「それは…どういう意味なんでしょうか…?」
香里奈さんは私の疑問に答えるつもりはないみたいに…何も言わない。
だから私もどう聞き返していいかわからなくて…香里奈さんを真似るようにチーズケーキを口に運んだ。