吉良がホームランを打って、球場は大騒ぎになった。
あのイケメンの正体は?…なんて、主に少年野球チームの母親たちがざわつき始めたのだ。
「すごい騒ぎだな…イケメンの破壊力ヤバし…!」
兄が笑顔で吉良にそう言うと、吉良も嬉しそうな困ったような笑顔になる。
2人は野球を通じて急速に親しくなったみたいで、私としても嬉しい…!
初めて吉良とのことを伝えた時は、兄の吉良批判のマシンガン口撃に耐えていたから…私は心からホッとしていた。
「とりあえず、紹介しないとおさまらないかもな…吉良くん、いいかな?」
「もちろんです!お願いします」
兄の言葉に笑顔でうなずく吉良。私も、もちろん賛成…!
兄はその場をおさめるように「注目…!」と言うと、チームの少年たちがさっと兄の方を向く。それを確認して、兄はマイクを手に話し始めた。
「今、俺の豪速球を見事にかっ飛ばしたイケメンを紹介します!俺の妹、桃音の婚約者、綾瀬吉良くんです!」
婚約者…と聞いて、一斉にどよめきが起きた気がするけど、吉良は余裕の微笑で涼しい顔。
「…今日は、婚約の挨拶に来たんだけど、急遽練習試合と子供たちへの指導に参加してくれました」
兄が保護者に向かってそう言うと、私と吉良を前に立たせる。
キラーっ!と、あちこちから上がる黄色い歓声…指笛なんかも聞こえた。
「突然の飛び入りで驚かせてすみませんでした」
頭を下げる吉良に習い、私も一緒に頭を下げる。
群衆の中から「今度はいつ来てくるの〜?」という声があがり、吉良も質問に真面目に答えた。
「彼女の実家なので…こちらには頻繁に来ると思います。その時はまた参加させてもらうかもしれませんが…よろしくお願いします」
吉良の言葉に上がるどよめき…もう、芸能人みたい…!
もう一度頭を下げて、兄にマイクを返し、私たちはそのまま家に戻ることにした。
その時…ふと見た群衆の中に、懐かしい顔が見えたことに気づく。
あれは…吉良にあまり会わせたくない、学生時代の友達…
「桃音!お前結婚するのか?」
先に声をかけてきたのは、中学の同級生、尊だった。そして一緒にいるのは、同じく同級生の美里。
「うん…そうなんだ。そ、それにしても久しぶり、だね」
なるべく自然に言おうとしたのに、ダメだった。
上から降ってくる吉良の視線がちょっと痛い…
「…こちらは?」
吉良に言われて、慌てて2人を紹介する。
「えっと…尊と美里。2人とも中学の時の同級生で…」
すると急に美里が一歩前に出て言う。
「品川美里です。…あの、さっきのホームラン、すごくカッコよかったです…」
まだ何か話そうとする美里を制したのは尊。
「お前はいいよ…黙ってろ」
「なによ…久しぶりに桃音に会って舞い上がってるくせに!私だってイケメンと話したっていいでしょ?」
「…あのな?!」
私はケンカを始めそうな2人の間に慌てて入り、何か言おうとしたけど…
「尊くんって、もしかして桃音の元カレ?」
吉良が、腕を組みながら話に入ってくるのが先だった。
あんまり知られたくなかったけど、実は尊は、私の初カレで、初めての相手…
「そうなんです!2人とも初々しいカップルで、お互い…初めての相手なんですよ!」
「…ちょっと!美里!」
余計なことを言う美里を慌てて止めるも、すべて耳に入ったのは吉良の表情でわかる。
「初めて…?へぇ…」
不穏な空気…吉良はこんなにカッコよくてモテるのに、私のことになると、ちょっとだけ幼稚になる。
案の定、私の腰を抱き寄せて、わかりやすい敵対心を尊に向けた。
それを見た尊が、吉良に向かって意外なことを言う。
「あの、桃音のこと…よろしくお願いします」
「ん?君にお願いされなくても、俺の意思で幸せにするけど?」
吉良は尊の言葉に、あからさまに心外…といった表情を作り、遠慮なく険しい視線を向けた。
も…もぅ…張り合ってどうするの?本当に幼稚…!
「それじゃ、私たちはこれで。2人も、幸せになってね」
私はそれだけ言って、吉良を引っ張っていく。
2人から少し離れたところで、まだ面白くなさそうな吉良が、話を蒸し返した。
「もしかしてあの美里って子に、尊くんとの仲を邪魔されたのか?」
「ん…まぁ、そうだけど…もう過去のことだから」
そう言いながら、尊が美里に気持ちが傾いていることに気づいた、あの頃の苦い日々を思い出した。
吉良はそんな私の様子をちゃんと気にしてる、そしてまだ…ブチブチと何か言いたいらしい…
「あー…モネの初めての相手とか…顔も見たくなかったわ」
そんなことを言う吉良に、私もちょっと怒ってしまう…!それなら私だって、聞いちゃうんだからね?!
「私だって…本当は気になってるよ。…吉良は過去に、どれくらいの女の子と付き合ってきたのかって」
2桁は間違いなし…!と思いながら吉良を見上げると、意外にもその表情が固いことに気づいた。
「…え?あの…吉良?」
機嫌を損ねた…?
一瞬そう思ったけど、そんなんじゃない。
「…俺のことなんかどうでもいいじゃん」
思いがけない投げやりな返事に、拗ねるとか怒るとかじゃなくて…ほんのわずかに不安を感じた。
私の実家に到着すると、私より先に玄関に入って「ただいま!」と声をかける吉良。
その行動がなんだか、私からの質問に答えたくなくて逃げたように感じたのは、考えすぎなのかな…。