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新章…第5話

「…あら?そういえば岳斗はどうしたのかしら?」


「お、お兄ちゃんは…また草野球とかサッカーとかで忙しいんじゃない?」



実は私は、来たときから兄がいつ乗り込んでくるかヒヤヒヤしていた。

別に呼ばなくていいよ…という私に、吉良が自然に目を向けてくる。



「お兄さん、野球とサッカーやってるのか?今でも?」


「うん…近所の少年野球とサッカーチームのコーチみたいなことやってるの」



「もしかして、吉良さんもやってたとか?」


母に聞かれて、吉良はとても自然に笑った。


「はい、野球もサッカーも、中学までは両方。高校はサッカー部で、大学ではバスケチームに入ってました」


うわぁ…なにその新情報…!

主要な球技全般をやっていたってこと?

カッコいい上にスポーツ万能だったりする…?


内心そう思いながら、吉良を見上げてしまう。



「…スポーツ万能かはわからないけど、まぁ…からだは動くと思う」


「すご…」



…内心の声が聞こえたように答えてくれた。


そこへ、噂をすればなんとやら…

兄の岳斗が玄関先で声を張り上げながら帰ってきた。


「…ただいま!なぁ、ご飯炊けてるかぁ?」


リビングに姿を現した兄。

ユニフォームから察するに、サッカーチームの方へ行っていたらしい。


「…あっ!桃音の彼氏…!」


玄関に靴が揃えられていたから気づくだろうに…兄がわかりやすく驚いて、後ろへ2〜3歩下がった。


「はじめまして。綾瀬吉良と申します。お邪魔してます」


礼儀正しく言う吉良を、両親がうっとり見つめてる…

私もうっとり見つめちゃう…


「ど、どうも…兄の岳斗です」


両親よりは険しい目つきながら、一応頭を下げた兄。

吉良はなぜか、キッチンに行く兄を追った。



「ご飯って、何か作るんですか?もしかしたら少年野球のチームに?」


「…へ?なんでそれを?」


「さっきご両親や桃音に聞きました。コーチをやってらっしゃるんですね!」


2220

◇◇◇◇◇



「吉良せんせぇ!がんばれぇ〜!」


野球チームの少年たちに応援され、バッターボックスに立つのは…兄の練習用ジャージを着た吉良…

声を張り上げて応援する子どもたちに混ざって、私も「かっとばせ〜っ!」と、声をあげる。


少年野球チームの練習試合に駆り出された吉良は、兄がピッチャーとして投げる球を打つため、バットを握っている。



…なぜこんなことになっているのか…

それは、お昼時にサッカーチームの練習から帰った兄が、午後は野球チームの練習に行くと言ったから。


「おにぎりなら、私も一緒に作りますよ!」


そう言って上着を脱いでワイシャツの袖を捲りはじめたのだ。


「…あらあら、吉良さん、せっかくのスーツなのに」


母はそう言いながら、何だか嬉しそう。

父も柔らかく微笑んで様子を見ていた。


簡単にお昼ご飯を食べて、吉良は兄のジャージに着替え、子供たちが待つ小学校の校庭へ。


…もちろん、私も一緒に行く。

吉良のこんな姿は初めて。

もう…写真も動画もいっぱい撮っちゃう…!



「吉良さん!野球は久しぶりでしょ?…空振りしても笑ったりしませんから!思い切って振ってくださいよ!」


グローブをつけた兄が、バッターボックスに立つ吉良にそんなことを言って挑発する。


「はい…!お兄さんこそ、全力の球、投げてくださいよ?」


バットを右手で持ち、その先をピッチャーの兄に向けて間合いを取ってる。


その仕草はあの、有名な野球選手のルーティンと似てて、観覧席から黄色い歓声が上がった。


いつの間にか…子供たちにまざってお母さんたちがこんなに…。

コーチと謎のイケメンが直接対決…って、噂が噂を呼んだらしい。


「…吉良さん、もう打っちゃった?!」


母も父を引き連れてやって来た。


なんだか…私の吉良が、皆の人気者になっていくみたいで不思議な気持ち。



見ると、吉良がバットを構え、兄も投球するポーズになった。


ヒュッ…と音がしそうな球を、バシッと受け止めるキャッチャーのグローブの音がする。

「ストライク!」と、審判の声が響く。


「…はやっ…」


兄の投げるボールが思いのほか速かったのか、吉良が驚いた顔で言う。

でも次の瞬間、形のきれいな唇が、少し悪そうに弧を描いた。


そしてバットを握り直し、2球目。


同じようなポーズで球を振りかぶる兄、意外とカッコいい。

そんな球に、吉良はバットを大きく振って迎え打つ。足元がザザ…ッと地面を滑った。


カキーンっ…と、空に伸び上がるような音を響かせ、見えないほど球は遠くに飛んでいく。


わーっ!っと一斉に観覧席から歓声が上がり、私も両手を振り上げて声をあげた。


吉良はホームを次々と踏んでいく。

その走りは、見本みたいにきれいなフォーム、そしてなんと言っても…速いっ!


最後のホームは足元から滑り込んで、タッチの差で吉良のほうが早かった。


…これは、吉良の勝ちだぁ!


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