「…あら?そういえば岳斗はどうしたのかしら?」
「お、お兄ちゃんは…また草野球とかサッカーとかで忙しいんじゃない?」
実は私は、来たときから兄がいつ乗り込んでくるかヒヤヒヤしていた。
別に呼ばなくていいよ…という私に、吉良が自然に目を向けてくる。
「お兄さん、野球とサッカーやってるのか?今でも?」
「うん…近所の少年野球とサッカーチームのコーチみたいなことやってるの」
「もしかして、吉良さんもやってたとか?」
母に聞かれて、吉良はとても自然に笑った。
「はい、野球もサッカーも、中学までは両方。高校はサッカー部で、大学ではバスケチームに入ってました」
うわぁ…なにその新情報…!
主要な球技全般をやっていたってこと?
カッコいい上にスポーツ万能だったりする…?
内心そう思いながら、吉良を見上げてしまう。
「…スポーツ万能かはわからないけど、まぁ…からだは動くと思う」
「すご…」
…内心の声が聞こえたように答えてくれた。
そこへ、噂をすればなんとやら…
兄の岳斗が玄関先で声を張り上げながら帰ってきた。
「…ただいま!なぁ、ご飯炊けてるかぁ?」
リビングに姿を現した兄。
ユニフォームから察するに、サッカーチームの方へ行っていたらしい。
「…あっ!桃音の彼氏…!」
玄関に靴が揃えられていたから気づくだろうに…兄がわかりやすく驚いて、後ろへ2〜3歩下がった。
「はじめまして。綾瀬吉良と申します。お邪魔してます」
礼儀正しく言う吉良を、両親がうっとり見つめてる…
私もうっとり見つめちゃう…
「ど、どうも…兄の岳斗です」
両親よりは険しい目つきながら、一応頭を下げた兄。
吉良はなぜか、キッチンに行く兄を追った。
「ご飯って、何か作るんですか?もしかしたら少年野球のチームに?」
「…へ?なんでそれを?」
「さっきご両親や桃音に聞きました。コーチをやってらっしゃるんですね!」
2220
◇◇◇◇◇
「吉良せんせぇ!がんばれぇ〜!」
野球チームの少年たちに応援され、バッターボックスに立つのは…兄の練習用ジャージを着た吉良…
声を張り上げて応援する子どもたちに混ざって、私も「かっとばせ〜っ!」と、声をあげる。
少年野球チームの練習試合に駆り出された吉良は、兄がピッチャーとして投げる球を打つため、バットを握っている。
…なぜこんなことになっているのか…
それは、お昼時にサッカーチームの練習から帰った兄が、午後は野球チームの練習に行くと言ったから。
「おにぎりなら、私も一緒に作りますよ!」
そう言って上着を脱いでワイシャツの袖を捲りはじめたのだ。
「…あらあら、吉良さん、せっかくのスーツなのに」
母はそう言いながら、何だか嬉しそう。
父も柔らかく微笑んで様子を見ていた。
簡単にお昼ご飯を食べて、吉良は兄のジャージに着替え、子供たちが待つ小学校の校庭へ。
…もちろん、私も一緒に行く。
吉良のこんな姿は初めて。
もう…写真も動画もいっぱい撮っちゃう…!
「吉良さん!野球は久しぶりでしょ?…空振りしても笑ったりしませんから!思い切って振ってくださいよ!」
グローブをつけた兄が、バッターボックスに立つ吉良にそんなことを言って挑発する。
「はい…!お兄さんこそ、全力の球、投げてくださいよ?」
バットを右手で持ち、その先をピッチャーの兄に向けて間合いを取ってる。
その仕草はあの、有名な野球選手のルーティンと似てて、観覧席から黄色い歓声が上がった。
いつの間にか…子供たちにまざってお母さんたちがこんなに…。
コーチと謎のイケメンが直接対決…って、噂が噂を呼んだらしい。
「…吉良さん、もう打っちゃった?!」
母も父を引き連れてやって来た。
なんだか…私の吉良が、皆の人気者になっていくみたいで不思議な気持ち。
見ると、吉良がバットを構え、兄も投球するポーズになった。
ヒュッ…と音がしそうな球を、バシッと受け止めるキャッチャーのグローブの音がする。
「ストライク!」と、審判の声が響く。
「…はやっ…」
兄の投げるボールが思いのほか速かったのか、吉良が驚いた顔で言う。
でも次の瞬間、形のきれいな唇が、少し悪そうに弧を描いた。
そしてバットを握り直し、2球目。
同じようなポーズで球を振りかぶる兄、意外とカッコいい。
そんな球に、吉良はバットを大きく振って迎え打つ。足元がザザ…ッと地面を滑った。
カキーンっ…と、空に伸び上がるような音を響かせ、見えないほど球は遠くに飛んでいく。
わーっ!っと一斉に観覧席から歓声が上がり、私も両手を振り上げて声をあげた。
吉良はホームを次々と踏んでいく。
その走りは、見本みたいにきれいなフォーム、そしてなんと言っても…速いっ!
最後のホームは足元から滑り込んで、タッチの差で吉良のほうが早かった。
…これは、吉良の勝ちだぁ!