「ちょっと…もう1回トイレ行ってくる…」
「あぁ。ゆっくり行ってこい」
私の実家に吉良を連れていく日がやってきた…
なぜか私の方がずっと緊張してて、もう出かけるところなのにもう1回トイレに行くという小心者ぶり…。
吉良は黒のスーツに淡いブルーのワイシャツと、同じくブルー系のドット柄ネクタイ。
そんなスーツ姿の吉良に合わせ、私もちょっとよそ行きのワンピースを着た。
実はこれ、吉良からの突然のプレゼント。
スモーキーピンクの微妙な色合いがきれいな、ミモレ丈のワンピースだ。
「やっぱり、こういう色似合うな。モネは同じ暖色系でも、オレンジより、ピンクだと思ったんだよ」
「うん!すごく可愛い!しかもサイズぴったりだし、吉良天才!」
本音を言うと、ほんのちょっとだけ、こういうことに慣れてるのかな…と、自分の指先を見て思う。
そこには小さなルビーが散りばめられたリングがはまっている。
付き合いはじめの頃に、吉良がプレゼントしてくれた指輪で、これも吉良が1人で見立てて買ってくれたもの。
なのにまるでサイズを知ってたみたいにピッタリで驚いたっけ。
今回のワンピースも、私の好みにしっかり刺さってて、しかもサイズはピッタリ。
私のことを私以上に知ってくれてるみたいで嬉しいけど、女性の服のサイズや指輪のサイズとか…男の人はあまり知らないんじゃないかな。
少なくとも、うちのお兄ちゃんはまるっきり知らない派だと思う…。
「そろそろ行くぞ」
吉良が私にサッとコートを着せてくれる。
ほら…こういうとこ。
「なに?そんなワンピース着てたら、コートを羽織りづらいだろ?」
「うん…ありがとう!」
優しさだ…吉良の優しさ。
私を見てる証拠で、関心がある証拠…
「嘘…!靴も?」
ベルベット素材の、ワンピースと同じようなスモーキーピンクのパンプス。
太くて高すぎないヒールは、履き慣れない私のためだってわかる。
「あぁ。絶対似合うと思ったから」
サイズはこれまたピッタリ。
前を歩く吉良は、黒いコートをひるがえして、私を振り返って手を差しのべる。
私は、気づけば全身吉良に与えられたものを身にまとって、お姫様みたいな気持ちでその手を取った。
付き合って4年。
そういえば、私と出会う前の吉良は、どんな毎日を送っていたのかな…
そんなことを心のどこかで思いながら、エスコートされて車に乗り込んだ。
「はじめまして。綾瀬吉良と申します」
コートを左腕に持ち、玄関先まで出迎えた両親に、吉良は綺麗な所作で頭を下げた。
「いやいや…桃音がお世話になって…いや、手を焼かせてるんじゃないかな?」
父は明らかに目の前の吉良に緊張してる…
まぁ…この完璧に美しい姿を見れば、誰もがひれ伏してしまいそうになるのはわかる。
「あの、玄関先じゃその…なんだから、入ってもらうね」
父の隣にいる母もボーっと見惚れているから、私が吉良を家の中に案内することにした。
「まぁ…それにしてもカッコいい人ねぇ〜」
意識を取り戻した母。
お茶を淹れて持ってきてくれたのはいいけど、また手が止まってる…
「お母さん…見惚れるのは後にして、何かお茶菓子とかないの?張り切って買っとくって言ってたでしょ?」
「あ…あぁ、そうだったわね!」
いったんキッチンへ引っ込んだ母。
持ってきたお菓子を見て仰天した。
「これ…ウサギのゴリラ煎餅っていうの。なんとこれ、うちの桃音が命名したこの地域のご当地お菓子なのよ!」
「ウサギの…ゴリラ…?」
突然母が、嬉々として妙なことを口走るので、吉良も目をパチクリしてる。
「そうっ!ウサギかゴリラか、どっちか1つにしなさいってアドバイスしたのに、この子ったらどっちも好きだからって聞かなくて…!」
ケラケラ笑う母につられて吉良も笑い、目を細めて私を見る…。
「ウサギのゴリラって…ホント意味わかんない!」
涙を流して笑う母に、私は若干顔を赤くして反論した。
「だって…この時の命名コンテスト、なんでもいいって言うから…」
「ちなみに、いくつの時の話?」
笑いが止まらない吉良に聞かれた。
「えっと…小6くらいの時」
すると今まで一緒に笑っていた父が話に入ってくる。
「そんなに大きくなってもまだウサギのゴリラとはな…本当に、桃音は笑わせる娘だ」
…笑われて場が和むのはいいけど、子供の頃のおバカエピソードを知られるのは死ぬほど恥ずかしい…!
「…大好きです」
ようやく皆の笑い声が収まった頃、吉良が笑顔でつぶやいた。
その言葉は、確実に両親の耳にも入ったみたい…
「楽しいエピソードを知って、改めて彼女を可愛いと思いました。だから、大好きです」
恥ずかしげもなく言う吉良。
告白を聞いた私たちのほうが赤くなる…!
「改めまして、今日は私から、ご両親に認めていただきたい事があり、伺いました」
「は、はい!それはもう…ご自由に、何なりと…」
何を言われるかわかっているとはいえ、大安売りみたいに言わないでお父さん…
「私たちは桃音が幸せならいいと思ってるんです。それにもう、大人ですし、反対はしません」
母がしんみりと言ってくれた言葉を受け、吉良は両親に真剣なまなざしを向ける。
「桃音さんとは、本当は今すぐ結婚したいと思っています。実は待て、と言われているのは私の方で…。先に同居したいとわがままを言っているのも、私です。だから…どんなことがあっても、私が彼女を離すことはありません」
吉良の私への愛の告白を、両親はあんぐりと口を開けて聞いている。
私は赤くなりながら、両親に言った。
「わ、私も…社会人になって仕事をしながら、ちゃんと大人になって…吉良のお嫁さんとして恥ずかしくないように修行したいの。だから、先に一緒に暮らしたいと思ってて…」
「ふふ…わかってるわよ。2人とも相思相愛ってやつね!」
母に言われて、私は思わず吉良と目を合わせて笑ってしまう…!
「よし!じゃ、話はまとまったな。吉良さん、娘をよろしく頼むよ?」
父の言葉に頭を下げた吉良。
ホッと場が和んで、お昼ご飯にしようという流れになった。