「少し休んだら買い物に行くか」
日曜日の今日、平日に私が重いものを買いに行かなくて済むように、吉良は毎週買い物に連れて行ってくれる。
買い物はすべてネットで済ませればいいと吉良は言うけど、私はスーパーマーケットでウロウロ悩む時間が好きなので行きたいのだ。
夕方までソファに寝転んで、吉良に優しく腰をマッサージされながら、2人で暮らす家の話に戻る。
「2人の間は都心に近いマンション暮らしが楽かもな」
これから新入社員としての生活が始まる私が、なるべく通勤が楽な場所に引っ越そうという。
「吉良の会社との間…がよくない?」
「あぁ、それなら心配ない。俺の勤務先ともそんなに離れてないよ」
私が内定をいただいているのは、とある広告代理店の会社。本社勤務であれば、確かに吉良の会社と遠くはない。
「…もしかして、ランチの時とか偶然会ったりするのかな…?」
スーツを着た吉良のカッコよさは、普段とは違う。
その破壊力はヤバ過ぎて、私も何度思考停止したかわからない。
「少し吉良のスーツ姿に慣れておかないと、毎朝鼻血ブーしちゃう…」
「鼻血出すほどカッコいいって思ってくれてんの?俺のスーツ姿」
ふぅん…と言いながら、ニヤリと笑った顔が妖艶で、何か企みを感じたけれど、聞いても教えてくれるはずはない。
「…じゃ、ここよりもう少し都心近くに引っ越す?」
「そうだな。家を買うのは、子供が出来てるからにするか」
「子供…吉良の子供…?」
欲しい…生みたい…と本能的に思ってしまう。
「俺はいつでも作るけど?なんなら今夜にでも」
本当は私を就職させずに結婚しようとしていた吉良。…あながち言葉だけではないことはわかってる。
でも、きちんと就職していろんな経験をつんで、もっともっと大人になってから赤ちゃんを授かりたい。
そう決めたことを思い出し、私は吉良に宣言する。
「吉良の赤ちゃんを産むのは私だけだよ!」
「…は?わかってるよ」
クスクス笑う吉良に口づけてみれば、ほんのり頬を染める吉良。
…もぅ。こういうところがあるのもギャップがあって大好き。
………
今日のお買い物は近所のスーパー。
オシャレでも何でもない、なんなら1つ2つ蛍光灯が切れてるスーパー。
こんなとこに一緒に来れる幸せは、私たちの仲が日常と同一線上にあるということで…いろいろあった私には、この上ない幸せなのだ。
「あらあら…あなた達!最近めっきり見なくなったと思ってたら…」
「…あっ!」
通りすがりに声をかけてきたのは、アパートの隣人、吉備須川さんだった。
あまりに荷物の多い彼女の引っ越しを気の毒に思って手伝ってしまい、結果的に吉良を巻き込んで吉備須川さんの標的にさせてしまった…という経緯がある。
相変わらず化粧の濃い吉備須川さん。
長いつけまつ毛がバサ…っと音がしそうな勢いでパチパチまばたきをしている。
「…引っ越した、わけじゃないわよねぇ?」
ヌメっとした手つきで吉良の腕に触ろうとするから、私は身を挺して守る。
おかげで触ったのは私の背中。
チッ…っと小さく舌打ちしたの、聞こえましたよ。
「そろそろ引っ越します。いろいろ、お世話になりました」
私の代わりに吉良が言ってくれて、守った腕を私の肩に回してくれた。
「いいえ…!それにしても吉良っち…1度くらいお近づきになりたかったわぁ…」
身をよじった姿がさらにヌメりを増したように感じて、私は慌てて「失礼します」と言って彼女から離れた。
「…もうアパートも引き払った方がいいな」
吉備須川さんを振り返って吉良が言う。
「うん。一応来月いっぱいでアパートは出る事になってるんだけど」
実家の援助があってアパート暮らしをさせてもらっていたが、吉良との仲が進展して、最近はあまり帰らなくなっていた。
「…モネの実家に挨拶に行くわ。で、少し早いけどアパートは引き払って、新しいマンションが決まるまで俺のところにいればいい」
当たり前みたいにさらりと言う吉良。
私としては、吉良が私の実家に来て、両親や兄に会うなんて一大事なんだけど!