「…なに?プレゼント?ごめん。私何も用意してないや…」
「…いや…違う違う!でも、そう。まぁいいから!これ受け取って!」
箱を手渡して、錦之助は「じゃあな!」と、風のように帰っていった。
渡された箱からは、ふんわり甘い香りがする…。
テーブルに持っていって箱を開くと…
「…イチゴのケーキ…!」
生クリームがお花みたいにデコレーションされてる、片手に乗るほど小さなケーキだった。
…大好物なんだけど…!
錦之助、ケーキとか作れるんだ?!
でも聞いたことある。
理系脳は、お菓子作りが上手だって。
「落ち着いたらお礼しなきゃ。錦之助なら…ワインとかビールがいいかな?」
錦之助はそれから、1日置きに部屋に来て、何かしら食べ物を置いていくようになった。
それは色とりどりのお弁当で、ちょうど私が食べきれるくらいのサイズのもの。
…それが、すごく美味しい!
でも、どこか懐かしい味で、切なくなるのはなんでだろう。
…大晦日には、小さなお重を持ってきてくれた錦之助。
中は…びっくりするほど繊細に、きれいにおせち料理を詰められている…
「…ありがとう…!せっかくだから一緒に食べようよ。年越しそば作るからさ!」
錦之助は顔の前で大きく手を振って言った。
「…ムリムリムリ!絶対ムリ!こっから先に入ったら俺の命はないから…じゃ。よいお年を〜!」
小さく手を振って、錦之助は帰ってしまった。
呆気にとられながら…お重の中を改めて確認…!
大好きな伊達巻や海老、黒豆はもちろん、どうやって作ったのかまったくわからないゼリー寄せみたいなものが入っていた。
「テリーヌ…って言うんだっけ?」
どれも美味しくて、あっという間に食べてしまった…!
「…にしてもこれ…手作りだよね…」
まさか錦之助の?
料理が得意なんて聞いたことないけど…。
どちらにしてもこんなに美味しいものを届けてくれて、感謝しかない。
大学が始まったら、お礼に何かごちそうしなくっちゃ。
………
0時過ぎてからも、私は卒論をまとめるために机に向かった。
やがて初日の出が、カーテン越しに部屋の中を照らす頃…。
「…できた…!」
完璧ではないけど、何とか一通りまとめることは出来た。
ここから修正したり加筆したりして、予定通り1月半ばには提出できそう…。
椅子に座ったまま大きく伸びをして、ベランダに出て初日の出を拝む。
「…吉良さん、明けましておめでとうございます…。今年も1年、吉良さんに幸せが訪れますように」
あ…年が明けた瞬間も同じようなこと祈ったな…と気づいて1人、照れ笑いした。
会いたくないとか言いながら、ずっと吉良さんのことを考えていることに気づく。
「卒論終わって…気持ちを整理して、落ち着いて…吉良さんに会わなくちゃ…」
そうつぶやいて、部屋に戻った。
徹夜で卒論を書いていた私は、眠くなっていつの間にかウトウトしていたようで…。
ふと目が覚めると、いつの間にか日が落ちはじめる時間になっていた。
「…元旦に行かないと、いけない気がする…」
服を着替えて、吉良さんからのプレゼントのコートを着る。
ネックレスと指輪もつけたままだったけど…このまま外出することにした。
向かったのは近所の小さな神社。
ここも毎年元旦は、初詣客で行列ができる。
今年は夕方だからか、人影もまばらだった。
境内に入って本殿にすすむと、少し先に背の高い男性の姿が見えた。
黒いロングコートをさらりと羽織った姿…
嘘…
吉良さん…?
なんで…実家に帰らなかったの…?
思わずあたりを見渡してしまう。
もしかして、美麗ちゃんも一緒かな…って思ったから。
もしそうなら、気づかれないうちに離れたい…。
吉良さんはあたりを気にすることなく、綺麗な所作で、手を合わせている。
誰とも一緒じゃないとしたら、ここで逃げるのはちょっとおかしい…。
私は静かに吉良さんの後ろ姿を見つめた。
礼をして振り返った吉良さん。
早速私に気がついた。
「…あ、あけまして…おめでとうございます」
ペコリ頭を下げる私に、おめでとう…と返してくれた。
「…あの、吉良さん…」
話そうとする私に優しく頷いて、先に参拝をするよう促してくれた。
『…神さま、ありがとうございます。ここで吉良さんに会わせてくれてありがとうございます。…今年も吉良さんが健康で、世界一幸せでありますように…』
参拝が終わって後ろを向くと、コートのポケットに手を入れて、私をじっと見る吉良さんがいた。
…コートの裾が翻って…それだけでとっても素敵…。
顔が赤くなっていくのがわかる。
「モネ、ごめんな」
「…え?」
突然謝られて、驚いて見上げる。
「…携帯を持ちたくないのは、俺が原因だろ?だとしたらそれは、全部俺が悪いから」
だから、ごめんなさい…。
吉良さんが、ポケットから手を出して、姿勢を正して頭を下げてる…
「私こそ…ごめんなさい」
胸元に手をやって、ネックレスの存在と指輪に気づいてもらう。
「…せっかく買ってもらったのに、身につけたところを見てもらったこともなくて…」
言いながらコートのボタンを外して、ネックレスを見せた。
「…今のモネは、俺に包まれてるな」
眩しそうに目を細めて笑ってくれたから、ちょっと、そばに寄りたくなった…。
神社を出て、なんとなく一緒に歩き始める。
「何祈った?」
歩きながら吉良さんに聞かれて、隠すことも忘れて素直に言ってしまった。
「吉良さんの健康と幸せを…」
言ってから、ちょっと恥ずかしくなる。
「…ブレないな」
見上げると、吉良さんは前を向いていたけど…だからこそ見えた。
耳が赤い…。
「…俺も、モネの卒論がちゃんと完成して、大学卒業できること、祈っておいたから…」
あ…ありがとうございます...と言ったところで、私のアパートについてしまった。
「あ…ちょっと、お酒を飲もうと思うので、コンビニに行きます…」
コンビニは吉良さんのマンションの近く。
もう少し、一緒に歩きたい…。
コンビニ前まで来て、吉良さんが言った。
「俺んち…酒余って、困ってるんだけど…」
吉良さんらしくもなく、ちょっと照れたみたいに、さりげなく視線を外して…言われてしまった。
「…じゃ、の、飲ませていただいていいでしょうか…」
フッと笑顔になった吉良さん…私の背中を軽く押して、マンションに向かった。