これで、会えなくなってしまった…。
もしかしたら、この間に…美麗ちゃんと親交を深めてしまうかもしれない。
でも、そうなるなら…それを吉良さんが望むなら、きっとそれでいいんだ。
きっと…そうだ。
それから私は、ずっと後回しにしていた卒論に取り掛かった。
吉良さん一色だった私の大学生活の間で、一番勉強したかもしれない。
卒論が終わって、卒業見込みをもらえたら…吉良さんに向き合おう。
それまでどれくらいかかるかな…
今年最後の1ヶ月も終わりに差し掛かり、私は吉良さんに出会って初めて、たった1人でお正月を迎えようとしていた。
「…ねぇ!やっぱり私もこっちに残ろうかな…」
年末も卒論をすすめるため、実家には帰らないという私に、霧子が心配そうに言った。
「…何言ってんの?慧くん待ってるんでしょ?帰ってあげなって!」
慧くんというのは霧子の高校時代からの彼氏で、実家が近いらしく、毎年お正月は一緒に過ごしていると聞いていた。
私と吉良さんみたいだな…。
「慧はこっちにも来てくれるからいいんだよ?それよりモモのほうが心配…!」
私に抱きつく霧子。
さっきからハードグミをもぐもぐ食べながら話を聞いていた錦之助が口を挟んだ。
「…ダイジョブ霧子。モモの様子は俺が見てるから!」
そう言う錦之助をジト…っとした目で見る霧子…。
「…あんた、モモが吉良さんと別れたからって…さては狙ってるな?」
あ…。
まだ、別れてない。はず…。
「狙ってるとかないっしょ?それにモモはまだ…ギリ綾瀬先輩の彼女だよ?」
ギリ…。
確かに。吉良さんはまだ、ギリ私の彼氏。
「クリスマスもお正月も一緒に過ごそ!」
錦之助に人懐っこい笑顔を向けられて気持ちが和む。
霧子は私と錦之助に見送られて夜行バスに乗って実家に帰り、私は錦之助と遅めの夕飯を食べて帰ろうということになった。
「…ハンバーグ、だけでいいの?」
霧子同様酒豪の錦之助。
夕飯を食べる=居酒屋に連れて行かれる…って思ってたのに。
「もちろん。ワインもビールも飲まない!」
「はぁ?なに気を使ってんの?気持ち悪いから飲みなよ。どうせ我慢してるんでしょ?」
すすめてあげたのに、結局錦之助も私と同じハンバーグとソフトドリンクを頼もうとするから、私が気を使ってあげた。
「…じゃあ、ワインでも飲もっか?」
デキャンタで頼む?と聞いてみると、なぜかブルブル首を横に振って「とんでもない…!」と言われてしまった。
私と二人きりで酒は飲めない…と言われ、首をかしげているうちに、ソフトドリンクを注文されてしまった。
「…あのさ。モモ…少し痩せた?」
「ん?まぁ、少しね」
「何キロ?」
「え?」
「体重、何キロ減ったのよ?」
ずいぶん細かいことを聞くなぁ…と思いながら「…5キロ」と言うと、えぇっ!と驚かれた。
「5キロってヤバくない?元々華奢なのに5キロも痩せたら、風邪引いたりインフルとかさ…体力なくなって、病気になりやすいじゃん!」
「…食べなきゃ…とは思うんだけどね」
そう言いながら、ハンバーグも半分ほどで手が止まった。
「…やっぱ、綾瀬先輩のこと?…別れたわけじゃないんだから、無理しないで会いに行けばいいのに…」
綾瀬先輩、絶対甘やかしてくれるから…と言われたけど…。
「…今は、会いたくないんだもん」
「イケメン見飽きた?…嫌になったの?熱が、冷めた?」
さすがに4年めになるしな…と言う錦之助。
「全然違う!」
「じゃあ?好きなの?」
「大好きすぎてツライ…」
私はそれだけ言うと、ズルズルテーブルに突っ伏した。
錦之助の手が伸びてきて、何度か頭を撫でられ…なぜか弾かれたように手を離して、あたりを伺った。
…今までも頭を撫でるくらいしてきたのに、何をキョドってるんだろ…?
錦之助にアパート前まで送ってもらい、部屋に入るまで見送られた。
それはまるで監視…みたいで、ちょっと首をひねる。
5キロ痩せたって言ったこと、相当心配されてるみたい。
…やがて、クリスマスがやってきた。
今年はクリスマスもお正月もない。
こんなの受験の時以来だ。
一緒に過ごそっ!なんて言ってた錦之助もなぜか来ないし、正真正銘のボッチクリスマス。
吉良さんは…会社関係の忘年会続きかなぁ。
楽しく、過ごしていてほしい。
毎年、クリスマスは吉良さんと過ごしていたことを思い出す。
いつも素敵なレストランで美味しいディナーを食べさせてくれたけど、去年はすごく豪華なホテルを取ってくれた。
…部屋での食事のあと、シャンパンを開けて、一緒にお風呂に入りながら飲もうって誘われたけど…恥ずかしくて逃げ回ったっけ…。
私は学生でたいして何もできないのに、吉良さんは私に、惜しげもなく時間とお金を使ってくれたんじゃないかな…。
…引き出しから、小さなケースを取り出した。
小さな正方形の箱と、薄くて細長いケース…。
ここ数日、眺めることがなかったな…。
小さい方のケースには…ルビーとダイヤが散りばめられた、プラチナの指輪。
付き合ってすぐのクリスマスにもらった。
きらびやかでもったいなくて…傷つけたら嫌でつけられなかったけど、毎日眺めては喜びに浸っていたんだ。
そっと指にはめてみる…。
痩せたけど、リングサイズは変わっていないみたいで、ちょうどピッタリ。
2年目のクリスマスは…
細長いケースを開けてみる。
指輪と同じく、ルビーと小さなダイヤが花の形に型どられたプラチナのネックレス。
実は指輪とセットだったみたいで、私でも知ってる有名ジュエリー店のロゴを後から見つけて…やっぱり怖くてつけられなかったっけ。
2つとも、毎日眺めてるだけで幸せだった。
…ネックレスもつけてみることにする。
「…わぁ…綺麗…」
鏡の中で、特徴のない私が、品のある赤い宝石に華やかに彩られてる。
「…そういえば、もったいないとか無くしたら怖いとか言って、吉良さんにつけた姿を見せてない…」
何やってるんだろ。
なんだかとっても、悪いことをした気持ちになった…。
そして…ハンガーで吊るされてるコートに目がいく。
これ、実は今シーズン、一緒に選んでその場で買ってもらったもの。
私がもったいないばっかり言うから…って、他のコートを全部持っていかれて、必然的に着るようになった。
…今年も、何かプランがあったのかな…。
物思いに耽っていると…部屋のインターホンが鳴って、誰か来たことを告げる。
そんなわけないのに…今自分が考えていた人を思い浮かべてドキドキ…。
「…ヤッピー!メリクリ!」
ドアの向こうにいたのは…錦之助。
「…あ。思い出して…来てくれたんだ?」
内心のガッカリを出さないように気を付けながら、どうぞ…と手招きしたが…。
「…いやいや!やめとく。まだ、死にたくないし!」
それより…と言って、小さくてきれいな箱を差し出してきた。