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第10話

結局1日何もする気が起きなくて、ウトウトしては起きて…を繰り返した。


気づけば日が傾いて、カーテン越しに部屋を照らしていた日も陰ってきた。


…また、夜になる。


今日は、眠れるかな…




……………


どんなに悩んでもお腹は減ると知った。



「…うぅ…寒っ」



いつの間にか季節は進んでる…。


コートの衿をぎゅっと合わせて、コンビニまで急いだ。


途中…吉良さんのマンション前を通る。


辛いから別の道を通りたかったけど、暗くなった住宅街を通るのは気がすすまない。


マンションは見ないようにして、コンビニに急ぐ。


思いついてあまり飲めないのに何本かチューハイも買って、足早にアパートに戻ろうとした。




…それなのに。




どうして…神様はこんなに意地悪をするんだろう。



帰り道、吉良さんのマンション前で、立ち尽くす美麗ちゃんを発見してしまった。



アレはきっと…吉良さんを待ってる。


私は、動けなくなった。



見たくないのに、寒いのに、早く帰りたいのに。


美麗ちゃんを捉えた目はどうしてもそこから離れてくれなくて、その後彼女が何をするのか見届けたくなった。



するとしばらくして、姿を現した吉良さん…。


仕事帰り…だよね。


美麗ちゃんに気づいて、どうするんだろう。



吉良さんに気づいて駆け寄る美麗ちゃん。

ためらいなく腕を取ったけど、吉良さんはさりげなくその手を離した。


マンション前でしばらく立ち話をして…吉良さんが裏に回ったみたい。


もしかしたら…。


何度か、乗せてもらったことがある、吉良さんの車。


確か初めて乗せてもらったのは、お正月実家に帰省するとき。




…やっぱりそうだ…


目の前に停まった車に、美麗ちゃんが笑顔で乗り込む。




私が初めて乗せてもらうときは、助手席に乗っていいのか迷ったっけ…。


降りる時は「何の助手もできなくてすいません…」って謝って笑われた。


そのうち運転する吉良さんのカッコよさに見とれて…そんな私に気づいた吉良さんに手を繋がれた…。



…お願い。

そんな思い出の車に平気で乗らないで…。



願いもむなしく、車は駅の方向に走り出した…。



私はその場にうずくまって動けなくなった。




………


親切な女性に声をかけられて、アパートの近くまで送ってもらった。


何度もお礼を言ってから部屋に入って…

買ってきた缶チューハイを一気に飲んだ。



「…もう、やめよう…」



昨日の、美麗ちゃんと吉良さん。

今日の、美麗ちゃんと吉良さん。



見たことを整理して、納得して飲み込むなんて無理。


でも…吉良さんに面と向かって問いただす勇気もない。



だったらいったん、やめちゃえ…。



もうやめて、すべて手放そう。




私には、まだやらなきゃいけないことがある。


頑張った就活…卒業できなかった、なんてことになったら本気でヤバいの。



「…自分のことに、集中しなきゃ」



シャワーを浴びて、もう一本飲めないお酒を飲んで、その日私はちゃんとベッドに横になって目を閉じた。




…………


「…あっぶなっ!大丈夫かよ?貧血?」


錦之助がフラついた私を咄嗟に支えて、心配そうに顔を覗き込んだ。


「…あ、ごめん」


昨日ほとんど何も食べられず、飲めないお酒を飲んだからか、朝からフラついた。


今日は出なきゃいけない授業がある。


心配そうな錦之助と別れ、講義室に行くと…いて欲しくなかった人がそこにいた。



「…あ!モモちゃん!ちょっと聞いてぇ!」



美麗ちゃん…。


何を言われるんだろう。嫌な予感しかしない。


「昨日吉良の車に乗せてもらっちゃった…!綺麗なもの見せてあげるって言って、ドライブに連れてってくれたの…」


そう…とは言ったものの。


…車に乗るところは見たけど、ドライブに連れて行ったかどうかはわからない。


それに、平日ドライブに連れて行くなんて…あの吉良さんが、信じられなかった。


それより…『吉良』って呼び捨てにするの、やめてほしい。




「あんまり興味ないみたい…!じゃ、そう報告しようかなぁ」


「…なにそれ?吉良さんに、何か報告してるの?」


とっさに詰め寄る私に、美麗ちゃんがしまった…という顔をした。


こんな言動、いつもだったら気づかないかもしれない。


美麗ちゃんは私の問いかけには答えずに、意味深な笑顔を残してその場を離れた。




…………


「…今日だけ、お願い」


一緒にランチをしながら、霧子に今夜一泊させて欲しいと頼んだ。


「…もちろんいいよ!でもさ…」


私の憔悴した様子から、おいそれと理由を聞いてはいけないと思ってくれたみたい。


私がおかしいとしたらそれは、吉良さんに原因がある…一択なわけで。



「…まぁいいや。今は何も聞かない!ネトフリでホラーでも観て、一緒に寝よ!」



ありがたい。

霧子…恩に着ます…!



携帯が壊れて、帰ったメッセージができなければ、吉良さんから連絡が来る可能性が高い。

それでも連絡が取れなければ…部屋に来ることも考えられる。



今は…吉良さんに会いたくない。



どういうことなのか、問い詰めないといけないのはわかってるけど、今は何も言いたくない。



シャットアウトしたい。




3年間のお付き合いの中で、初めて思うことだった。


やっぱり…私じゃ役不足だった。

恋人じゃなくて、セフレに落ちてた。

飽きられた…。


そんなことをもしも語られたら、ショックすぎて死んでしまう…。


だから今は、会いたくない。





結局、霧子の部屋には2泊させてもらった。


彼氏がいる霧子、デートだってあるのに、これ以上付き合わせたら悪い。


遠慮しなくていい…という優しい言葉に感謝しながら、自分のアパートに戻った。




階段を上がると、私の部屋の前に吉備須川さんとこちらに背を向けた男性がいた。


あの背中は…



「…あー…帰ってきちゃった…!」



残念そうな声に、男性がとっさにこちらを向いた…。



「…モネ、お前連絡…」



吉良さんが…私の正面に立った。





イラついた顔を隠そうとしない吉良さんに

怒られそうになって…思わず眉間にシワを寄せて睨み付けてしまった。


…何やってるんだろ、私…吉良さんに対して…。


吉良さんも初めての私の態度に驚いたのか、言葉を詰まらせた。



…私の反抗的な態度は止まらず、部屋の鍵を開けると、吉良さんが入るのを待たずにドアを閉めようとした。


さすがにおかしいと思ったらしい吉良さん。

瞬間的にドアを閉めさせまいと、手を伸ばす。



「…なんだよ。入れない気?」




「…はい。入らないでください」



ハッキリそう言った私を見て、一瞬ドアにかけられた手の力が緩んだ。


その隙を見てドアを閉め、ドアの向こうで吉良さんが声を張り上げた。


「お前携帯はどうした?繋がらないだろ?」


「壊れました…。しばらく治りません。新しいのも持ちません。連絡は、取れません」


それだけ言ってドアのそばを離れて、ベランダに出る。


しばらくして玄関からコンタクトを取るのをあきらめた吉良さんが、ベランダを見上げた。


…なんでそんなに悲しそうな顔をするの?


私も泣きそうになって、慌てて部屋に入った。


………………


吉良さんはその後も、私が帰るのを見計らったようにアパート前で待っていた。


…合い鍵を持ってるんだから、中で持ってたら絶対に捕まえられるのに。


そうはしないんだ…。




「…なんで携帯を持たないんだよ」


前を通り過ぎようとする私に声を掛ける。


「…持ちたくないから、です」

「俺からの連絡…うっとおしい?」


言われてとっさに顔を見上げてしまう。

…うっとおしいなんて、思うはずない。


3年間、ずっとあなたからの連絡を待ってた。

着信にはいつまでも慣れなくて、緊張してばっかりだったけど…でも、嬉しかった。



「…俺、なんかしたか?」



した…よね?

私が知らないと思ってる?

バレてないって?


それとも私の勘違い?

だとしても、部屋に入れたのは許せない。



「…今は話したくないです」



「…わかった。俺もこれからしばらく、仕事が忙しくなる。…少し、距離を置こう」



距離を、置く。


下を向いた私の目に、革靴の足元が映る。

視線をあげていけば、何度も閉じ込められた胸…腕枕してくれた腕、繋いだ手…。


固く閉じられた唇は…何度も口づけられて、唯一私をモネ…って呼んでくれた。


二重の意志の強そうな目は、いじわるだったり、妖艶に光ったり…


でも…。


こんなに悲しそうな吉良さんの目…見たことない。



目のふちいっぱいに溜まった涙が、まばたきと一緒に溢れた。

一粒…二粒…。ハラハラと…


「…モネ…」

「…距離を置きます」


伸ばしかけた腕をパタンと下げた。


「話ができるようになったら、うちへ来て」


待ってる…っと言って、吉良さんは立ち去った。


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