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第8話

「まず…肩と背中を揉んで」


「…は、はい」 


催促されて…両手を肩に置く。

滑らかできれいな肌…。


こんなあられもない格好でそばにいるなんて…心臓が口から出そうなのを必死で飲み込んだ。



「…さっきから鼻息荒いぞ?もしかして…ムラついてんの?」


「ちちち…違います!お肌がきれいだから、み、見とれるっていうか、ドキドキするっていうか…!」




必死に弁解しつつ、慌てて肩を揉み始めた。



広い背中に厚い肩…。


私の手じゃ、揉んでるのかくすぐってるのかわからない…!


それでも必死で揉んでいたら、ツルっと手が滑って前のめりに吉良さんの背中に倒れてしまった。



「…ご、ごめんなさい…」


体勢を直そうとしたのに、吉良さんが肩越しに両手を掴んでくる…。


「…いいから」


いや、でも…密着してて焦る…!


「あの…その、この体勢だと…落ち着かないっていうか…」


モゾモゾ動けば、その感触は、吉良さんにも伝わってるはず…!



「…お腹、洗って…」


吉良さんの声が…ちょっと色気を増してるように感じる…。


後ろにいる私の手を、脇から通して自分のお腹のあたりに持ってきた。

鍛えられた腹筋の、割れた筋肉を感じる。



「…もっと、下」


「…え?あの…」



不意に手を取られ、慣れない感触に驚く。





「…あぁ…モネ…」



名前を呼んでくれるのが…最高に嬉しい…。


………


暗闇の中、急に感じる指先の熱で起こされるのは、本当は嫌じゃない。


男性としての欲を感じた時、私を思い出して抱きに来るのだって、嫌じゃない。



「…今日も、泊まってほしいです…」




毛布の中で抱き合う幸せ。

私達の間に、何一つ邪魔するものがない幸せ。



吉良さんがそばにいてくれれば、どんなときも最高に幸せになる。


吉良さんの体温と私の体温が混ざりあうとき、不安に思ったことも泣いたことも全部全部…消えていくから不思議。



ずっと、一緒にいたい。



私は強く吉良さんを抱きしめた。




ふと気づくと、外が明るくなってる…。


隣には…もう吉良さんはいなかった。


どうして起こしてくれないんだろう。

せめて行ってらっしゃいとか気を付けてとか言いたかった…。


ベッドから起き上がってテーブルを見ると、昨日勝手に開催された宅飲みの残骸が片付けられていた。


ゴミ1つない。

きっと部屋を出るとき捨てて行ってくれたに違いない。



昨日は片付けもしないで一緒にお風呂に入って、深く愛し合ったことを思い出す。



激しかったなぁ…吉良さん…。

あんなに余裕なくて激しいの初めて…


苦節3年…。

まさに今、吉良さんの恋人であるという実感に浸って目頭が熱くなる…。




実はお付き合いが始まって、わりと早い段階で手を出された私。



初めては…吉良さんの部屋だった。


大学院の卒業式が終わって、今のマンションに引っ越す前の一人暮らしの部屋で。


お祝いに手料理を振る舞おうと頑張って、見事失敗…。


呆れたように笑われたけど、平行二重のまなざしは、実は笑ってなくて…


「…本当に食べたいのはモネ」


狙いを定めたライオンみたいにジリジリ追い詰められたこと…鮮明に思い出す。


大好きな吉良さんが迫って来た時は、とんでもなく緊張した。


吉良さんの前に1人だけ経験はあったけど…そんなの子供だましだったとわかった。


あの頃…吉良さんは24歳。

当時も色っぽいって言葉が似合うと思っていたけど…今はそれが倍増してる感じ…。


吉良さんみたいな完ぺきなイケメン、嫌う女性なんていないから…吉良さんは今まで、数え切れない人と経験してきたんだろうな…。



だから、初めて抱かれてその後長い間放置された時は…がっかりされて、もう終わったって思った。


初めからちゃんと付き合うつもりなんてなくて…ただの遊びだったのかもって。


霧子は「イケメンだからってヤリ捨てはひどいッ」って激怒してくれたけど、私は仕方ない…って平気なふりをしてた。




それなのに…スーツ姿で家に突然やって来て


「入社式終わった…」


って玄関先で抱きしめるなんて。



その場で何度もキスをして…「会いたかった…」なんて言われたら、怒るなんてできなくて…こうして会えるなら、何をされてもいいって思った。



すぐ近くのマンションに引っ越してきたと知ったのもその時。



ほんと、目と鼻の先で驚いた…。



「配属先に近いんだよ」


一瞬私の部屋に近いから引っ越して来てくれたのかと妄想したけど、一瞬でかき消された。


その後、私の部屋のベランダから、吉良さんの部屋の玄関先が見えると知って。


…いらぬ心配をしてしまった。


いつでかけたとか、どんな服を着てたとか…吉良さんはプライベートが隠せなくなる。


…私が近くに住んでたら、1人で気ままに過ごしたいのに邪魔になるんじゃない?…って。



「…私、引っ越しましょうか?」


「…なんで?」


「いえ…邪魔になるんじゃないかと、思いまして…」



そしたら吉良さん、ジトっ…と視線を向けて、プイっと目線をそらして言った。



「…俺は仕事でほとんど家にいないし、モネにバレたくないことするときは家なんて使わないし…」



機嫌を悪くしたみたい…。


…え?なんで…?


それに私にバレたくない悪いことって…想像して、もう涙が出そうになった。



研修を終え、本格的に始まった吉良さんの仕事は、本当に大変そうだった。


たまに会えても疲れ切ってて、どこかに行きたい…なんて口が裂けても言えない雰囲気。


でも、どこかに連れっててほしいなんて思ったことなかった。

一緒にいるだけで嬉しかったし満足だったから。


お互いの誕生日とクリスマスとお正月。

それだけ一緒に過ごせれば、満足だったのです。



ただ…私も吉良さんも涼しい風が吹く季節の生まれだったから、1年を半分に割ると、春夏はほぼ会えなかったということになる。


来てくれる時は…いつの頃からか、夜這いみたいな形になって、コトが済んだら帰ってしまう吉良さん。


それでも…体に刻み込まれた吉良さんの形に慣れて、ソレがあるだけでもいいって思ってた。


セフレかな?って…悩んだことはあるにしろ、別れたいなんて…考えたこともない3年間だったのだ。




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