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第6話

気が変わらないうちに言われた位置に横になって、いつまでもソファで携帯をいじる吉良さんに、両手を差し出しながら思いきって言う。



「き…吉良…早く、来て」



敬称略で名前を呼ぶだけでこんなにドキドキして…私は3年もの間、何をやっていたんだろう…!


…ふと見ると吉良さんが携帯から指を離した状態のまま私を見て、固まってる…?!



「…今なんて?」


「…吉良…早く…来て…?」



急に目をパチパチさせて、足を組んで横向きになって…片手を口元にあてて考える人みたいなポーズでフリーズした…



…なんかまずかったのだろうか…。



そして思い切ったようにソファから立ち上がって、こちらに来た。



「…おやすみ」



横向きで待つ私の首元に腕を差し込んで…そのまま胸の中に閉じ込めてくれる。



「…吉良…大好き…」

「…」


返事の代わりに、大きなため息が聞こえた。



…ウトウトしかけて、頬に口づけられた感触でふと目を覚ました。



「…はぁ…きっつ…」



吉良さんの声を聞いて思った。

そういえば今日も…しないのかな?



でも…手は背中をまぁるく撫でている。




「モネち…かわい…」


またちっちゃく言われた…。

耳元で言うから聞こえちゃったよ…?

昨日に引き続き甘い吉良さんにどうしたらいいかわからなくなって…。


今度は私が固まってしまった。





…ベッドが軋む音で目が覚めた。


ぬくもりが離れて、ひんやりしていく感覚。


目を開けると、私の首元から腕を抜こうとしてる吉良さん…。



「…あの」


思わず腕を取ってしまった。


「…いったん帰る。モネはもう一回寝る時間あるだろ?」


なんだかいつもより触れる手と目つきが優しい気がする。




「…キス、してほしい」




上半身を起こしかけてた吉良さんのTシャツをちょっとつかんで、下から見あげた。


驚いたような顔で見つめられて恥ずかしくなって、急いで唇を合わせる。


私が体重をかけたから、吉良さんは仰向けに、必然的に私が覆いかぶさる格好になった。



私が上になってキスなんて初めて…!

どうしよう…


チュウ…とゆっくり唇をくっつけたけど…このあとどうしたら?



「…下手くそ…」



吉良さんに横向きにさせられて、チュッとついばむキスが降ってきた。


そっか、こうするんだ…。

一旦離れた吉良さんの唇に、もう一度私から口づけようとして…



急に仰向けにされて、開いた唇が近づいてきて…窒息しそうなキスが落ちてくる。


噛みつかれる…と思うほど性急に唇が重なった。


ハフハフ吐息をもらしながら…もう少しゆっくりしてくれないと…ついていけない…。


その時、私の上に覆いかぶさっていた吉良さんの下半身を感じて…そういう状況なんだと知る…。


切ないような感覚…答えるキスに熱がこもる…


ふと…密着していた体が離された。


「ごめん…」なんて。

聞いたことないこと、言わないで下さい。



「…時間ないから、戻る」


「…で、でも」


そんな状態で離れないでほしい。

ちゃんと私で満足してほしい。



「夜、ゆっくりな」



言われた意味はわかった。

今夜、ゆっくり愛してくれると?

まだ不安そうな視線をよこす私に、吉良さんは笑って言った。



「…驚いた顔すんな。体だけの関係じゃあるまいし」



…ドアの向こうに消えていく吉良さんを見送りながら、もしかしたらここしばらく悩んでいたことの答えが出たんじゃないかと思った。



私はセフレじゃなくて、恋人って認識? 

そうだよね?きっとそうだよね?


…そう…取っちゃいますからね?



「私桃音は…吉良さんの恋人の称号をいただきました…!」


大学のカフェ。

霧子と錦之助、3人でランチを食べながら、私は高らかに宣言した。



「…前からいただいてる称号でしょうよ?」


「…なのに不安になった原因を追求しろっての」



2人の言うことはごもっとも。

結局美麗ちゃんが言ってたことも聞けてないし…。


でも…悩み疲れちゃったから、しばらく幸せに浸っていたい、と思ったんだ。


それに今日は…またうちに来てくれるみたいだし…3日連続なんて、もしかして付き合って以来かもしれない…!


昨日はまさかの引っ越し手伝いをさせちゃったから夕飯なんて作れなかったし…今日は久々に手料理を振る舞おうかなぁ。



「吉良さんってどっちかっていうと外食が好きみたいなんだけど、今日あたり手料理振る舞ってあげたいなぁ…何作れば喜ぶかな?」



錦之助に聞いてみると、微妙な顔で笑う。



「…外食がいいと思うぞ?」



聞いてた霧子も付け加える。


「…あんた料理のセンス皆無じゃん!ほとんどやったことないんだから…変なことしないほうがいいよ?」


2人に笑われ、私は落ち込む。



そういえば、何度か振る舞った手料理、美味しかったものを聞いたことあったな…。


あの時の返事は…「白米」だったっけ。


料理…期待されてないのか…。


…………


久々に軽やかな気持ちで授業を終えてアパートに帰ろうと電車に乗った。


その時ふと…今朝の吉良さんを思い出してしまった。


「夜…ゆっくりな」


いつもよりずっとセクシーな表情で、色っぽい声で…。


そうだ…。

途中下車して、久々に「魅せる下着」でも新調しようかな…。


私は完全に浮かれていた…!



「あら桜木さんっ!待ってたのよ!」


可愛い下着を購入して、大満足でアパートに帰った私を待ち構えていたのは…。


昨日引っ越しの手伝いをしてあげた、お隣の吉備須川さん。


「…ただいま…です」


浮かれた気持ちに若干黄色信号が点滅する。

…今日は絶対何も手伝わない…!



「今朝…あんたの部屋から出てきた吉良くんに、ばったり会ったのよぅ…」



「…え?朝…ですか?」



あんな早い時間に…と思いながら、早速下の名前を聞き出したと知る。



「…朝帰りするとかさぁ、やっぱりあんたたちってなに?親戚とか?いとこ?」


本当は兄妹なんじゃないの?と決めつけて、それ以外のラブな関係とは思いたくないらしい。



「えっと…私と吉良さんは…」


恋人…なんて、恥ずかしくてなかなか言えない…!


…確か3年もその立場に君臨しているというのに…いつまでも初々しさが消えないのがちょっと悲しい。



「まぁいいわっ!昨日引っ越しの荷物を車で運んでた奴、弟なんだけど、あんたのこと可愛いって…!」



そう言いながら部屋に戻って

「タケーっ!」と呼んでる。



吉備須川さんの部屋からおずおずと現れたのは、金髪にピアス、派手なアロハに半ズボンという季節感のない服装をした男性だった。


年齢は…吉良さんと同じくらいかな?



「…どうも、竹矢って言います。タケって呼んでください…!」


派手な外見にちょっと引いたけど、えへへ…と笑う顔は人懐っこい。



「…じゃ早速、はじめようよ!」




吉備須川さん、弟を引き連れて勝手に私の部屋に入ってしまった…。



「…えっと。ちょっと…。な…何をはじめるんですか?」



慌てて部屋に入ると、彼女は一番目立つ場所に飾ってある、鯛のお頭付きと赤飯、そして吉良さんと私の記念の1枚をじっと見てる…。



「早く…呼んでよ。吉良っち」



吉良っち…?



「私は吉良っちと話したいの!仲良くなりたいの!せっかく隣に引っ越してきたんだから!」


「…あの?し、知り合いなんですか?」


「昨日初めて会ったのよ!…あんなイケメン初めて見た…。一目惚れなのっ」



すると弟のタケ、どこから持ってきたのか、お酒を運んできた。



「あ…の。これは、どうして?」



えへへ…と笑うタケ…。


慌てる私をよそに、吉備須川姉弟は、小さいテーブルにつまみをたっぷり並べてセッティング完了してしまった。



「ホラっ!さっさとイケメンを呼んで!」



言われた瞬間突然携帯が鳴り出し、取り落としそうになりながら着信に出た。



「…もしもし…」




「…家にいる?誰か来てんのか?」




愛しのイケメン彼氏さま…。



「…じ、実は、お隣の吉備須川さんと弟さんのタケに、何故か宅飲みをセッティングされてしまって…」


「はぁ?なんだそれ?」



様子から電話が吉良さんだとわかったらしい吉備須川さん。


投げキッスを送る仕草をした。



「…とりあえず行くから」



「…だ…ダメですっ!」



吉良さんが来たら、この厚化粧オバケ…違う…吉備須川さんに、蜘蛛の巣にかかった獲物のごとく絡め取られてしまう。


絶対くっつくもん…下手したらチュウチュウキスされるかもしれないもん…。


そしたら吉良さんも男だし、鼻の下をビロビロに伸ばしちゃうかもしれない。



「…なんだよダメって?」


「…だ、だって、蜘蛛の巣に…」


「はぁ?意味わからんっ!」


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