目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報
第3話

ぼんやり思い出を反芻していたら、ずいぶん陽射しが陰ってきたことに気づく。


「…図書館でも行こっかな」


霧子に居場所を伝えるメッセージを送ろうとアプリを開いて…思いついて吉良さんとのトークルームを覗く。


なんと…吉良さんのアイコンは、私なのです。


夕暮れの逆光で不意に撮られた1枚。

顔はもちろん、姿も私なんて全くわからない。


ただ長い髪のシルエットが、見る人が見れば女性かも?と思われる程度。


霧子や錦之助に見せても「100パーモモじゃない」って言うけど。


間違いなくこれは私。

一緒に歩いた河川敷…思い出すなぁ…。


…歩いただけたけど。



「ようっ!モモも資料探し?」



ポンっと肩を叩かれて振り向くと、そこに錦之助の笑顔。



あっ…ヤバっ。


吉良さんとのトークルームを覗きながら歩いてきて、霧子にメッセージしないで来ちゃった…。


慌てて居場所を伝えて携帯をしまった。




「…資料って?なんの?」


ぽやんとした顔で錦之助を見上げる。


「…え?卒論だろ?そろそろ準備しなくていいわけ?」


そうだった…。

もう11月も終わりに近づいて、私も卒論というやつを提出しなければ卒業が危うい。



「…理系は難しそうだよね…!まったくチンプンカンプン…」


「…俺は院進だけどな」


「そっか。理系はまだ勉強続くんだね」


吉良さんも院卒…と、またも心で吉良さんを思えば、錦之介の口からもその名前が飛び出して驚いた。



「そう言えば今夜、吉良先輩と飲むことになっててさ」



「…え?そうなの?」



「うん。吉良先輩って資格取得の勉強をずっと続けてるじゃん。仕事しながら大変だと思うけど、その辺実際どうなのかと思って」


経験談を聞かせてもらう…!と笑う錦之助。



…ちょっと待って。

吉良さんって、資格取得の勉強を続けてるの?

そんな話、聞いてないや…。



「…あ、のさ…私もちょっとゼミの先生に卒論のこと聞きに行ってくる、から。霧子にごめんって言っておいてくれる?」



錦之助にはそう頼んだけど…ゼミの先生のところには行かないで、アパートに帰るため電車に乗った。


何だか急に心臓がドキドキして、1人になりたくなったから。


何でも知ってるのがいいわけじゃないけど…錦之助と飲むとか資格取得とか。


私の知らない吉良さんの周辺情報に、たまにショックを受けることがある。


資格って…どんな資格なんだろう。

仕事で必要なものなのかな。

どのくらい難しくて、どのくらい勉強してるんだろう。


付き合って3年…短くないのに、そんなことも知らないなんて…


私はやっぱり、いつの間にか恋人からセフレに降格しちゃったのかな…。



電車に揺られる頃には、すっかり暗くなった外の景色。

ふと窓に目をやると、そこに暗い顔をした自分がいることに気づく。



「…あれ?モモちゃんじゃない?」



窓越しに視線を移すと、私より背の高い女の子がそばにいた。



「…あ!美麗ちゃん…!久しぶり」



大学の同期、津雲美麗ちゃんだった。




…………


「誘って良かったのかなぁ…あんまり顔色が良くないみたいだったけど」


「あ…。大丈夫だよ。誰かと一緒のほうが気が紛れるし…」



だったら霧子と錦之助の方が気を使わないでいられるけど…。


いいの。2人と一緒にいたら、また吉良さんの話をしちゃうから。



「…気が紛れるって…?」


美麗ちゃんにはてな顔をされてハッとする。


慌てていろんな理由をくっつけてごまかして、必死に違う話題を探した。



美麗ちゃんとは学部が同じで、会うとたまに話をする。


正直、2人だけでお店に入るとか初めてで…緊張してたのかもしれない…。



「…そうだ!美麗ちゃん、卒論って…」

「…モモちゃんの彼氏って、理工の院生だった綾瀬先輩だよね?」



やっと見つけた共通の話題だったけど、被せるように言われたのは吉良さんの名前で…私は自分の話を飲み込んで答えた。



「…そう、だね」



こんな風に吉良さんのことを言われるのは、3年経った今でも時々ある。

吉良さんはうちの大学では有名なイケメンだったから。



「…この間ね…会ったの。綾瀬先輩に!」




「…そうなの?」


また私の知らない吉良さんの話だ…と思ったら、ギュッと心臓が苦しくなった。



「…飲みに連れてってくれたんだ!2人で…」



2人で…?




「綾瀬先輩ってすごくお酒に弱いみたいで、首から耳まで赤くなっちゃうんだよ!」



うれしそうに話す声が遠くで聞こえる気がする。


知ってた…?と言われた時は、何の話だっけ?と、思うほど現実感がなくて。



「…もしかしてあんまり興味なし?付き合って3年でしょ?長いしね…そろそろ飽きる頃かなぁ?」



飽きる…って?


なにそれ、吉良さんが言ってたの?



「ちょっと呼んでみる?綾瀬先輩!」



携帯を操作しながらそう言うから、また嫌な予感が頭をかすめる。



「知ってるの?連絡先…」



スマホを耳に当て、私をしっかり見ながら言わないで…。



「知ってるよ。連絡先交換したもん」



あ…もしもし…!

と言い出した美麗ちゃんを残して、私は1人でお店を出た。


ごめんね美麗ちゃん、私…もうこれ以上は無理っぽい…。


1人になった時点で帰れば良かったのに、わざわざ傷つきに行ったような結果になった。


美麗ちゃんを置いて店を出てみれば、勝手に足が向かったのは、吉良さんのマンション。


実は吉良さんの住まいは、私のアパートの目と鼻の先にある。


就職と同時に引っ越してきたから、私と付き合い始めてまもなく、移り住んだマンションだ。


何度か、足を踏み入れたことがある。


リビングと隣の部屋はガラス戸で仕切られていて、開け放せば結構広くなりそうな間取り。


廊下の脇にもう1つ部屋があるみたいで…もしかして私の部屋なんじゃないかって妄想をしたことがある。


でも結局、同棲なんて考えてなかったみたいで、今でも私たちは別々に暮らしている。



携帯が振動して着信を知らせた。



「…あ…吉良さん…!?」



画面にはこの世で一番愛しい人の名前が光ってる。


さっき、美麗ちゃんと電話で話したのかな…出たい…でも、出たくない…

携帯を両手で握りしめ、光る名前を見る…




「…なにやってんの?」


結局無視なんてできない。

呆れたような冷たいような、吉良さんの声。


3年前と、変わらない。


そしてどうして電話してきたんだろう…?と思う。


もしかして、さっき美麗ちゃんがかけた電話で、私が飛び出していったことを聞いたのかな…。


そう思ったけど…なんとなく思った。


…美麗ちゃんは私の話なんてしないだろうって。




「今…吉良さんのマンションの前にいます」



「…俺ならいないぞ?」



…そうでした。

今日は錦之助が一緒に飲みに行くって言ってた。


でも、帰るまで待っていたい…。


思い切ってそう伝えようと口を開きかけて、早速の先制パンチ。




「…酒飲んだし、酔ってるから会えない」



美麗ちゃんとは2人で一緒にお酒飲んだのに?


…それくらいで会えない私って、吉良さんのなんなのかな?



ずいぶん前だけど、バーに連れて行ってもらったこともあったのに…。



恋人から降格…が頭をもたげ、辛い。




…私って、なんなの…


そう思うのに口に出せなくて、わかりました…なんて、3年も付き合ってる恋人にしては、他人行儀な返事をする。




ブチっと携帯を切って、私は自分のアパートに向かって歩き出した。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?