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第2話

カフェを出て霧子の授業が終わるのを待ちながら、毎年学祭の時に、特設会場が設営される場所に行ってみた。


あの日、吉良さんを見た時のときめきは、今でもまったく衰えていない。


いや…衰えてないどころか、もっともっと好きになってる。


あの時はまだ知らなかった吉良さんの一面。

特に…男性としての一面を知ってからは、もしかして病気なんじゃないかと思うほど好きで…。


誰も知らない吉良さんを知るたび、私はひとつひとつ好きを増やしていって、結果、何をされてもいいって思えるまでになった。


いつも受け身。いつも待て。


自由に連絡できないし、放置されることも多い。


でもそれを受け入れてるのは自分。


だって仕方ないの。

吉良さんはスーパー有名企業に就職したスーパーサラリーマンのうえ、顔面偏差値だってスーパーなんだから。


それに加えて…年齢を重ねるごとに私でもわかる色気を放つ、世界一のイケメンさん。



なのに…浮気らしき兆候を感じたことだけはなくて、それだけでもありがたいと思っている私はもう…吉良さん大好き病末期なのかもしれない。



……


そんな吉良さんとのお付き合いが始まった頃、私はろくでもないハプニングを起こしたことがあった。






「おやすみなさい」



私から連絡するのは控えて…と言われていたのに、うさぎが布団で寝ているスタンプと一緒にメッセージを送信したことがあった。



後に吉良さんに『どうでもいいメッセージ』なんて言われてしまったけど…


確かにこれから寝る宣言のメッセージなんて、面白くもなんともないと、今なら激しく同意する。


でもこのときはただ、やり取りをしたかっただけなんだ。


おやすみ…に、おやすみが返ってくるだけのやり取り。


今ならそんなメッセージを送って、吉良さんの貴重な睡眠時間を削ってはいけない…としか思わないけど…。


あの頃は恋人になった証…みたいなものが欲しかったのかもしれない。




…当時錦之助に、理工学部の院生たちの様子を探ってくれるよう必死に頼んで、どうやら卒論が完成した先輩たちが続出しているらしいと聞いた。



それなら吉良さんにも少し余裕ができてるかもしれないと、思い切って送信したメッセージだったんだけど…



ずっと、既読はつかなかった…。



朝起きて、やらかした…と思った。



「おやすみなさい」というメッセージは、朝になったら何の意味もない。


既読がついていないのをいいことに、メッセージを取り消そうと操作しようとした瞬間…


ついた既読。


ぽん…と送られてきた、ウサギが真顔で立ち尽くしてるスタンプ。

アプリ開きっぱなしの私の既読はすぐに付いただろう。




その瞬間、携帯がにぎやかに鳴り出した。

画面に光る…吉良様…という文字…



「…いやぁっ…!」と短く叫んでベッドの上に放りだしてしまった。。



まさか電話がかかってくるなんて…!吉良様からの電話なんて…。


どうしようと見つめるも、無視なんてできっこない…震える手で着信に出た。



「…出るの遅くない?」


「す…すいませ…」



不機嫌そうな声に焦って、私は思わずその場で立ち上がり、不安定な足元によろめいた。


ヤバ…ここベッドだった…と思ったときはすでに遅く…



「…ひゃあ…っっ!」



バランスを崩した私は、携帯を耳に当てたまま叫んでベッドから落ち、けたたましい物音を吉良さんに聞かせてしまった。






「…おバカなの?それともドジっ子?」



部屋にやってきた吉良さんによって、私は救出された。



「…両方、です」



それより生活感丸出しの部屋と、イケてない部屋着を見られて死にそうなんです…!


今からでもいいから目をつぶって欲しい…



真っ赤になった私の顔を覗き込んだ吉良さんは、鼻の頭と頬に、軽い擦り傷があるのを見つけた。



「薬は?絆創膏?」


「…いえ。私の顔に絆創膏なんてもったいないです…」



…そんなことより吉良さま…目をつぶってくれませんか?



「…何する気?」



うわぁ~っ!

無意識に声に出して言ってた…!




「違うんです…!目を閉じて欲しい理由は決してやましいことではなくてですね…」



…もう何を言ってるかわからない…!

このまま穴を掘って埋まりたい…。


吉良さん、慌てる私を見て、薄く笑った。



「…薬になるかな?」



しどろもどろで真っ赤かの私の顎をスッと掬い…そのまま美しいお顔が近づいてきて、傷跡に触れるか触れないかのキスをしてくるなんて。



私の顔はゆでタコ状態。


そして心臓は瀕死状態になった…。





霧子の授業が終わるのを待ちながら、考えるのは吉良さんとの思い出ばかりで、自分でも苦笑する…。




それにしても不思議…と、また記憶を過去に戻して思う。


吉良さんとの電話中にベッドから転げ落ちたあの時、どうしてすぐに私の部屋に来れたんだろう?


そして、私の部屋番号を知っていたんだろう…。



しばらくして、吉良さんに確認したことがあった。



「…それってそんなに重要?」



今すぐ答えなきゃいけないの…?と聞かれたと思う。


眉間にシワを寄せて私を見る目はちょっと怒っていて…その苛立ちを瞬時に察知した私は慌てて言った。



「…いえ。いいんです。ごめんなさい…」



すぐに疑問を引っ込めた私に、ちょっと満足げな視線を落として言う。



「錦之助…?俺の周りをやたらチョロチョロしてる奴。あいつに教えられたんだよ、確か」



後で確かめたら、誓って教えてない、と言われてしまったけど。


その後同じことを聞けるはずもなく…

結局謎のまま、現在に至る…。



………


その後吉良さんは、内定をもらった就職先の懇親会とかで忙しそうで、卒業までほとんど会えなかった。


会えなくても毎日加算される「好き」は積み重なって、部屋いっぱいにたまると苦しくなる。


嫌われたくないなら、会えなくても知らんぷりして生きていなきゃいけないのに、連絡のない日が3週間になるとさすがに不安になった。


積み重なる「好き」に加えて、ずっと放置されてるため息までたまっていくから、もう部屋に酸素がない。



あの時は…息も絶え絶えの私を見かねた霧子と錦之助が、交代で遊びに連れ出してくれていた。



次に吉良さんに会えた時を妄想して、霧子に服を見立ててもらったり、メンズの服を見て回って吉良さんに似合いそうな服を探したり…。




そんなある日、錦之助が映画に誘ってくれて、映画館の前で待ち合わせた。


チケットを受け取って中に入ろうとした時…携帯が鳴って画面を確認すると…



「…え?吉良さん?」


驚いた声をあげる私の手元を、錦之助も驚いて覗き込む。


「…連絡来たじゃん!やった!」


錦之助が喜んでくれて、思わず私の頬も緩む…。



「…もしもし」



錦之助はちょっと離れてくれたけど、それでも友達の前で吉良さんと話すなんてちょっと照れる…!




「…今誰と一緒にいる?」




聞いてる私の耳まで凍りそうなほど冷たい…氷点下の声…。



「…えっと、錦之助…です」



何か問題があるのだろうか…。



「錦之助となにしてんの?」


「え、映画を観ようと思って今…映画館に…」


吉良さんは何を観るのか聞いてきたのでホラー映画だというと、氷点下の声はさらに冷たくなった。



「…ホラー映画を男と観て、怖かったら抱きつくんだ?」



えぇ…っ?!

そんな予定、皆無ですが?想定外ですが?


もし錦之助が『怖いっ』てすり寄ってきたら、張り倒してやります…!


…と瞬時に思ったけど…


「そんなこと、しません」と言うのが精一杯だった。



「そのホラー映画、俺も観たかったんだよな…」



そう呟かれてハッとする。


じゃあ楽しんで…なんて言われて携帯を切られそうになったから、慌てて言った。


「…観ません!錦之助と映画観ないので、吉良さんと観たいから…待ってますから…」



「…そぅ?じゃ、待ってて」


電話の向こうの声が急に春めいたので、私もホッとして、「…いつ頃…」と聞いてみると…


すでに携帯は切られていた…。



それでも…この日の映画はキャンセル。

錦之助に謝り倒した。



錦之助はそんなの気にするなと言ってくれたけど、それより…と顔を寄せてくる。



「今の電話、絶対嫉妬だよな?綾瀬先輩可愛いとこあるじゃん!」


「か、可愛いなんて…!」




そんなこと言って、もし吉良さんの耳に入ったら大変なことになる…!


そればかり心配で、嫉妬されたなんて全然思えなかった。




…結局この後、吉良さんに改めて映画に誘われることはなく、観たかったホラー映画は上映を終えてしまった。



そう…映画を観るのを邪魔されただけ。


でもしばらくして、配信されたのをお家で一緒に観たんだけど…途中で吉良さんが豹変したから、最後までは観せてもらえなかった。


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