「~~~っ、―――!?―――ッ!!」
カイラに蹴り飛ばされた柄の悪いひげ面の男は、水で濡れた顔を怒りで真っ赤にさせて、カイラに英語で怒鳴り、彼に詰め寄ろうとする。
「英語でペチャクチャるせーんだよ。俺の前でタバコ吸ってんじゃねーよ。俺に、その有害な煙を吸わせてんじゃねぇ!」
カイラは相手には分からない日本語で怒鳴り返すと、中指を突き立てて睨みつけた。相手はカイラが何を言ったのか一ミリも理解していないが、自分がひどく侮辱されてることだけは理解したようだった。
中指を突き立てる…これは日本でもタブーとされる侮辱行為だが、アメリカではその認識が特に強く根付いている。アメリカ全国全土共通で、中指を突き立てられることは最上位の侮辱行為となっている。
今この場面…カイラに中指を突き立てられた柄の悪いひげ面の男も当然ブチ切れてしまい、問答無用でカイラに殴りかかってきた。
「っしゃらぁ!!」
相手をギリギリまで引き付けて、パンチを躱した直後、カイラはまず相手の脚に強烈なローキックを放った。キックをくらった相手は激痛のあまり怯んでよろけてしまう。それによって頭の位置がカイラの胸元まで下がったところで、カイラは続けざまに容赦の無い蹴りを、相手の顔面に叩き込んだ。
「――っ!?」
相手は鼻から血を盛大に噴出させ、顔ものけ反らせてバタリと倒れてしまう。そこにカイラは何の躊躇も無しに追撃する。相手の無防備な腹や胸、顔にも踏みつけをくらわせていった。
「オラッ!喧嘩慣れしてそうでもしょせんはロクに鍛錬もしてないカスだな!?いっちょ前に殴りかかりにきやがって!ヤニカスのくせに!!」
数十秒程踏みつけ続けて、溜飲が下がったところで攻撃を止めると、カイラは「あースッキリした」と呟いてその場を去る。残された柄の悪いひげ面の男の顔は、踏まれまくったことで目が失明しかけてたり鼻が潰れてたりと、悲惨な状態となっていた。
今しがた喧嘩を終えたカイラがもう少しどこか行ってみようかと考えていると、彼のもとに誰かが近寄ってきた。酒瓶を手にしていて太い腕が特徴の大男だった。
「Hey!―――。――――!」
大男は酔っぱらっているらしく、不機嫌な顔で呂律の回ってない口から英語でカイラに何か喋りかける。そして酒瓶を地面に叩きつけて捨てると、拳をゴキゴキと鳴らしてカイラににじり寄ろうとしてきた。様子からして、カイラが気に入らないか何らかの理由で、喧嘩をおっぱじめようとしてきている。
大男は吠えるように声を上げながら、太い腕でカイラに殴りかかってきた。
「何か分からないけど、喧嘩売ってきてんだな?しかもさっきのヤニカスよりは強そうだ」
いきなり喧嘩を売られたカイラだが望むところだとその喧嘩を買い、迫りくる相手のパンチをさっきと同じようにギリギリで躱して、大男の懐へ潜り込んでからのアッパーカットを繰り出して、相手の顎を撃ち抜いた。
「~~~っ!―――っ」
大男は後方へよろけたが倒れることなく踏み止まる。そして足元に落ちている先程の酒瓶を拾い上げると、今度はそれで殴りかかってきた。
しかしカイラは大男の酒瓶振り回しをひょいひょいと軽く躱して、翻弄していく。攻撃が当たらないことに憤慨した大男は、カイラ目掛けて酒瓶を投げつけてきた。
「……!」
カイラはこれも躱そうとしたが避けきれず、瓶の先端を右目辺りにぶつけてしまう。カイラが痛みに怯んだ隙に、大男が接近して蹴りを放ってくる。
(……!こいつ、喧嘩慣れしてやがるな……。体がデカい分、一撃も大きい。だが、動きは単調で鈍い!)
両腕を交差させて大男の大振りな蹴りを防ぎ切った後、カイラは足に力を入れると持前の瞬発力を発揮して、大男の死角へ回り込んで、その横面にストレートをぶつけた。モロにくらった大男は視界をぐるりとさせて転倒してしまう。そこにカイラはさらに追撃をかけて、相手の起き上がる気配が無くなるまで殴り続けた。
「……よし。喧嘩慣れした男相手でも、一対一ならもう余裕で勝てるようになってる。そらそうだよな、血のにじむような鍛錬を積みまくったんだから、プロ格闘家でもない限りは、喧嘩で負ける気がしねー」
路上での喧嘩に全勝したカイラは、鍛錬が順調であることを実感したのだった。
それからもカイラは一人鍛錬と路上での喧嘩を交互に繰り返す日々を過ごした。カイラのアメリカ生活は鍛錬漬けだけにはならず、彩菜とのイチャイチャな日々も含まれていた。
少し遠くのお店へ一緒に買い物行ったり、映画鑑賞をしたり、一緒に料理をしたりと、恋人あるいは新婚の男女を思わせる二人暮らしを充実させてもいた。もちろん、親密になった男女がやるという、夜の営みを愉しんだりもしていた。
鍛錬を始めてから三か月後。
カイラの体は以前とは見違えるほどの成長を遂げていた。そこそこの筋肉質で細身だった上半身は、プロボクシング選手並に引き絞られたものへと変わっていた。分厚くなった胸板とシックスパックの形で浮き出た腹筋、大きな瘤を思わせる肩から伸びてる、筋肉が詰まった腕。
下半身は走り込みやキックトレーニングで極限まで引き絞られており、力を入れるとその脚の筋肉は鋼の硬さと化す程となっている。
カイラの肉体がここまで大きく強く変化を遂げたのは、彼自身の過酷なトレーニングもあるが、充実した食事と睡眠、その他色々なことも関係している。体を強くつくる為の食材に加えて、プロテインとサプリメントも適量で摂取し続けた結果、今のカイラがある。
「……仕上がった。この体は見掛け倒しなんかじゃない。素人相手なら余裕でぶちのめさせられるし、機動力もひと月前以上だ。これだよ、俺が望んでいた強い肉体……ようやく手に入れた!」
「うん、カイラの体、凄くカッコよくも仕上がってる。今度えっちする時にその体で私を抱いてくれるって思うと、楽しみになってきちゃった」
「え……まぁそうかもな。彩菜もありがとな。体に良い食材と高いプロテイン用意してくれたお陰で充実した食生活も出来たしな」
「どういたしまして。カイラと食事したお陰で私も何だか肌つや良くなったし。でも、お肉が付き過ぎたのがちょっと……」
「そうか?むしろ以前が瘦せ過ぎてたくらいだったから、今の方がより魅力が増したように見えるぞ」
「カイラ……嬉しい!」
そんな惚気た会話を挟みながらの朝食を終えた後、二人はある場所へ向かった。カイラの一番の目的である拳銃が購入出来る銃のお店である。
ハンティングライセンスを取得したことで銃を買えるようになったカイラは、殺人で使う拳銃を厳選して、その一つを購入した。コートの深いポケットに隠せるサイズかつ初心者も簡単に使える物である。
施設で一通りの訓練を経たカイラだが、外で使うならまずは初心者向けと決めて、あえてそれを選んだのだった。
「やったぞ…!銃だ、銃を手に入れた!これで殺人がますますやりやすくなったぞ!」
「おめでとう、カイラ。ねえねえ、ちょっとその拳銃構えて見せてよ」
店内でそうはしゃぐ二人を見る店員は、特にカイラが邪悪な笑みを浮かべているのを気味悪く思うのだった。
その他にも銃弾や整備用具などの買い物も終えてお店を出た後、帰り途中何か美味しい物買って帰ろうと話しながら街路をしばらく歩いていると、カイラと彩菜の前に柄の悪い男の集団が立ち塞がった。
「こいつだ!こいつだぞお前ら。女連れて歩いてやがった!」
英語で仲間たちに話しかけてるのは、以前夜の路地でタバコを吸っていたところをカイラに狩られた、ひげ面の男だった。