「過去に桐山さんをムカつかせた人……。いったいどれくらいいるんですか?」
目の前に狂人的思考をしている男がいるにも関わらず、彩菜は変わらずカイラに普通に質問する。
「簡単にまとめると……小中学校時代、高校時代、大学時代、そして去年まで勤めてたところ。各時期に俺をムカつかせたクソ野郎どもを片っ端からぶち殺しに行くんんだ。
ああ、思い出すと今でも怒りがこみ上げてくる。ずっと蟠り続けてたこの殺したい気持ち……。大人になってからもずっと、あいつらを殺したいなぁって思い続けてた。あいつらがいるところへパッと移動して、サクッと殺せたらなぁって、何度も何度も想像して妄想していた……」
質問に答えていたはずが、カイラは途中から彩菜がいるのも忘れてるかのように独り言を喋り続けていた。
「それがどうだ!?この“殺人許可証”があれば、ずっとムカついていた中学の時の奴らも、高校の時の奴も、大学の時の奴らも、勤めていたところの奴らも!居場所さえ割り出せば後はただ殺すだけ!
後のこととか何も考えないで、頭空っぽにして、ただ感情のままに殺すことが出来る!この“殺人許可証”のお陰で…!」
根に持つタイプというものが存在する。何かされたり言われたことに対して人並以上に気にし続ける、嫌な気持ちを継続させてしまうというものである。
カイラはその極端なタイプであり、今となってはもう15年近く前のことであるにも関わらず、その時に経験した嫌がらせ・悪口や陰口を言われたことが未だに彼の頭の中でグルグルと渦巻いて残ったままでいる。
何年経とうとも自分を貶めたこと・傷つけたことを根に持ち続け、その原因となる者たちの存在の抹消を望み続けているのが、桐山カイラである。
「加害者どもは十数年前に自分たちが俺にしてきた嫌がらせ・侮辱発言のことなんかとっくに忘れてんだろうな。被害者の俺の気持ちなんか少しも考えずに俺を貶めて傷つけて…。十数年経った今、仮に俺がそのことをあいつらに指摘したら、あいつらはきっと“時効”で済ませようとするんだろうなぁ」
「……………」
「けど、そうはさせねーよ…!人を殺すのを許されるようになった今、俺はあの頃受けてきた屈辱を、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすという動機で、あいつらを殺しにいくんだ…!
時効とか知るかよ。それはてめぇらの都合だ。俺には関係無い。あの時のことが許せない、殺す理由それだけで十分だ…!」
カイラの一人語りを彩菜は黙って聞き続けていた。カイラのあまりの根の持ちように対してどう感じて何を思ってるのか、それらは彼女にしか知り得ないことである。ただ傍から見ると、少なくとも彼女がカイラを軽蔑しているようには見えなかった。
「………ごめん。熱くなって一人で喋り過ぎてた。気持ち悪がってない?」
「いえ、大丈夫です。要は、その人たちを殺しにいくことが、桐山さんにとって必要なことなんですね?」
「ああ、そうだ……そうなんだよ。そうしないと俺はいつまで経っても、このモヤついたやつから解放されない。過去にムカついたあいつらが何度もちらつくのはもうたくさんだ。あいつらが死ぬところをこの目で見ないことには、定期的に起こるこのイライラは無くならないんだろうな」
「桐山さんにとってそれだけ許せない人たちなのですね。私も学生だった頃、嫌なことを言ったり嫌がらせをしたりする人はいました。私は被害に遭わなかったから、桐山さんの気持ちを全て分かってあげられませんが……」
「いいよ。聞いてくれただけでもありがたかったし。そういうわけで、俺は殺したいなぁって願望ある奴らを捜し出して、殺すこともしようって思ってんだ。
ただ……問題があるんだよなぁ」
「問題?」
「ずばり――金だ。普段の生活費に加えて遠征費、凶器の調達、遠征先での宿泊費……他にも色々金がかかるはずだ。
しかし俺はもうほぼ無一文!まずは金を稼がないといけない。いちおう“殺人許可証”を盾にして、金持ってそうな奴から強奪しようかなっていう候補あるんだけど……復讐かムカついた奴以外の人間を殺すのはさすがに気が引けるから、最終手段として保留にしてる」
保留なんだ……と彩菜は苦笑いしつつも、カイラがお金に困ってることを知り、これは丁度良い、と何故か待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべた。
「それで、真部さんに一つ頼みたいことがあるんだけど……」
(私も桐山さんに一つ提案したいことがあるんです――)
カイラが口に出して切り出そうとするのに対し、彩菜は心の中で提案を言う準備を整える。そして二人は同時に声を揃えて、
「俺にこれからどこに投資すれば儲かるかの投資先を教えてくれ!」
「私に桐山さんの殺人を手伝わせて下さい!」
「………え?」
言った後、カイラは驚愕で目を見開いて彩菜を見た。
「お、俺の殺人を……手伝いたい?そう言ったのか?」
「はい。具体的には、桐山さんの生活収入を、私が全部負担するんです。生活費も遠征費も凶器の購入に必要な資金も、私が全部出します」
うっとりした表情でそんな提案を口に出した彩菜に、カイラはこれは予想外だと驚愕するばかりだった。
「そ、それってつまり……俺が真部さんに養われる、あんたのヒモになるってことじゃん…!」
「はい!養わせて下さい!」
改めて、真部彩菜が変わった女であると思わずにはいられないカイラだった。