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アレは毎日するものだ
田鶴
文芸・その他ショートショート
2024年11月01日
公開日
2,826文字
完結
夫婦関係の「アレ」に悩んでいた美穂が、学生時代からの友人皐月にそのことを相談すると、彼女はためになるという本を貸してくれた。そのアドバイス通りにしたら、なんでも夫婦関係が改善したというのだが、なんかおかしい? 「アレ」とは一体?!

アレは毎日するものだ

 学生時代からの友人同士の美穂と皐月さつきは久しぶりに会って話が盛り上がり、話は次第に夫の愚痴へと向かった。


 その愚痴もほとんど出終わった頃、とうとう美穂は話しづらそうに切り出した。


「ねえ、ちょっと言いにくいんだけどさ……最近、がさぁ……ご無沙汰なんだよね」


「アレって?」


「何言ってるの、夫婦の間のアレって言ったら、でしょ」


 美穂はキョロキョロ辺りを見回して声をなお一層潜め、皐月のほうへググっとテーブルの上に身を乗り出した。


「こんなこと、ここじゃ大きな声で言えないよ」


「そうだよね。あのね……」


 皐月も身をテーブルの上にせり出してググっと美穂のほうへ近づいた。


「私達が結婚した頃はねぇ……毎日してたよ」


「そ、そう、だよね、そのぐらいの勢いだった」


 美穂は新婚の時だって週に1回があればいいほうだったので、内心驚いたが、なんだか悔しくて認めたくなくて同意した。


「うんうん、玄関で毎朝してたよね」


「げ、玄関?!……ぶわっ、ゴホゴホゴホゴホ……」


 美穂は飲みかけていたコーヒーをブハーッと盛大に口から噴き出してしまった。皐月は慌てて後ろにのけぞり、下を向いてブラウスにコーヒーが飛んでいないかくまなくチェックした。


「ちょ、ちょっと! 汚いよ! 今日明るめの色のブラウスを着てきたのに!」


「ごめん、ごめん、クリーニング代出すよ」


「まあ、いいよ。汚れてなかったから。それよりテーブル拭く布巾を持ってきてもらおうよ」


 皐月が店員を呼び、テーブルを拭いてもらった後、コーヒーを再度注文して2人は話を仕切り直した。


「で、話聞かせてよ。本当に玄関でしてたの?」


「うん、たいてい毎日だったね」


 皐月は遠い目をした。美穂は皐月を手招きして彼女の耳に口を寄せ、コソコソッと囁いた。


「お盛んだったんだね」


「でもさ、新婚時代ってそのぐらい普通じゃない?」


「えっ、ま、まぁ、そうだよね」


 今度はコーヒーは美穂の口の中に入っていない。ちょっとしどろもどろになったが、美穂はなんとか切り返せた。


「ここから関係を改善していくんだよ」


 そう言われても美穂にはハードルが高い。なんと返答すればいいのか迷っていたら、皐月がハンドバッグの中をゴソゴソ探し始めた。


「このアドバイス通りにしてみたの。貸してあげるから、騙されたと思って読んでみなよ。目から鱗だったよ」


 皐月が目の前に差し出してきたのは、美穂が本屋で絶対手に取らないであろう恋愛指南の類の本だ。


「へぇ……それで、の悩みは解消されたの?」


「うん、アドバイス通りにしたら、今や平日は毎日してる。お蔭で夫婦関係が円満になってきて、さっき愚痴ったことも段々改善してきた」


「ええっ、へ、平日毎日?! 貸してよ!」


 美穂の声は思わず裏返っていた。ひったくるような勢いで皐月からその本を受け取り、表紙を食い入るように見つめた。


 帰宅すると、美穂は早速その本を読み始めた。あまりに没頭していたので、夫の弘和が帰って来たのに気が付かなかったほどだ。


「ふむふむ、『全ての女性には女らしさの地力じりきがある』……」


痔力じりき? 踏ん張り過ぎてケツの穴でも切れたの?」


「うわぁ!!」


 後ろからいきなり弘和に話しかけられて美穂は飛び上がった。


「そんなに驚かなくたっていいじゃん」


「後ろからいきなり話しかけられたら誰だって驚くよ。それよりさ、地力でお尻が切れるって何? アホなこと言わないでよ」


「だって痔力じりきなんて言うからさぁ」


「地力ってお尻と関係ないよ! 何勘違いしてるの?! また勝手に変な言葉作って変な想像してるんでしょ。あっ! ちょ、ちょっと! それ、皐月のなんだから、勝手に見ないでよ! 返して!」


「へぇ、皐月さんのなんだ。いいじゃん、俺だって知り合いなんだから。なんでこんな本、借りてきたの? ふむふむ……え?」


 弘和はパラパラと本をめくり、ある所で手を止めた。


「ごめん……美穂も悩んでいたんだね」


「え?」


「これだよ、これ」


 弘和は口に出したくなかったみたいで、開いたページの一節――『セックスレスはこう解消できる!』――を指さした。


「これって、えっと……あっ、えっと……そうじゃなくって、その……」


「ううん、そうなんだろう? ここまで悩ませてごめん。こうなった理由を話すよ。美穂は子供作るために排卵日にしようっていつも言ってたよね」


「でも弘和は協力的じゃなかった!」


「ごめん。でも美穂も気付いていただろ? 最後の1年はほとんど最後までできなかったよね。実は排卵日のがプレッシャーでさ、その、が反応しなくなっちゃって……自信喪失しちゃって、それからはエンドレスだったんだ」


「そっか……弘和も悩んでいたんだね。ごめん、やりたくなくてわざと排卵日に飲んで帰ってきたと思ってた」


「え、まぁ、それもちょっと……あったりはした」


「やっぱり! 私がどんだけ悩んだと思ってるの!」


 美穂は弘和の胸をポカポカと叩いたが、彼はそれに抵抗もせずなされるままになった。


「ごめん、でもこんなこと、男じゃなくなったような気がして……言えなかったんだ」


「そっか……私のほうこそ弘和の気持ちを分かってなかったんだね。こっちこそごめん」


「もっと早く打ち明ければよかったんだけどさ、中々踏ん切りがつかなくて……」


 そう言いながら、弘和はスマホのメッセージアプリを開いて見せた。


「これって……」


「今日、久しぶりに中川に会ってきたんだ」


「う、うん、それで?」


「中川の年賀状、毎年こっそり捨ててただろ?」


 美穂は蒼白になって土下座する勢いで謝った。


「ごめんなさい! 子供の写真の年賀状を見ると、どうにかなりそうだったの。あの頃の私、どうかしてた! ごめんなさい!」


「いや、そこまで美穂を追い込んでいたのに気付かなかった俺のせいだよ。こっちこそごめん」


「ううん、私悪い。2人とも悪かったんだよ。私が子供を作るために必死になってしようと弘和の気持ちも考えずに迫ったのも、弘和もできないのを告白しないで小手先で誤魔化してたのもまずかった。だから喧嘩両成敗!」


「そっか、喧嘩両成敗か。わかった」


「でもさあ、このままじゃ駄目だよ」


「このままじゃ駄目って?」


「愛は泉みたいにいつも湧き出てくるわけじゃないんだよ。栄養をあげなきゃれちゃうかも」


「それってどういうこと? 俺、できないんだよ。治療しろって言うの?」


「弘和が治療したくないって言うなら、しなくてもいい。でもこれから2人でずっと過ごすんだから、たまにこうやって愛を確かめたい」


「え? 美穂?」


 美穂は立ち上がって弘和に抱き着いてキスをした。


「最後までするのだけが愛じゃないでしょ?」


「うん。そうだね……今までごめん」


「もう謝らなくていいから、これからお互い態度で示そうよ」


 それからすぐ美穂はメッセージアプリで皐月に連絡した。


『本、役にたったよ。ありがとう。もう返せるけど、いつ会える?』


『いつでもオッケー! それで、いってらっしゃいのキスは毎日できてるの?』


「はぁ~?! 『いってらっしゃいのキス』?!」


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