ところで「あらすじ」は以前にも書いたんだけど、「何じゃこりゃ」「わかりにくいー」と叫びつつともかく追っていったのだわ。……そう、まじストーリーが追いづらいのだ。
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東京市外の巣鴨のほとりに、三人姉弟とその一番上の姉の夫が住んでいる。
姉弟は
この三人の父である春藤氏は、園川領事に伴われた赴任先のイタリーで病死した。残された母・お俊は三人の子供を抱えて、宇都宮の妹の嫁いだ先である浜野隆吉という菓子屋を営んでいる家に世話になって暮らしていた。そしてこの家に子供三人を残して、自分は上京して園川領事の留守宅に残してある令息令嬢達のお付きとして奉公していた。そして宇都宮へ送金していた。
だが、その母も、やがて身体を悪くして、亡くなった。
残された姉弟はそのまま浜野の家に引き取られる。長女の直子は、小学校を出てから家事手伝いをしながら二十歳まで暮らしていたが、浜野の主人の異母弟の浩二に思われ、妻に乞われて恋女房となった。
浩二は多少女のような優しい気質の青年で、その点が異母兄には気に入らなかったらしく、彼は家の中で小さくなっていた。そして、結婚の際も激しく反対され、分家しようにも、資本を出してもくれず、せめて家だけでも出ようと、春藤の父の通訳時代の知り合い、志賀氏を頼り、その縁で園川氏の関係している会社に職を得て、何とか東京で住めることにらなったのである。そしてその際、この三人の姉弟が居るのもそこである。
姉弟のうち、直子は素直で優しい、女らしい姉であるのに対し、緑は勝ち気な少女だった。尋常6年を出ると(小学校卒業)、叔父叔母に黙ってミッションの高等女学校(5年制の女子中学教育機関)に入学願書を出し、子供の頃から可愛がってもらった女宣教師に叔父を説き伏せてもらった。そしてその後もミッションの補助を受けて、東京市内の英学塾(高等女学校の上の学校。女子の教育機関では専門学校が当時は最高のもの。現在なら女子大学にあたる)に入る。
弟の麟一は、小学校卒業後、店で使われるところだったのを、学問で立っていきたいという希望を出し、とりあえず師範学校へ入る。が、二年目に、どうしても師範は嫌だ、中学(現在の中学・高校が一括になったもの。尋常と高等がある)へ行きたい、と言って、東京の姉夫婦のところへ逃げ込む。
だがそのために、隆吉は浩二夫婦とも、麟一ともあまり関係が良くなくなる。緑の進学で、さらに溝は深まる。
麟一は自分に自信がない。特に、姉達が自分の将来に多大な期待をかけていると思うと気が気でない。姉、特に緑は、自分の一生は弟にささげる、という位の勢いであるから、麟一は余計に萎縮してしまう。
緑は学校では、梅原敏子という人と仲が良い。彼女は目的のためにがむしゃらになっている緑とは正反対に、何の目的もなくずるずると生きてきた、とぼんやりつまらながっている人だった。せめて宗教(キリスト教)でも信じたら、と勧めるが、自分の家は皆クリスチャンだと言う。そして「神を信じている者が、こんなに寂しくていいのかしら?」と懐疑的な言葉を吐く。
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ここまでが前提。つまりは三人きょうだい話と、ヒロインと友人の話の平行か? と当初思ったらしい。
さてこの緑というヒロインなんですが、正直ワシは嫌いどす。うん。ひじょーっに嫌いどす。
後になると顕著なんだけど、弟を激励している様な感じに見えるんですが、弟に依存しまくってる。「弟のために全てを捨てる私って偉い」っていう色がありありと見えてしまうんですわ。
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春の休みが過ぎると緑は寄宿舎へ帰った。家を出る際、姉の直子と、弟の心配をする。
その弟は、中学の友人、間宮である。間宮は成績がいい訳でもないが、腕力は強かった。そして、身体も意志も弱い麟一は、色々な意味で間宮の庇護を受けていた。彼は、街をぶらついているところを「緑に見つかる」と逃げる麟一をなじる。そして麟一の一高(ようするに現在の東大教養部)進学を馬鹿にする。
遅くなって帰る麟一を、直子は心配する。
麟一は、父親の写真が恐ろしくて、壁に向け返る。それは、緑が、「お父さんの跡取りだから、お父さんの野望も受け継ぎなさい」と渡したものだった。だが、彼は、そのような野望などなかった。むしろ、オペラの楽譜を見て楽しむような青年だった。だが、それではいけない、と思い、楽譜を破り捨てる。
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ここにも出てますね。
「写真」は、母のものは緑が、で、父のものを弟が持っているんですが、持たせたのは緑です。彼としては優しい母の写真の方が欲しいんだけど、「男の子には父親」という緑の一方的な押しつけが在るわけですよ。
そんで事件がまず起こります。
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そんなある日、叔父の隆吉がやってくる。隆吉は、麟一をこの上の学校へやるということは念頭になく、宇都宮へ帰らせ、銀行に口を聞くから、と言う。
その件について決着がつかないまま、寄席へ皆で出向く。それ自体は楽しめたが、緑は、やがて、あんまり皆が馬鹿げているので腹立たしくもなった。彼女は二時間も三時間もぼんやりしていると、苛々してくるのである。
帰り道に救世軍(「神の軍隊」として組織されているキリスト教の集団。廃娼運動でずいぶん力を尽くした。街頭へ出て太鼓を鳴らし、ラッパを吹いたりして、賛美歌を歌ったり、パンフレットを配ったり、など、布教運動を繰り広げていた)を見かける。その中で、神学校の生徒が一人、説教をしていた。坂田という青年は、緑も知っている人だった。
翌朝、機嫌のなかなか良い隆吉に、浩二は麟一の件を持ち出す。高等学校の試験を受けさせ、大学へやりたい、と。だが、自分たちにそれをやってやれるだけの資金はない、と。だが、「馬鹿な冗談はよせ」と一喝する。隆吉は隆吉なりに、麟一の将来を思って、勤め人にさせたいと思っている。その方がずっと麟一のためだ、と。
緑は「たった一人の春藤家の男の子だから」と叔父に哀願する。学歴もないためにお雇通訳で終わった父のようにさせたくはない、どんな苦労をしても、立派に学校へやりたい、と。
だが、隆吉は「程度の低い独立なんていらない」と言う緑に、腹を立て、要らぬ世話をした、勝手にすればいい、と言う。浩二も麟一も、その様子を見て、とりなすように謝る。だが、緑は、ヒステリー状態になり、「叔父さんはわたし共の若い芽生えほ踏みつける悪魔だ」と叫び、気を失う。
隆吉は完全に怒り、直子が浩二が麟一が何を言おうが無駄だった。そして、全ての援助を打ち切ると言う。
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この辺りの描写と、緑の理屈が(笑)。
まずこの麟一の学資というものは、叔父さんから出ている訳です。
大正前期の中学校っていうのは、決して進学率高くはありまへん。ちなみに彼は当初、師範学校へ行かせてもらってました。だけど性に合わず中学校へ入っております。
当時の「中学校」は小学校を卒業してから5年、というとこなので、この時点の彼はまあ17~8歳ってとこでしょうか。で、叔父さんはそんな彼に仕事を斡旋するつもりで来る。ところが三人きょうだい+義兄は高等学校の試験を受けさせてやりたい、という。そんで叔父さん返す。
「何んだ、若い男が中学まで、やらせて貰つて、それで物の役に立たないつて、いつたい、どうしたのか、麟一は札付の低能児か」
「何故、仕方がない、仕方がない、中学校まで卒業させて貰ひながら、それで何故、仕方がないのだ、麟一がさういう生意気を言ふのか」
「(略)お前の方にさうした大枚の学費の貯へがあるんだね(略)」
「ふん、ぢやあ、無い金をどうするのだ、麟一に苦学でもさせるのか、新聞配達か、納豆売か、ふん」
義兄は「苦学なんて無理」と言う。で、叔父さんは「学資を出すのは真っ平」で、麟一を自分が株主をやっている石材会社に雇ってやるつもりだった訳だ。つまりはちゃんと現実的なプランを持っていると。しかも麟一のおおよその性分を見抜いた上で。
ところが緑が言う言う。ちなみに彼女は英学塾にはミッションの奨学金を受けてる身。で、高等女学校の上で年数行ってるから既に二十歳は超えてると思っていい。
「えゝ叔父さん、どうせ私達は世間知らずです、まだ世の中らしい世の中に出て居ません。けれども、どうかして立派に世の中に出たいといふ考へはあります。さうして世の中の敗残者にはなり度くないんです。父や母よりも更に善い路を切り開いて進んで行き度いんです、それが後から来る者、人類のなすべき当然ど努力ですもの」
「人類」ときましたね。吉屋は結構これ使います。はい。まあ実際当時は流行っていた単語ではあるんです。
で、叔父さんは「あんたの立派な理屈はわからん」「びた一文も出せない」「独立自営してやったらどうだ」とまあ常識的な受け答えだよな。で、「そんな無我夢中にならずとも」的に叔父さんが言うと、
「(……)麟一を一生石材会社の使用人で終らせるか、世に立つて華々しい活動をする人間とするかなんですもの。私は黙つていられません」
ここでもう大興奮。「せき込んで」と描写されてますね、で、無論自分の紹介しようとした職を馬鹿にされた叔父さんは怒る訳ですよ。「とやかく悪く言う理屈はないよ」と。ところが。
「独立して一人で御飯を食べるつてことが、そんなに立派な人間の目的でせうか。たゞ一人で食べればいゝのなら、学校なんかへ誰も入る必要はありません。立ン坊なでもなつて独立したらいゝでせう。一人口を糊すといふことは貴いことでもなんでもありません、いくら収入があつても自活して居ても価値のない仕事をして行く生き甲斐の無い人が居ります。いくら人の世話になつて居ても、ちやんと立派な研究や事業をして行く人が居ります。私はそんな程度の低い独立、どうでも御飯が戴ければよいなどいふやうな、そんな卑怯な説には大反対です。麟ちやんには少くとも一人で御飯の料を取る以上に、もつともつと貴い仕事をして貰ひたいのですから」
さすがに叔父さんあきれ果てます。そらそうです。
すると弟出てきます。彼はまあ常識家だし、自分の能力もよく知ってますので、自分は働くから許してくれ、と叔父さんに言う訳です。
ところがそこで緑さん、とうとうこんな言葉が。
「叔父さん、貴方は悪魔です、サタンです、私共の……、わ、わたし共の若い芽生を……芽生を踏みつけてしまふ悪魔ですツ」
……そりゃ無いでしょ。
で、「まるで緑は狂気のやうになつて居る」だし、叔父さんが帰った後、あんまり興奮しすぎて気絶してしまう次第。頭に血が上った、と言ってもちょいと…… なあ。退く。
とは言え、これだけ強烈なキャラだから、印象には残るわな。
つづく。