さて今回は吉屋の「少女小説」です。
吉屋以前にも無い訳ではないです。つか結構あります。与謝野晶子は「童話」の一環として書いてた時もあるし、林芙美子はお金が無くなるととりあえず少女小説を書いて日銭を稼いだんだそうな。
まあ正直、あーんまり吉屋、っーよりは、当時の投稿文章エッセンスを形にしたような「花物語」以前は「少女小説」が熱狂的に愛されることはなかったんじゃねえかと。
その「花物語」は「基本」52作の短編集。
「だいたい」『少女画報』や『少女倶楽部』に掲載されたもの。ただし「燃ゆる花」は『令女界』だったりすることもあるし、ともかく結構初出は散逸している関係ではっきりしていない。だから現在まで時代時代で出されている本は、初出より単行本化されたものから文章をとってきていると見ていいと思う。
で、「全作」という感じで入っている場合、大概その数。52。
「基本」というからにはそうでないこともありまして。その他2作が連載という形では存在はする。だから正式には「花物語」と名がついたものは「54」。ただしそれはややそれまでの「花物語」とは傾向が異なってきたからなのか…… と研究者の間では言われてる。でもまあ、その辺りははっきりしない。
ともかくその二作は単行本からは外され、日の目を見ない状態にあるざんす。
その一方で『朝日版全集』1巻には50作のみ収録。消えているのは「山茶花」と「桐の花」。
「山茶花」が消えている理由はたぶん被差別部落を出している関係ではないかと思う。そこから来た少女が病気の身内を助けて欲しい、と主人公の父(医者)に頼みに来るけど、表だっては行けない。で、こっそりと訪ねてやったことが「あった」という話。
そんだけどこの話、「最初の七作」つまりは、そもそもの「花物語」が、「七人の少女がゆうべにそれぞれ花にちなんだ話を披露する」という形の中の一作なのだわ。だけど一本一本は独立した話として読めるので、最初と最後の話以外は、抜いたところでそうそう気付かれることはない。で、気付かれない。
ついでに言うと、最初の「洛陽社版一巻」に収録されている「山茶花」における被差別部落に対する少女の言葉も、後の昭和14年の実業之日本社、中原淳一の表紙、昭和60年に国書刊行会から復刻された三巻本とはずいぶん違う。大正初期の若い娘の感覚と、昭和十年代に求められている言葉が異なっていることがそこから見えたりもする。
ちなみに「萩の花」は割と後半に書かれたものらしく、「百合」ムードが思いっきり漂っているもの。正直何でこれが収録されていないのかがワシにはよぉわからん。
もっとも「朝日版」は「全集」と銘打っていても、現代仮名遣いになおした「代表作選」に過ぎないのだから、編集スタンスとしては「あぶなげないものを」という感じでは一貫したものがあるのかもしれない。
「花物語」は最近でも河出辺りで文庫で出てるから、まあ興味ある方は読んでみるのが一番。
ちなみに最近(この文章を最初に書いた時「花子とアン」をやってた)注目されてる村岡花子がその作品を読んで感激した松田瓊子(「銭形平次」著者の野村胡堂の娘で、少女小説を手がける。結婚もしたが、若くして亡くなる。その死後作品集が出版されたり、戦後は『ひまわり』等で連載もされる。現在入手できるのは国書刊行会からの『七つの蕾』『紫苑の園』『香澄』あたりか)は「花物語」や、川端康成(仮)の『乙女の港』は好かんかったそーな。まあ「アン」だの「ハイジ」の世界だのと近いものを書いて、「ちゃんと皆で成長して恋もし、やがて結婚も考える」少女を描いた彼女には「花物語」の閉鎖性はあかんかったんじゃねえかと思ってみる。
それと比較すると、「花物語」には「成長」が基本的には無い。というか、吉屋作品全体において、ヒロインの「成長」自体あんまり無いと言ってもいいかなあ、と。
まあその「成長」については、「地の果まで」「海の極みまで」「空の彼方へ」陸海空三部作辺りでちょっと語ってみたいと思う。
「花物語」の後は、だいたい長篇連載が多くなる。『少女倶楽部』と『少女の友』が、戦前の二大舞台。
遠藤寛子氏はこの雑誌の傾向に応じて吉屋は物語を書き分けた、としている。前者がエンタテイメント性が高く、後者がも少し地味というか何というか。
とはいえ、最初に『少女倶楽部』で連載した「三つの花」は思いっきり百合要素高い。まあこれは大正十五年の作で、まだ傾向とか定まっていなかったと考えられる。
これが渡欧渡米の帰国後の仕事ラッシュの中では、傾向がもろ分かれる。
「毬子」「紅雀」「あの道この道」…… といった乙女系で復刻されているもの、文庫本になっているものは比較的手に取りやすい形となっていると思う。アマゾンで探してみるといい。
「司馬家の子供部屋」「街の子だち」「少女期」といったものはあまり見つからないのだが、前二つは三一書房の『少年小説大系』の中の「少女小説編」二冊に収録されている。ちなみにこの二冊はかなりおすすめ。図書館か、古本で安く出ている場合もある。
「少女期」は「童話」の時にも書いたほるぷ出版の「児童文学大系」に入ってる。ちなみにこれは占領期の書き換えにまともに引っかかっている作品で、当初は「蘭印ジヤヴア」だったヒロインの養子先の父母の働き先が、戦後『乙女の曲』という単行本になった時には「ブラジル」になったりしているとこが笑える。この単行本はヅカものの小説も同時収録されているので美味しいのだが、そうそう入手できないのが玉に瑕。
とはいえ、短篇も書かなかった訳ではなく、「花」ものはその後「小さき花々」と戦後の「花それぞれ」で吉屋は書いている。
ただし「花物語」の頃の様な少女の刹那的なもの、というよりは、割合現実世界に近いものというか。ちなみに「小さき花々」は復刻版が出ているから入手はしやすいと思う。
ただしこれも多少「いつ」作られたかに関してちょっと問題がある作品でありまして。
田辺聖子は伝記の中で「小さき花々」の連載が戦争のせいでストップした、という感じの書き方をしていたざんす。ただしこれは単行本で出ている「小さき花々」のことではないのだな。
このタイトルをつけた作品群の中で、昭和15年に書かれたものというのは単行本未収録なのだ。で、「それ以降連載がなくなった」的にも書いてたけど「少女期」は16年なので、それも違う。田辺聖子自身が「ほるぷ」の中で監修にたずさわっているのにどうよ、とは思うんだけど、まあその辺りは諸事情があるとしよう。
「花それぞれ」は戦後に書かれた「花」もの。吉屋は昭和30年の「級友物語」まで少女小説を書き続けたけど、正直戦後ものは読んでてしんどい。「級友物語」では不幸な話がてんこもりだし、「花物語」の様なことが「あった」と、ヒロインの「お祖母様」が話してくれるという具合。
無論それはそれで興味深いのだけど、吉屋の少女小説はやっぱり戦前ものに尽きる、と思う。
つかこのひと、いっそ大人向けで「世にも奇妙な世界」的な短篇を戦後には書いてるんだから、いっそSFだのミステリだの風味の方に行けば良かったのに、と思うよ。
以下はワシの調べの中で判明している少女・少年小説の一覧。
お役に立てば幸い。
作品名・初出誌・掲載期間・初版とその発行
花物語 少女画報等 大正5年7月~大正12年 花物語 1.2巻 洛陽堂 大正9年5月
三つの花 少女倶楽部 大正15年 1~12月 三つの花 講談社 昭和2年8月
暁の聖歌 - 昭和3年 令女文学全集4 平凡社 昭和5年1月
白鸚鵡 - 昭和3年 令女文学全集4 平凡社 昭和5年1月
七本椿 少女倶楽部 昭和4年1~12月 七本椿 実業之日本社 昭和6年1月
紅雀 少女の友 昭和5年1~12月 紅雀 実業之日本社 昭和8年1月
櫻貝 少女の友 昭和6年1月~7年3月 桜貝 実業之日本社 昭和10年4月
わすれなぐさ 少女の友 昭和7年4月~12月 わすれなぐさ 麗日社 昭和10年1
からたちの花 少女の友 昭和8年1月~12月 からたちの花 実業之日本社 昭和11年6月
街の子だち 少女の友 昭和9年1月~12月 吉屋信子少女小説選集 街の子だち 東和社 昭和22年12月
あの道この道 少女倶楽部 昭和9年4月~10年2月 あの道この道 講談社 昭和10年12月
小さき花々(第一期) 少女の友 昭和10年1月~12月 小さき花々 実業之日本社 昭和11年9月
司馬家の子供部屋 少女の友 昭和11年1月~10月 司馬家の子供部屋 つるべ書房 昭和22年10月
毬子 少女倶楽部 昭和11年5月~12年6月 毬子 講談社 昭和12年4月
草笛吹く頃 少年倶楽部 昭和11年5月~12月 草笛吹く頃 ポプラ社 昭和25年4月
伴先生 少女の友 昭和13年1月~14年4月 伴先生 実業之日本社 15年1月
乙女手帖 少女之友 昭和14年4月~15年4月 乙女手帖 実業之日本社 14年12月
賛美歌176 歌劇(宝塚雑誌) 昭和15年6月~不明 乙女の曲 偕成社 昭和22年11月
少女期 少女の友 昭和16年1月~11月 乙女の曲 偕成社 昭和22年11月
海の喇叭 - 昭和19年 海の喇叭 日の出書院 昭和19年4月
少年 - 昭和24年 少年 東和社 昭和24年12月
青いノート - 昭和24年 吉屋信子少女小説選集 青いノート 東和社 昭和24年5月/以下5作も収録
夕月
こねこと章子
押込められた納屋の中
冬をめづる子
手を叩く心
花それぞれ 少女の友 昭和25年1月~12月
一郎のノート 小学生朝日 昭和26年7/8~8/5
級友物語 女学生の友 昭和30年1月~10月 級友物語 ポプラ社 昭和31年11月
まあタイトルと「いつ頃」書かれたか、というのはある程度把握しておくとよろし、という感じ。
ワシの専門は大人向け長篇なので、少女小説の中には読んでいないものもある。
つか「少年」確か入手したはずなのに何処に埋もれてるんじゃい。
『海の喇叭』は少年小説……というよりは、海員学校に少年を招くための小説って感じ。少年同士の友情が書かれてる珍しい例。
ちなみに吉屋の少女小説は戦後になってポプラ社からずいぶんと再版されているので、戦前から続く、もしくはせめて昭和三十年代にはあった、という図書館の「児童書」の中で探してみるといい。結構見つかるものだ。
ちなみに名古屋市立鶴舞図書館はこのテの奴がかなり手軽に充実している。市立であったとしても、年季の入っている図書館はあなどれないので注意。