藍から聞かされたロードと呼ばれる生物について、凛は眉間にしわを寄せながら考え込んだ。というのも、この生物がペンタスに生息しないと聞き、疑問を抱いたからである。では何故、パラサイト・オーガは存在しているのか、その答えは一つしか思い浮かばない。そう……誰かが意図的に送り込んできたということ。
これに驚きを隠せずにいた凛は、藍に対してオウム返しのように聞き返す。
「この惑星に……いるはずがない? って、どういうこと?」
「それは、私にも分かりません」
「分からないって、元凶を断つために追いかけていたんじゃないの?」
「はい、惑星シンビオシスに追い詰めたまでは覚えています。ですが、最後に記憶しているのは、前世の凛さまが守ってくれた光景だけ……」
藍は申し訳なさそうに、顔を伏せながら答えた。
――そんな時である!! 突然背後から何者かの気配を感じ取った凛は、咄嗟に後ろを振り返り身構える。するとそこには、パラサイト・オーガが群れを成して近づいていた。
「「「グゥゴォォウッ――ッ‼」」」
数にして、およそ十体。二メートルはあるであろう巨体に、口と額には二本の牙と角。瞳は赤黒く染まり、風貌はまるで悪魔そのもの。動きはやや鈍いが、囲まれてしまえば逃げ場はない。しかし、この危機的瞬間を打破しようにも、街まではかなりの距離がある。ゆえに、二人に与えられた選択は、やらねば殺されるといった絶体絶命の状況であった。
「あっ、あれは、パラサイト・オーガ‼ ――しまった、今はやり過ごせる残骸はないし、逃げようにもフローティング・ボードは一人用。どうしよう……」
凛は周辺の残骸を見渡すと、なにかで応戦できないか探し出す。
「凛さま? 何をしているのですか?」
「見ての通りだよ、僕はこんなところで死ねないの。紅蓮との誓い……大きくなったら同じ境遇の子供達を助けながら、各地を巡り一緒に旅をするって約束したんだから」
「凛さま……昔も今もお変わりない優しい心。私はとても嬉しいです」
子供達を想う慈悲深い心に、藍は過去の情景を重ね合わす。こうして凛は、必死になりながら武器になりそうな物を物色していた。
「だけど……何かの武器で殴りつけても、その後どうしたらいい? 何度でも立ち上がるオーガだよ。僕の力じゃ、きりがないよね。こんな時、紅蓮がいてくれたら……」
凛が呟くのも無理はない。というのも、パラサイト・オーガというのは、人間に寄生しようとも痛みなどの概念は存在しない。つまり腕や足、首を切り落とそうが、生死に関係なく何度でも立ち上がる。だからといって、不死と呼ばれた存在ではなく、教会で清めた聖水であれば浄化して倒すことが出来るという。
よって、これを浴びた体は溶けるように消滅してしまい、簡単に殺すことも可能ではある。ところが、問題が1つ。協会は街にしか建てられておらず、あいにく聖水も持ち合わせてはいなかった……。
「凛さま、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。私が奴らを退治しますので、安心して見ていて下さい」
「はあ? なに言っての。そんな華奢な体で、倒せる相手じゃないのよ」
「華奢……と言われましても」
そんなやり取りの中――、静かに忍び寄る一体のパラサイト。近づき口を開けたかと思えば、突然にも凛をめがけて襲い掛かろうとする。
「グガァ――‼」
「きゃぁ――」
「凛さま、あぶない!」
凛は恐怖で足がすくみ、両手で頭を抱えしゃがみ込む。これを庇う藍は、オーガを回し蹴りで弾くがビクともしない。
「なるほど、やはり体術は効かないようですね。でしたら、これならどうですか」
藍は腰に刺した刀に触れると、妖しく微笑みながら呟いて魅せる。
「無銘の鬼切よ、私の行く手を阻む醜い輩。遠慮など要りません。好きなように、血肉を食らい切り刻んでおやりなさい」
鞘から刀を抜いた瞬間――、藍の声は低く瞳は虚ろな状態。先ほどまで優しそうな表情は噓のように、顔つきは一変して冷酷な風貌に切り替わる。こうして上段に大きく構えると、声を発して勢いよく振り下ろす――。
「邪を祓い魔を滅する剣技――、行雲流水!!」
声を荒げた形相とは裏腹に、太刀捌きは流れる雲や水の如く柔らかな剣技。まるでその切先は、幾重にも連なり合う千手のような光景。藍は緩慢とした動作で群れの中に歩み寄ると、半数のパラサイト・オーガをあらゆる方向から切りつけた――。
これにより、鬼生体の両腕は音もなく崩れ落ち、空中で微小な塵となって消えてゆく…………。