別れによる哀しみや切なさといった感情。それが何百年ともなれば、心に抱えた孤独感は計り知れないだろう。ゆえに、このような気持ちに共感を覚えた凛は、思わず藍の両手を握りしめ囁いていた……。
「僕はね、置き去りになんかしないよ。ただ、鞄の中にある服を取ってくるだけ。それでも駄目?」
「服? それって、ひょっとして……」
藍を安心させるように、凛は優しく微笑みながら話しかける。その表情を見た彼女は、絡めた指先をゆっくりと解いていく。
「そう。僕のだからね、もしかしたら似合わないかも知れないけど」
「いいえ、とんでもございません。凛さまのものなら、どんな物でも嬉しいです」
凛の言葉を全身で感じる藍は、コートがどんなものなのか想像を膨らませ頬を緩めた。
「なら、良かった」
こう言い残した凛は、紅蓮と別れた場所まで自らの鞄を取りに戻る。そこは、先ほどまで鉄屑で覆われていた瓦礫の山々。今は衝撃によって、全てが崩れたことで遮るものなど何もない。これにより、荒野の周辺一帯には、心地良い暖かな風が吹き抜けていた……。
「さて、これからどうしようかな? 藍さんを街まで送り届けるのは、別に構わないけど。野宿しようにも隠れる場所が無いんだよねぇ……」
目的の場所へ向かう凛は、避難艇が埋もれていた辺りを遠目で見つめ溜息をつく。というのも、いまの状況で一夜を過ごせば、命を失う危険性が非常に高い。なぜなら、パラサイト・オーガは夜行性であり、動きは日中の何倍もの速さ。よって、身を隠すところがなければ、瞬く間に奴らの餌食となり得るからだ。
「っていうかさ、僕にもオーガを倒す強さがあったら、藍さんを守ってあげられるのになぁ……」
独り言のように自らの無力さを嘆く凛。街まで守りながら、安全に送り届けることの難しさを知る。
「でも、さっきの事が本当なら、僕にだって奴らを倒せるんじゃないの?」
藍が言っていた秘められた念の力があるという言葉。この意味を思い出す凛は、双方の掌を見つめ強く握りしめてみる。――が、何も起こる気配は感じられなかった。
「だよねぇー、今までそんな力なんて、見たことも聞いたこともないからね。多分、何かの勘違いだよ、きっと……」
凛は疑問を抱きつつ首を傾げるも、いくら考えても結論など出ない。とはいえ、藍が嘘をついているとも思えず、答えが見つからないまま時間だけが過ぎていく。
「まあ、悩んでいても仕方がないか。とりあえず、今は藍さんを安心させてあげないとね」
考えても埒が明かないことから、凛は気持ちを切り替え歩き進めること数分。ようやく紅蓮と別れた場所まで辿り着く。すると――、そこにあった物は、鞄だけではなく浮遊ボードまで置かれていた。
「うそ、ほんとに⁉ フローティングボードまであるじゃん。街まで歩くの大変だからって、置いていってくれたんだね。ありがとう紅蓮、その気持ち凄く嬉しいよ」
浮遊ボードを見た凛は、思わず満面の笑みを浮かべ感謝の言葉を呟く。というのも、この乗り物があれば、街まで早くたどり着くことが出来るからだ。しかし、それは一人で移動する場合に限られる。なぜなら、二人用には作られておらず、乗れたとしても速度はかなり遅い。
「まあ、藍さんがいたのは想定外だけど、一緒に乗っても歩くよりはましだよね」
凛は浮遊ボードに駆け寄ると、紅蓮の温かな想いを感じ取り暫く余韻に浸る。
「やっぱり、紅蓮は優しいなぁ……。でも、その気持ちって、兄弟としてなんだろうけどね。だから、このままでいいんだよ。その方がずっと一緒にいられるもの。仮に私が好きっていっても、相手は迷惑なだけ。だったら、何も言わない方が幸せなのかも知れない…………」
両親を天体衝突によって失い、野垂れ死にそうな凛を救ったのが紅蓮。これにより、二人は血縁関係ではないものの、幼い頃から本当の家族として共に生きてきた。そのため、彼からの優しさを身に染みて感じるも、それは愛ではなく弟を想うが故の想い。
秘密を打ち明けなければ、今の間柄が壊れることはない。こう考える彼女は、紅蓮に対する気持ちを心の奥底に仕舞い込むのであった…………。