凛と女性の出会いから数分後。脱出ポッドの扉が開かれたことで、白かった靄は完全に取り払われていた。こうした静寂に包まれた空間では、二人の微かな息遣いだけが聞こえてくる。そんな中、先に口を開いたのは相手の方からであった……。
「あの……凛さま、ここはどこですか?」
「凛? って、もしかして僕のこと?」
「はい、そうですが」
「確かに名前は凛だけど、なんで君が僕のことを知っているの?」
会ったばかりの人物だというのに、どうして自分の名前を知っているのだろう。こう感じた凛は、驚いた表情で女性の一言に困惑する。
「知ってるも何も、ずっと一緒に旅をしてきた間柄ではありませんか」
「旅? 僕と君が?」
女性は、こちらの事情をよく知っている風な口ぶり。しかしながら、凛にはそのような記憶が微塵もない。
「はい。記憶を無くしていた私に、手を差し伸べてくれたのが凛さま。その時に、こう言ってくれたではありませんか。『旅の中で思い出の欠片を、一緒に見つけていきましょう』って。そして名前を与えてくれて、妹のように可愛がってくれました」
「ぼっ、僕がですか?」
凛の瞳を真っ直ぐに見つめ、思い返しながら語る女性。停滞フィールドによって、数百年もの間、時間遅延されていたのを知らない様子。そんな状態にもかかわらず、懐かしむような表情で話を続ける彼女。
「ええ、そうですよ。それにしても、いつから僕なんて言うようになったのですか? 以前は私と仰っていましたが」
「そっ、そんな事、どうだっていいでしょ。僕は君が何者なのか聞いているの!」
「私の名前は、白詰 藍。先ほども言ったように、凛さまと一緒に旅をしていた者です」
藍の言葉に益々混乱する凛。状況が理解できずに佇んでいると、球体が振動を響かせ徐々に動き始める。そして次の瞬間――。中から発せられた機械の音声により、静寂な空間が切り裂かれた。
《生体認証完了。個体名:リン・クロバ、個体名:アイ・シロツメ。登録者二名、情報の照合を完了いたしました》
突如として機械から発せられた音声、まるで二人を紹介しているかのように聞こえてくる。この予期せぬ出来事に、凛と藍は呆然と立ち尽くす……。
「クロバ……リン? シロツメ リンではなくてですか?」
「そう、僕の名前は黒葉 凛。誰かと勘違いしてるんじゃないの?」
納得がいかない様子の藍に対して、凛は首を傾げながら相手の発言を否定する。
「そんなはずはありません。その顔、その声……溢れ出る懐かしい気の流れは、凛さま以外に考えられません。あえて違いを言うならば……少し足が短くなったような気がします」
「はあー、何言ってんの? 足が短いのは元々! 初対面なのに失礼な人だよね。とにかく、僕は君のことなんて知らないし、会ったこともないからね」
藍は、かねてから凛のことを昔から知っているよう。しかし、いくら考えても思い当たる節が見当たらない。
「しかし、この気の感じは、凛さまそのもの」
「だからね、知らないって言ってるでしょ!」
藍は大気や自然の流動以外にも、人が持つ個体特有の気も感じることが出来ると伝える。といっても、凛にはよく分からず、否定を繰り返すも一向に折れる気配がない。
それどころか、彼女は一歩ずつ近づきながら話を続けた…………。